第6話 大好物

 朝、目が覚めると、隣には誰もいなかった。

 確か昨日はうららと並んで寝たのに。

 場所は、うららの岩屋。

 岩の床に毛皮を敷いて寝た。

 この毛皮はきっとうりぼーのものだろう。

 茶色い毛並みには見覚えがあった。

 少し臭いが、岩に直寝するよりマシだった。

 それでも体はバキバキに固まっていたが。


 ふわーとあくびをしながら身を起こす。

 うららはどこに行ったのだろう。

 朝ごはんでも探しに行ったんだろうか。

 そのうち帰ってくるだろう。

 それにしても、である。

 昨日、俺はうららんちに泊まってしまったのだ。

 美少女の家にお泊りである。

 なんという昂ぶるフレーズが。

 ああ、ここが美少女の家か。

 そんな事を考えながら、とりあえず深呼吸してみた。

 若い女の子の甘い香り――なんてものはなく、毛皮からぷーんと獣臭がしてくるだけだった。

 辺りを見渡す。

 無骨な岩造りの部屋。

 壁に立てかけられた数本のこん棒。

 床には謎の骨が散らばっていた。

 女の子らしさは皆無だった。

 昔付き合っていた三十路手前の女の部屋のほうがよっぽど女の子していた。

 うららはこれでいいんだろうか。

 せめてブラジャーでも転がってればなーと思ったが、そういえばあいつは全てが丸出しだった。


「……顔でも洗うか」


 なんか残念な気分になったので、むくっと立ち上がって湧き水に向かう。

 岩屋から出ると、白い朝日が眩しかった。

 小高い丘の上に建つ岩屋だった。

 ここからは広大な荒野が見渡せる。

 大自然だった。

 地平線の彼方まで、赤い大地とちょこっとした木々しか見えない。

 舗装されたアスファルトなんて全く見えなかった。

 本当にここはどこなんだろう。

 絶対に日本ではない。

 アフリカ? それともオーストラリア?

 なんでそんなところに、俺はいるのか。

 まあ考えても答えなんて出てこないんだろうが。


 水が湧いている場所まで来ると、顔を洗って、うがいをする。

 指で歯を磨いて、股間と節々だけ洗った。

 全身を洗えるほどの水はない。

 なんていうか。

 原始時代みたいな生活をしている。

 熱いシャワーを浴びたい。


「うら!」


 そんな事を考えていたら、背後で若い少女の可愛らしい声が聞こえた。

 うららが帰ってきたらしい。


「おわっ!!」


 振り返ってびっくりした。

 そこには全身真っ黒の泥人間が立っていた。

 ぼたぼたと黒い泥が垂れている。

 そういや会ったばかりの頃も、こんなんだったなこいつ。

 泥が乾いていただけあの時のほうがマシだった。


「うらら!」


 泥うららは手に持ったものを自慢気に見せつけてくる。

 でっかいザリガニだった。

 伊勢海老くらいあるかもしれない。

 ロブスター?


「うらー」


 うららはザリガニを噛む仕草をして、満面の笑みを浮かべていた。

 美味いらしい。

 たしかに茹でたら美味そうだ。

 朝にザリガニってどうなんだろうとは思うが。

 このザリガニをどこで採ってきたのかは知らないが、きっと泥沼みたいなところなんだろう。

 泥だらけのうららを見ていれば簡単に予想できた。


「まあ、朝飯の前に」


 ちらりと丘の下に目を向ける。

 そこにはキラキラとした川の流れが見えた。

 十分歩いて行ける距離だった。


「まずは風呂だな」


「うらー?」



 岩屋のある丘から歩いて、約15分ほど。

 静かな流れの川に到着した。

 川幅は3メートルほどで、深さは30センチから、深い所で1メートルくらいだろうか。

 水は十分透きとおっていて、きっと飲める。

 体を洗うには、十分な水量だった。


「う、うら! うららー!?」


 じゃぶじゃぶと川に入って、嫌がるうららに水を掛ける。

 髪にも泥がべっとりこびりついていたので、わしわしと指で洗ってやった。


「うらー」


 頭皮を揉まれるのが気持ちいいのか、うららは目を細めていた。

 うららの金色の髪。

 1本1本が細く、指通りは滑らかだった。

 水で洗っただけで、美しい輝きを放つ。

 見事な金髪だった。

 それにしても。

 なんか自然とうららの頭を洗ってやっているが。

 間近にうららの全身を眺められてしまって、ヤバい。

 真っ白な肌と細身の体。

 男を狂わせる豊満な乳房と、張りのある尻。

 しかも何一つ纏っていない生まれたままの姿である。

 これはヤバい。

 色々とヤバい。


「う、うらっ!?」


 バシャっと水を跳ね上げて。

 うららが俺から飛び退く。

 己を抱くように、乳房を隠しながら。

 小さな肩がガタガタと震えている。

 顔を真っ青にしながら、俺の体の一部を見つめていた。

 俺のそこは怒りのキングエレファントへと変形していた。

 そう。

 ヤバいのだ。


「まあ、待て。何もしないから」


 中年のキングエレファントはほっとけば静まる。

 いつもの優しいぞうさんに戻るのである。

 うららの体をまじまじと見てしまったのが良くなかった。

 昨日は欲望をぶつけてしまったが、これから一緒に暮らすのだ。

 もうあんな過ちは起こしたくない。

 うららを傷つけたくはなかった。


「う、うらー?」


 うららは思いっきり疑った顔をしていた。

 ほんとうにー? とでも言いたげな表情だった。

 本当だよ!!



 岩屋に戻ってきて、朝ごはんを食べた。

 いつものように手際よく火を起こしたうららが、ザリガニを炙っている。

 まさかの直火焼き。


「うらー♪ うららー♪」


 うららはよっぽどザリガニが好きなのか、めちゃくちゃ上機嫌だった。

 火に炙られて赤くなっていくザリガニは、たしかに美味そうだ。


「うらっ!」


 焼き上がったザリガニを、うららがぱきっと割って渡してくれた。

 白いホクホクの身が湯気を立てている。

 あ、これ絶対に美味いやつだ。

 一口かじると口の中に甘みが広がっていく。

 少し泥臭いが、美味い!


「うら~~!」


 同じくザリガニを食べたうららはほっぺたを抑えてジタバタしていた。

 きっと大好物なのだろう。

 泥まみれになって採ってしまうほどに。

 そのまま泥まみれで過ごしても構わないほどに。

 女の子としてどうなんだろうとは思うが。

 幸せそうなうららを見ていると、こっちも嬉しくなった。


 しかし、である。

 ザリガニを頬張るうらら。

 その美味しさにジタバタする。

 そして、丸出しの乳房がぷるぷると揺れる。

 うん。

 これは良くない。

 なぜならキングエレファントは、いつになっても優しいゾウさんに戻ってくれないから。

 正直に言うと、ザリガニなんて食ってる場合じゃない。

 うーん。


「服でも作るか」


「うらー?」


 俺のつぶやきに、ザリガニを齧ったうららは、こてんと首をかしげるのだった。

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