第4話 空手キック

 気づくと、朝になっていた。

 白い朝日が眩しい。

 いつの間にか眠ってしまったようだ。

 地面に寝そべって。

 身を起こすと、身体がバキバキする。

 あと口の中で土の味がする。

 中年の地べた直寝はキツかった。


「うら!」


 とっくに起きていたらしい少女が、手を挙げて朝の挨拶。

 少女は朝から元気だった。


「おはようさん」


 あくびを噛み殺しながら、挨拶を返す。

 昨日、気付いたら見知らぬ場所にいた。

 夢かもと思ったが、一晩明けても状況は変わらない。

 一体、俺に何が起きたのだろう。


「うらー」


 少女が、何か果物っぽいものを差し出してくる。

 リンゴのように赤いが、形はナスっぽい。

 なにこれ。

 朝ごはんとして持ってきてくれたのだろうか。

 そう言えば昨日から何も食べていない。

 腹は普通に減っていた。

 シャクッ。

 とりあえず齧ってみた。

 果汁が溢れ出す。

 甘みは弱いが、爽やかな香りがした。

 シャクシャクと歯ざわりもいい。


「結構いけるな」


「うららー! あむっ」


 隣で少女も果物を齧っていた。

 小さな口を精一杯開けて齧っていたが、果物に付いた噛み跡は俺の半分もなかった。

 口の周りを果汁でてらてらさせながら、嬉しそうに咀嚼している。


「うらー!」


 そして、俺を見てニコッと笑う。

 多分、おいしいね的な事を言っているんだろうが。

 そういえば、この子。

「う」と「ら」しか言ってない。

 喋れないのか、そういう言語なのかはわからない。

 2音で完結するとかスーパー言語。

 金髪に碧眼、白い肌の少女。

 欧米人ぽい。

 少なくとも日本人ではない。

 欧米にうらうら言う言語があるんだろうか。

 ていうか、ここどこなんだよ。

 日本じゃないのかもしれない。

 どゆこと??

 相変わらず、俺の置かれた状況は謎だった。



 謎の果物で朝ごはんを済ませた俺は、とりあえずボーッとしていた。

 さてこれからどうしよう。

 とりあえず帰るべきなんだろうが。

 あんまり帰りたくもなかった。

 あそこで俺を待っているのは、仕事だけ。

 好きなわけでもないのに、やたらきつい仕事。

 帰ったところでなー。

 昨日は確か水曜日だったので、今日は木曜日。

 普通に平日なので、今日も出社しなければいけない。

 でも、どっちに行けば会社があるのかわからないし。

 現在の状況を連絡しようにも、スマホないし。

 というか全裸だし。

 そもそも、現在状況を一言で言うなら、わからないだし。

 そんなわけで、俺は帰るのをすんなりと諦めた。

 さて、じゃあ、どうしよう。


「うららー!」


 そんな時、少女が元気に手を振り上げる。

 急に叫ぶから、ビクッとした。

 少女はてくてくと歩き出す。

 帰るんだろうか。

 少女には一宿一飯の恩がある。

 昨日、下半身の世話もしてもらった。


「ありがとうな。元気で!」


 とりあえず、別れの言葉をかけて、手をふる。

 いい子だった。

 かわいいし。

 一人になるのは、少し心細いが仕方ない。


「う?」


 しかし、少女は眉根を寄せて、思い切り怪訝な顔をしていた。

 何言ってんの、お前?

 とでも言いたげな表情だった。


「うらー」


 少女は、俺の腕を掴む。

 そしてそのままずんずん歩き出した。

 え、帰るんじゃないの??


「うらー♪ うららー♪」


 うらうらと謎の歌を口ずさむ、少女に連れられて、俺も歩き出すのだった。

 行く先は、不明。




 しばらく歩いた所で、少女がピタッ止まる。

 俺の前に手を出して、止まれの合図。


「うー!」


 白い歯をむき出しにして、少女が唸っている。

 前方には、昨日見たうりぼーがいた。


「ぷぎー!」


 昨日のより少し大きいだろうか。

 茶色い毛皮を逆立たせて、俺たちを威嚇している。

 短い前足で、ざっざっと土を慣らしている。

 突撃の準備だろうか。

 昨日タックルされた腹が、ずきりと痛んだ。

 目の前に立つ少女は、そろそろと地面にあったこぶし大の石を拾った。

 そして。


「うーらー!!」


 雄叫びを上げて、駆け出していった。

 なんて好戦的。


「ぶひっ!?」


 驚いたうりぼーは、慌てて飛び上がる。

 少女を迎え撃つためのジャンピング頭突き。


「うらっ!」


 難なく躱した少女は、うりぼーの頭に石を振り下ろす。


「きゅー!」


 頭部を殴られて、地面に落ちるうりぼー。


「うら! うら!」


 少女は問答無用で、うりぼーに止めを刺していた。

 ガスガスと石で殴りまくる。


「うららー!」


 勝利の雄叫び。

 うりぼーの後ろ足を掴んで持ち上げて、俺に見せつけるようにニコニコしていた。

 かつてうりぼーだったものから、血がどばどばと流れ出していた。


「お、おう。すごいな」


「うらー!」


 グロテスクだったので、若干引いた俺に、少女は満面の笑みを浮かべる。

 そして、再び俺の手を掴んで歩き出した。

 片手にうりぼーを掴んだまま。

 え、それ持ってくの??



 そして、またしばらく歩いた時だった。


「うーらあああああ!」


 どこからともなく聞こえてきた雄叫び。

 少女の声ではなかった。

 隣で少女は青い顔をしている。

 聞こえてきたのは、紛れもなく男の声だった。


「うーらあああああ!」


 ザッザッと地面を蹴って。

 全裸の男が走ってくる。

 片手にこん棒を振り上げて。

 筋骨隆々の男だった。

 しかも股の間で、すごいのがぶらぶらと揺れている。

 ひいいいいい!?

 普通に怖かった。


「……ううっ!」


 先ほどのうりぼーの時とは違って、怯えた少女。

 再び地面の石を拾い上げると、男を迎撃するために駆け出していく。


「うーらー!」


 悲痛にも聞こえる声を上げて。


「うがっ!」


 接敵。

 少女と男が重なる。

 石を振り上げる少女。

 しかし、男のこん棒は、身の毛がよだつ程速かった。


「あうっ!?」


 少女がこん棒に殴られる。

 気付いた時には、身体が動いていた。

 全力で駆け出す。

 自分が何をしようといているのか、わからなかった。

 喧嘩すらしたことがない。

 自分が行っても、何も出来ることなんてないかもしれない。

 でも。

 身体は自然と動いていた。

 中年太りででっぱった腹を揺らして。

 俺は全力で駆ける。


「うがっ?」


 男が俺に気付いた。

 金髪のいかつい顔をした男。

 すげえ強そうだった。

 でも不思議と恐怖はない。

 あるのは。


「うう……」


 こん棒で殴られて、地面に臥せった女。

 あるのは――怒りだけ。

 すうっと息を吸い込む。


「何してんだお前!!」


 怒鳴るように叫んで、足に力を込める。

 蹴りは、驚くほどの速さだった。

 稲妻のような。


「うがあ!?」


 勢いよく伸びた足が、男の顔にめり込む。

 どう考えても俺の可動域を超えていた。

 信じられないくらい高く上がった足。

 上段の前蹴り。

『特技:ケンカキックはヤ○ザキックに進化しました』

 そんな言葉が浮かんだのを思い出す。

 顔を抑えて、男が崩れ落ちる。


「このクソ野郎が!!」


 怒りのまま、追撃した。

 がすがすと男を蹴りまくる。


「あう……うが……」


 男が情けない声を上げた時だった。


『特技:ヤ○ザキックは空手キックに進化しました』


 突然、視界に出現する文字列。

 おお。

 反社から脱却できた。

 空手キックってなんだろうとは思うが。

 空手なのにキック??


「うう……」


 蹴られまくった男が、俺に許しを乞うように見上げる。

 なんか昨日、同じような事があったような。

 しかし、男にかける慈悲などない。


「うがっ!?」


 男が気を失うまで、蹴り続けた。


「うらー! うららー!」


 気づくと、背後で少女が応援してくれていた。

 拳をぎゅっと握って、興奮したように。

 こん棒で殴られた傷は大丈夫なのだろうか。

 こめかみの辺りが少し赤くなっている。

 でも、元気そうで良かった。

 俺と目が合うと、てててと走ってきた。

 そして、俺の手をギュッと握る。


「うららー!」


 頬を染めて、花の咲くような笑みを浮かべる。

 え、すげえかわいい。

 再び少女と歩き出す。

 それにしても、と思う。

 この辺の治安はどうなってんだ。

 襲ってくるうりぼーと、襲ってくる全裸の男がいるとか。

 危険極まる。

 俺の手を引く少女。

 彼女みたいな全裸の美少女は大歓迎なのだが。

 そんな事を考えながら、俺は少女と荒野を歩くのだった。

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