第3話 焚き火

 かあかあ。

 カラスっぽい何かの鳴き声。

 日が沈み始めている。

 夕暮れ時。

 どこだかわからない場所でも、夕日は普通に赤かった。

 いやあ、いい夕日だ。

 目を細めて、夕日を眺めながら、現実逃避をしてみた。


「ううっ、ぐすっ、ひっく」


 少女の泣き声を聞きながら。

 金髪の少女は、地面に膝をついて、しくしく泣いていた。

 胸がズキズキと痛む。

 なんということだ。

 おそらく20歳くらいも年の離れた少女に、欲望の限りを尽くしてしまった。

 一言で言うなら。

 えかった。

 極上の身体だった。

 しかもかわいい。

 おかげで、身も心もスッキリ。

 つやつやとした、妙に悟った気持ちになれた。

 そんなわけで。


「悪かったね……」


 遅すぎた罪悪感を胸に、少女に謝ってみた。


「ううー!」


 少女は俺を思い切り威嚇している。

 涙の浮かんだ青い瞳で。

 夕焼けに照らされた金髪は美しく、怒っていても整った顔立ちは隠しきれない。

 こんな美少女に睨まれるとか、凹むわ。

 睨まれるような事をしたんですけどね、ええ。

 むしろ睨まれるだけでいいのかというか、お巡りさんはいつボクを逮捕に来るんだろうとか、気になることはたくさんある。

 まあしかしですよ。

 こんなうら若き乙女に、大人として、というか人間として決してやってはいけないことをしたのだ。

 俺に出来るのは、一つだけだった。


「じゃ、そういうことで!」


 軽く手を挙げて、さよならの挨拶。

 俗に言うYARINIGEというやつである。

 地方によってはYARISUTEとも言う。


「うらー?」


 逃亡を図る俺に、こてんと首を傾げる少女。

 その表情が無垢で可愛かったので、ずきりと胸が痛んだ。

 ありがとう。

 君のことは忘れない(主に君の身体を)。

 心の中でお礼を言って踵を返した。


「うらら……」


 何か言っている少女を残して、俺は立ち去った。



 そして10分後。

 俺は広大な荒野をあてもなく歩いていた。

 これからどうすればいいのか。

 何も思いつかないまま。

 てくてく。

 なんか後ろから付いてくるが。


「う、うー……」


 振り返ると、先程の少女がいた。

 俺を見て、相変わらず怯えている。

 先程したことを考えれば、怯えるのは当然なのだが。

 じゃあ付いてこなきゃいいのに。

 ちらりと空を見上げると、夕日が沈もうとしていた。

 そろそろ夜になる。

 まさかアレだろうか。

 復讐に闇討ちでもする気だろうか。

 なにそれ怖い。


「う!」


 不意に、ガシッと掴まれる腕。

 ひいっ!?

 普通にビビった。


「う! あうあうあー! うららっ!」


 しかし、少女はなんかジタバタしながら必死に何かを訴えていた。

 闇討ちをされる感じはしなかった。

 慰謝料を請求しているようにも見えない。

 少女は薄闇の空を指し、がおーと両手で何かに襲われるポーズ。

 最後に両手を上げて、もうダメだーみたいな表情をしていた。

 意外と演技派。

 ふむ。

 なんとなく言いたいことはわかる。


「暗くなったら、獣に襲われるから危ないぞってことか?」


「うら!」


 伝わっているのかはわからないが、少女はニコッと笑う。

 可愛かった。

 まさか俺を心配してついてきてくれたのだろうか。

 え、いい子すぎる。

 俺のような性犯罪者の身を案じてくれるなんて。

 こんないい子を強制的に大人の階段を登らせるとかサイテー。

 今日イチの罪悪感に襲われる。


「うー! うー!」


 少女が地面をぱんぱんと叩いている。

 座れってことだろうか。

 言われるがまま地面に腰を下ろす。

 相変わらず全裸なので、アレが潰れないように、20年ぶりの体育座りをしてみた。

 すると少女はたたっとどこかに駆けていく。

 やがて木の枝を抱えて帰ってきた。

 細い枝を太い枝に刺すようにして。


「うーーーー!!」


 シコシコシコシコ! と枝を高速で回転させている。


「おお!」


 思わず声が出た。

 これアレだろうか。

 サバイバルなテレビ番組とかで見るやつ。

 少女の回転させた枝からはプスプスと焦げ臭い煙が登り始める。

 少女は慣れた仕草で、枯れた草のようなものをぱっぱと投入。

 ささっと枝を組み上げると、あっという間に火が付いた。

 焚き火の完成である。


「すごいな」


 思わず拍手。


「うらー」


 額の汗を拭った少女は、照れたように笑っていた。

 かわいい。

 というか火を熾せるとかマジですごいな。

 俺には逆立ちしたって出来ない。

 アウトドアは得意じゃなかったので。

 大学生の頃、サークルでバーベキューをやった時は、必死に働いているふりをして、実は何もしないっていう裏技をしていた。


 辺りは、あっという間に夜になった。

 少女と焚き火を眺めながらボーッとする。

 何もすることはないが、居心地は悪くない。

 喋らずに、ひたすら燃える炎を見つめているというのは、なんというか、安心した。

 昼間は全裸でも暑いくらいだったが、夜になって少し冷えてきた。

 炎の温もりは心地良い。

 あのまま、一人で夜を迎えていたらヤバかったかもしれない。

 少女に感謝である。


「う、うー」


 ふと隣を見ると、少女はうつらうつらと船を漕ぎだしていた。

 膝を抱えるように座って。

 こてんこてんと首が前後に動いている。

 そのまま焚き火にダイブしそうで怖い。


「おい、寝るなら横に――」


「う、うー!?」


 少女に手を伸ばすと、一瞬で起きてビクッとしていた。

 俺の手を恐れるように後ずさる。

 己の身体を抱きしめるようにしながら。

 思い切り警戒されていた。

 昼間にしたことを考えれば当然なのだが。

 じゃあ、なんでついてきたのか。

 俺のテクニックが忘れられなくて――なんてことを、あんなに痛がっていた子が思うわけなかった。


「火は俺が見とくから、寝るなら横になれよ」


 そう言いながら、地面をぽんぽん叩く。


「うらら……」


 少女は目をこすりながら、おとなしく横になる。

 やがて聞こえてくるすーすーとした寝息。

 少女は普通に寝ていた。

 あどけない寝顔で。

 丸出しになった裸体を見せつけながら。

 警戒しているんだか、無防備なんだかはっきりして欲しかった。

 変な女である。

 ムラっとしたが、ここでイタズラをするほど恩知らずではない。

 少女の寝息を聞きながら、パチパチと音を立てる焚き火を見つめる。

 夜空を見上げると、満天の星空だった。

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