第2話 忍び寄る垢バンの影

 女に連れられて、歩くこと30分。

 喉が乾いている中、どんだけ歩かせるんだよ。

 36歳は脱水症状寸前だった。

 その時、水の流れる音が聞こえてきた。


「うららー!」


 女が指をさす。

 きらきらとした水面だった。

 陽光を反射した美しい流れ。

 ごつごつとした岩場の中に、川が流れている。


「まじかよ」


 気付いたときには、走り出していた。

 衛生面とか、飲めるのかとか、気にしている余裕はなかった。

 とにかく喉が乾いてたのだ。

 さらさらと流れる川に顔を突っ込む。

 ごくごくと、喉を鳴らして飲んだ。

 鼻に水が入るのもお構いなしに。

 川の水は、透明で、冷たくて。

 極上の甘露のように、美味かった。

 生き返るとは、この事か。

 ごくごく。

 ひたすら水を飲み続ける。

 やがて、水の味に変化を感じた。

 なんか泥臭いような。


「んくんく!」


 ふと水から顔を上げると、隣で女が水を飲んでいた。

 流れの上流で。

 泥だらけの女が、綺麗な川に顔を付けている。

 透明だった川の水は、普通に泥で汚れていた。

 泥女の出汁が漏れている。

 俺がさっき感じた泥の味は、こいつのせいだった。

 え、何してくれてんの?

 俺に何飲ましてんの??


「ぷはー!」


 イライラする俺を尻目に、女が気持ちよさそうに顔を上げる。

 瞬間。

 光が溢れ出した。

 輝く金色の髪。

 真っ白な額。

 形の良い鼻梁。

 ほっそりとした頬と、小さな顎。

 桜色の瑞々しい唇。

 飛び散る水滴は、ダイヤモンドのように輝いてを際立たせている。

 俺は、口をぽかんと開けて、女を見ていた。

 見惚れるように。


「うー?」


 そんな俺に澄んだ青い瞳を向ける女。

 一体何が起こったのか。

 俺は今日イチで混乱していた。

 見慣れぬ場所に、フル○ンで立っていたこととかどうでも良くなった。

 棒切れを持って襲ってきた原始人みたいな女。

 泥にまみれて汚い女だと思っていた。

 水につけたら、極上の美女が出てきた。

 どゆこと???

 混乱しながら、女を改めて見てみる。

 金髪碧眼の白人の女だった。

 その表情にはあどけなさが残る。

 20はいってない。

 多分10代後半の美少女。


「うらー?」


 言っていることはおかしいが、どうでも良かった。

 というかですよ。

 泥女が美少女だったのは、わかった。

 問題は、この女の身体である。

 泥だらけすぎて、よくわからないが胸が膨らんでいるのはわかる。

 さきっちょにも泥がこびりついているし、全体的に汚れていて、黒いので全然エロさはないのだが。

 どうも何も身につけてないように見えるのだ。


「ちょっとお前、身体洗ってみ?」


「うらら?」


 言葉は普通に通じなかった。

 イラッとしたので、女の背中をドンと押す。


「うらー!?」


 女は勢いよく川に落ちる。

 大丈夫。

 底が浅いのは確認済だ。

 溺れることはない。


「う、うらー!」


 川に落ちた女がバシャバシャと暴れている。

 泥が綺麗な川に溶けていくが、もうどうでも良かった。

 俺の目は、その光景に釘付けだったから。

 飛び散る水しぶき。

 流れる泥水。

 鮮烈なまでの白い肌。

 ばるんばるん、と。

 ぷりん、と。

 見てはいけないものが、普通に見えてしまう。


「うっ」


 思わず鼻を押さえてしまった。

 エロい光景を見て、鼻血が出るとか人生初だった。

 女は、めちゃくちゃエロい身体をしていた。

 出るとこは出て、引っ込むとこは引っ込んだ極上の身体。

 しかも、結構巨乳。

 36年の人生。

 実物どころか映像や画像と比べても、今まで見た中で、もっともエロい身体だった。


「うらー!」


 川に座り込んだ女が、俺に恨めしそうな目を向けていた。

 綺麗なまゆげをナイキのマークみたいにして、桜色の唇をへの字に結んでいる。

 不覚にも可愛いと思ってしまった。

 しかも色々と丸出しでエロい。

 思わず辺りをキョロキョロしてしまう。

 美少女の裸体をガン見するおっさんとか完全にギルティだったので。

 しかし、辺りには誰もいなかった。

 ほっとする。

 つまり、これは完全犯z――。

 いやいかんいかん。

 相手はか弱い女の子じゃないか。

 だいぶ年下の。

 さっきは思い切り蹴飛ばしてた気もするが、あれは泥フィルターのせいである。

 こういう時、大人は保護者として振る舞うべきだ。

 だって俺は、すいもあまいも経験したダンディーなアラフォー。

 いくら目の前に全裸のエロい少女がいたとしても、ポーカーフェイスを保つべきだ。

 それくらいの体裁を偽る理性は持ち合わせている。


「大丈夫かい?」


 全力で爽やかな笑顔を浮かべて、少女に手を差し伸べてみた。

 ~かい? とか言っている時点で、下心しかないのだが。

 ウーしか喋れない少女にはバレないだろう。


「……うう」


 しかし、少女は思い切り怯えた顔をしていた。

 顔を真っ青にして、一点を見つめている。

 少女の視線が向かう先は、俺の股間。

 なぜ俺のぞうさんを。

 な、なにい!?

 一緒に己の股間を見てみて、愕然としていた。

 さっきまで無害な優しいぞうさんだったのに。

 血管をバキバキにした凶暴なビーストエレファントに変形している!?


「う、うらー……」


 おどおどと俺の手を離す少女。

 会話できない少女なのに、びんびんに危険性が伝わっている不思議。

 すいもあまいも経験したダンディーなアラフォーとか言っていたのに。

 その幻想は早くも崩れ去っていた。

 …………。

 なんかもうどうでも良くなってきた。

 どうせ誰もいないし。

 俺は、俺の好きなことをやろう。


「お前、ちょっと来い」


「う、うら!?」


 少女の細腕を強引に掴む。

 抵抗するが、少女の力は弱かった。

 ばしゃばしゃと川から上がった少女を連れて、俺は近くの茂みにしけこんだのだった。

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