第31話 デリカシー

 階段を上がった先にはあの薄暗い廊下があった。

 ふと下を見る。


 それは、ここが薄暗くともよくわかる。

 ユウトの意識が消えた場所、そこには生々しく誰かの血溜まりがあった。

 言うまでもなくそれはユウトのものだろう。


 悪寒が体を走ると共にユウトは体を見渡す。

 刺し傷らしき物は何処にも見当たらない。

 見当るのは横腹付近に穴が間いた服と、そこに付く血のみだった。


 リサ。

 本名リーシャ・スーベントの能力がユウトの能力より群を抜いて高性能だと思い知らされる。


 考えながら、ユウトは横を見る。


「氷が溶けてる? なんでだ?」


 ユウトが気絶した時にはまだフィーナの魔法で凍りついていたその給水タンク。

 今は氷など一切見られない。

 触ってみても、


「うん、冷たい感じはしないな。常温の物を触ってるイメージだ。とりあえず良かった」


 安堵を溢すユウトの目は穏やかだった。

 さっきまで死の淵に立たされていた者の面構えとは似ても似つかない。


「死にそうな顔をみんなに見せたら心配されるからな」


 心配される事は悪い事ではないが、ユウトにとっては少し嫌だ。

 だからいつも通りの顔で―――。


 そう思いながら、ユウトはその薄暗い廊下を後にした。



✤ ✤ ✤ ✤ ✤



 カウンターを出て、辺りを見渡す。

 人は居ない。

 それはいい。

 それよりも―――。


「もう夕方かよ……」


 外から差し込める灯りはオレンジ色。

 ひと目で、夕方だと分かってしまう。

 そんな時間帯だった。


 ユウトはその夕方の光を見ながら自室に戻ろうとする。

 給水タンクが常温に戻ってる今では何もする事もない。

 たとえ凍っていても気まずくてあの場所に居られないだろう。


 ガチャ―――。


 戻ろうとしたユウトを止めるかのように丁度良く開いたこの宿の入口。

 ユウトも自然とそちらに目をやっていた。


 開いたドアからは三人の少女の人影。

 薄い金髪で碧眼の少女。

 青い髪が特徴で片目がその長い髪に隠れている少女。

 そして綺麗な黒髪に特徴的なとんがり帽子を被っている少女が―――ボロボロな状態で現れた。


「あ。あ? おいおい、どうしたんだそんな姿になって」


 可愛らしい服が泥や草木で汚れている少女らルナ、アオ、フィーナに聞き入れる。


「あー師匠、これ戦利品です」


「おう、ありがとう! じゃないだろ! その汚い格好について聞いてるんだよ俺は!」


 フィーナが持ってきた戦利品を受け取りながらユウトは華麗にノリツッコミをする。

 そんな中でもユウトは、戦利品とやらに目をやる。


 シンプルな布袋を開くとそこには―――、ゴミがあった。

 実際には木の枝の様な物がメインだったが、どう見てもそれはゴミにしか見えなかった。


「女の子に汚いだなんて、師匠はデリカシーの欠片もありませんねー」


「デリカシーの本当の意味知ってるのかお前?」


「知ってますよ! バカにしないでください! 繊細さ、優美さ、ですよね?」


「そうだな、そうだ、そうだとも。で、今の自分の姿を見て優雅に見えると? 見えないよな。だ、か、ら、デリカシーに欠けてるのはお前の方だぁ!!」


「なっ―――!」

 

 指を指されながら正論を言われ、フィーナはガクッとその場に膝をついて絶望する。

 そんなフィーナを見てユウトは満足そうに笑う。

 少しやり過ぎてしまったが、いつも通りの会話にそれだけで満足してしまう。


「ユウトさん、女の子をイジメる性癖をもっていたんですか? ちょっと引くので今後は1メートル距離をとってください」


「待て待て、冗談だから。俺にそんな変な性癖は無い。だから距離を取らないでくれルナ」


「は、はい……」


「……あ、あれ?」


 最初は青ざめた目をしていたルナだが、ユウトが弁解しただけであっさりと許してくれる。

 それにユウトは疑問の表情を隠せない。

 更に、いつもと少しも違うルナの顔は、少し赤かった。

 夕日のせいだろうか。


「フィーもあんまり真に受けないでくれ、九割は冗談だから」


「その言い方だと、一割は本当に思ってるって事になりますよ!」


「……………」


 そのとおりであったのでユウトはそれ以上何も言わなくなる。

 それが更にフィーナを悲しませた。


「木怖い木怖い木怖い木怖い木怖い木怖い木怖い……」


「んん?」


 突然呪いのように木が怖いと唱えている方へ見ると、そこにはガクブルしているアオの姿があった。


 トラウマになりやすい年頃なのだろうか、スライスの次は木が怖いと言ってるアオにユウトは同情の目をやるしか無かった。

 そもそも何故木。

 とも思ったが、同情がそれを超えた。


「アオ、もう宿ですよ?」


「……宿ってなに?」


「なにって……」


 ルナが宿に着いたことを知らせるも、アオは宿の事すら忘れるぐらいの重症だった。


「なぁフィー、本当に何があったんだ? 特にアオは重症だぞ!」


「ああ、アオちゃんは無垢ですからねぇ。一番同様しているだけですよ。それよりも私はさっきのがショックで立てません……」


 四つん這いになっているその少女は、顔を上げながらちゃんとユウトの質問に答えるが、立とうとしない。


「しょうがないか…」


 よく分からない理屈に溜息を付きながらも、自分のせいではあるので、ユウトはその少女の両脇を掴んで強引に立たせる。


「ひゃあっ!」


 少し強引にしたせいでその少女から甘い声が出るが、気まずいのでスルーする。

 そんな、なにごとも無かった様に振る舞うユウトを見て、フィーナは少し頬を膨らませて、


「師匠はやっぱりデリカシーにかけると思いますよ! そうやって強引に女の子を扱う所!」


「あー。……すまん、今のは俺が悪かったよ」


 またデリカシーについてループしても良かったが、ユウトは大人なので素直に謝る事を選択する。

 実際その選択は正解だったようで、「まぁ、いいです」と、フィーナは直に許してくれた。


「それよりもこのゴミの山なんだが、何処かにゴミ箱あったっけ?」


「ななな、なんで捨てようとするんですか! 師匠の為に拾ってきたんですよ!」


「そうか、フィーは師匠である俺にゴミのプレゼントを……。おお、俺そんなに嫌われてたの!?」


 木の枝なんて、需要の無い物を贈られてユウトは悲観的になってしまう。

 そもそも、何故こんな嫌がらせをさせられるかが分からない。


「違いますよ。師匠が大好きなうんこです!……あ、間違えた。ドロップアイテムです。アハハー」


「酷くデリカシーに欠ける発言だったのはさておき、こんなゴミ見たいな見た目のドロップアイテムもあるんだなぁ」


 ユウトは形、見た目が木の枝そっくりのドロップアイテムを見る。

 あの美しいスライムの心と比べるとそれは比にもならないほどの悲しい見た目であった。


「嫌嫌拾ったんですからね。礼の一つぐらい言ってくださいよ」


「まぁ、そうだな。ありが―――」


「あ! でも、嫌嫌拾ったせいでゴミも混じってるかもしれません。それ、見た目ほぼゴミですから」


 ユウトが感謝を述べようとする横からとても余計な事を言うフィーナ。

 事実を言うことは良いことだが、礼を言う気は削がれた。


「ありがとう、って言おうとしたけどやっぱやめるわ」


「それもう言った様なものじゃないですか? それよりも私達は汚れを落としてきます! ルナちゃんも行くよね?」


 フィーナは後ろでアオを慰めているルナに聞く。

 それでもアオはガタガタと震えている。

 よほど木にトラウマを持ったらしい。


「アオ、どうしたんだ?」


 痺れを切らしたユウトはアオの元へ駆け寄る。

 それにアオはユウトが目の前に来た事に、そもそもここに居た事に気づく。


「ユウト〜!」


 泣きながらユウトに抱きついて来るアオ。

 それにユウトは頭を撫でてあげる事にした。

 これが今ユウトに出来る最大の慰めであると考慮した結果だ。


 ユウトに慰められているアオを見て、フィーナはその間に来てニヤリとその口元が上がる。

 何か良からぬことを考えているのは確かだが、慰め最中で抱きしめられ最中のユウトに動く手段はない。


 言うよりも段々痛くなってきた。

 久しぶりなこの感覚。

 ユウトとアオの間にレベルの差が生まれていた時のようだ。


 そうは言っても現在ユウトはレベル10、アオはレベル25の筈。


「アオちゃんはお子ちゃまだねー」


「フィーうるさい、黙ってて!」


「あ、あれ? 今普通に喋っていたような……。ね? 師匠も聞いてましたよね?」


「ユウト〜!」


 フィーナの挑発にユウトでも分かるくらいアオは普通に喋った。

 それでも、何事も無かったかのようにアオはユウトの腹を潰す勢いで抱きしめてくる。


 旗から見たらユウトは少女に抱きしめられている羨ましい奴だと思われるが、現実はそう甘くはない。

 最初は抱きしめられていたかもしれないが、今は完全に潰されている気分だ。


「アオ、そろそろいいか? いい加減俺の腹がストライキを起こしそうなんだ。物理的ストライキが……」


「ユウト、ごめん。痛かった?」


「ああ、少し。でも、もう大丈夫か?」


「うん! アオ、多分大丈夫……」


「こんな不安な大丈夫は初めてだ……」


 口では大丈夫と言ってるアオだが、内心はきっとまだトラウマが残っているのだろ。

 それでも、アオは素直にユウトの元から離れた。


「アオちゃんも復活したところで、師匠! 私達は汚れを―――」


「ちょっと待て!」


 その場からそそくさと立ち去ろうとしたフィーナの肩を力強く、ユウトは掴む。

 それにフィーナは同様はして無いが、ユウトの方を向かず、


「師匠、私の汚れでも落としたいですか? 生憎と私は自分の体は自分で洗う主義なのでお断りいたします」


「そうじゃない。てか、そんな訳ないだろ! はぁ―――、それよりフィー、朝の事覚えているか? いや、覚えているよなぁ今日の朝の事だから」


 ユウトの恐喝に似た発言にフィーナはその場に固まりつくだけだった。

 よく見ると、少し体が震えている。




 さて、朝の事とは。


 今朝、ユウトとフィーナが別れた後まで遡る。

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