弟子と師匠の召喚術

亜未田久志

第1話 神童


 そこは草原だった。辺り一面に広がる緑の園。その場に対峙する二人の人影。

「へっ! こんなガキに負けっかよ!」

「……」

 威勢を張っているのが黒髪短髪、オーバーオール姿の大柄のいかつい男で、無言なのが体躯の小さくも美しい少女だった。かなり幼く見えるがそこはかとない艶やかさがある。金色の髪を二つに束ねくるくると巻いてある。その髪型も幼く見える要因なのかもしれない。服装もフリルがあしらわれたワンピースであることもだ。だがそれを加味しても可憐な美少女である事に違いはなかった。

 男の茶色の視線と、少女の碧眼が交差する。

 そして、その様子を覗いている青年が一人。茶色いズボンに白いシャツ。一見目立たない恰好だが、その赤い髪が草原の中でよく目立っていた。

「……本物のサモンバトルだ!」

 小声で呟く青年。草陰に隠れている(つもりで)二人の事を見ていた。

「じゃあまずは形式に則って名乗りから始めるか……俺の名はガリゴ! お前は!」

「……リルカ、リルカ=ハーケンナッツ」

「何!? 後名あとな持ちだと!?」

 驚く大男、赤い髪の青年も思わず立ち上がりそうになる。

後名あとな持ち……! 一部の実力者にしか付けられないっていうあの!」

 名乗りが終わり、いよいよ何かが始まろうとしていた。

「……まあいい、後名あとな相手に下剋上ってのも面白ぇ! サモンバトル! スタート!」

「サモンバトル、スタート……」

 草原に風が吹き抜ける。二人の真下に魔法陣が現れた。

 まずはガリゴが呪文を唱える。

「我が呼び声に答えよ! デーモン!」

 すると虚空に黒い瘴気が集まり、形を成していく。

 一対の蝙蝠こうもりの翼、筋骨隆々の身体、山羊の角と頭を持った、それはまさしく悪魔デーモンの姿。

「……すごい。あれが召喚獣!」

「……下級召喚獣ね」

「何ぃ!?」

「見せてあげる。ホントの召喚獣って奴を」

 リルカが一息吸い込む。そして唱えた。

「――天の導きよ、我が呼び声に答えよ……天竜!」

 快晴だった草原が一気に曇天へと変わる。雷鳴が轟く。その中から黒い影が現れる。長いのたくった身体、鱗模様の皮膚、たてがみを生やした顔。それはまさしく東の方へと伝わる神の姿であった。

「し、神格!? そんなバカな事――」

「――あり得るのよ、この私ならね。さあホルスターから召喚書サモンブックを抜きなさい。勝負を始めましょう?」

 そう、二人の腰には革のベルトが巻かれていた。そこには分厚い文庫サイズの本が納められたポケットが付いていた。まさしくホルスターと言えるだろう。

 二人は同時に本を引き抜いた。

「クソッ! デーモン! 〈火炎弾ファイア〉!」

 本を抜き取ったガリゴは一ページ目をめくり、呪文を唱えた。

 召喚された悪魔あくま、デーモンが炎を吐き出す。それを見てリルカは鼻で笑った。

「まだ一ページ目までしか読み終えてないのかしら?」

 リルカはパラパラとページをめくり真ん中あたりで指を止めた。

「天竜、〈豪雨パワードレイン〉」

 竜の咆哮、すると曇天の雲から大量の水が降って来た。それは〈火炎弾ファイア〉を掻き消し、デーモンを

「デーモンが……浄化されている!?」

 のたうち回るデーモンを見て狼狽えるガリゴ。しかし諦めは消えない。

「噛みつけ! デーモン!」

 浄化の雨を振り払い、上空へと飛び立つデーモン、天竜はそれを意にも介さない。天竜の腹に噛みつくデーモン。そこから血が溢れ出る。しかし。

「デーモンが……噛みついたデーモンがダメージを受けている!?」

 そう、天竜の腹にかぶり付き、流血させたデーモンだったが、その血によってその身を焼かれていたのだ。

「そうか、その召喚獣自体に浄化の力が!」

「よく分かったわね。まあもう遅いけど。天竜〈雷霆サンダーボルト〉」

 再び天竜の咆哮。曇天からいかずちが降り注ぐ。

 慌てて逃げる赤い髪の青年。

 いかずちはデーモンを捕らえ一撃で光の中に消し去った。

「ウソ……だろ……」

「これが実力差。さ、賞金を寄越して」

「畜生! 持ってけ!」

 小さい麻袋を投げつけるガリゴ。ジャラリという音がしてそれはリルカの手元に収まった。

「ありがと。じゃあね」

「一つ聞かせろ! なんでお前こんな辺境に居やがる! 後名あとな持ちほどの実力者が!」

「……ま、ちょっと探し物をね」

「……そうかよ」

 そうして二人は草原を去っていった。

 赤い髪の青年はリルカを追いかけて駆け出したのだった。

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