第32話 ユウトの居ない朝食
✤ ✤ ✤ ✤ ✤
時間軸はユウトが、フィーナの魔法で凍った給水タンクを溶かしに行った後まで遡る。
フィーナは自室に戻り、着替えを済まし、宿の一階の食堂へ向かっていた。
言うまでもなく朝食を取るため。
フィーナはご飯が大好きである。
食欲は彼女から切っては切り離せない存在。
大切なものだった。
だがしかし、大切なランキングをつけるのならそれは二番目だった。
「フィー、もう料理が並んでますよ」
階段を降りて、食堂へ向うフィーナを柔らかい口調で迎えたのは、薄い金髪の女性、ルナだった。
その隣には、すっかり目を覚ましユウトが居ない事を嘆いている青髪の少女、アオの姿も見える。
「改めて、おっはよー! アオちゃん、ルナちゃん!」
てくてくと歩きながらアオとルナが座っている席に駆けつけるフィーナは、笑顔だった。
食事になると、笑顔になるのは勿論の事だが、誰かと食べるのはもっと笑顔になる。
それがフィーナの考えだ。
「ここはユウトの席。フィーはあっち」
アオの席の隣が空いていたのでフィーナがそこに座ろうとする。
するとアオがその席に掌を乗せながらフィーナが座るのを阻止する。
それでもフィーナは顔色一つ変えずに、
「師匠は大事なお勤め中だから今朝は一緒に食べないよ」
丁寧に説明をした。
お勤め中とは、フィーナの尻拭いと、謝罪だ。
フィーナがアオに素っ気ない態度を取られても顔色を変えないのは、アオが本気で言ってないと分かるからだろう。
アオの方はというと、ユウトが来ないと知ったのか、更にその頬を膨らませて機嫌が悪くなった。
それでもそんな事は気にしないというふうに、フィーナはアオの隣の席に座ろうとする。
「……じゃあフィーナはあっちに座って」
アオの隣に座ろうとするフィーナを見て、アオはテーブルを挟んだ向こう側に指を指す。
「じあって、理由になってない気がするけど……まぁいっか」
溜息混じりにそう言葉を残しつつも、フィーナは言われた通り反対側の席に移動する。
「さぁ食べましょうか」
フィーナが席につき、ルナの合図で朝食はスタートする。
言うまでもなく、フィーナの席には他の二人とは比べ物にならないくらいの料理が並べられている。
アオとルナはそれにもう慣れた様子でそれに関しては何も言わなかった。
食事が少し進んでから、ルナは何かを思い出したかのように、「そういえば」と前置きし、
「今朝、ユウトさんになんて言われたんですか?」
ルナは全力食事中のフィーナに話しかけた。
その事に何か思ったのか、フィーナは口に運んだ食べ物ごとスプーンを咥えたまま動かなくなった。
数秒何かを考えた後、フィーナは咥えていたスプーンを口から取り出す。
それを食器の中に置くと、ルナの方を見て、
「魔法に魔法をかける練習をしてみろ。って言わたんだー」
「なんですかその声真似? ユウトさんの真似をしてるんですか? 似てないですよ」
ちょっとかっこいい口調でユウトの声真似をするフィーナ。
そんなフィーナに少しの気遣いも無しに、ルナは思ったことを口にする。
「……それにしても、魔法に魔法をかける……ですか。難しそうですね」
「そう! そうなの! 言ってる事が難しすぎて何をすればいいのかわからないー!!」
「―――? そっちなんですか?」
なんとなくではなるが、ユウトの言いたい事が分かるルナは驚いた様に目を見開く。
そんな二人を横から割り込むようにアオが声を出す。
「フィーは頭が悪いからユウトに言われた事が理解出来ないんだ」
「へー。じゃあアオちゃんは分かるの? 師匠が言ったこと」
不意に聞かれたフィーナの質問にアオは罰が悪そうに黙り込む。
アオにとって才能が無い魔法の事は未知以外の何物でもない。
即ち出てきた答えは、
「アオは魔法専門じゃないから何も言わない」
そう言って、アオは目の前の皿に目をやりながら食事を進める。
それを見たフィーナは小さく溜息をこぼしながらそれ以上何も追求しなかった。
「ルナちゃんは分かるの? 魔法に魔法をかける意味」
「私は魔法を使えないので感覚としては分かりませんが、意味としてはそのままの意味じゃないんですか?」
「……そのまま……かぁ〜」
ルナのアドバイスを聞き、フィーナは更に溜息をつく。
「……でも! 私はやる! ルナちゃん、アオちゃん! 今日は散歩じゃなくて討伐に行こう!!」
「特に今日やる事はなかったのでいいですよ」
「……アオは面倒くさいからやだ」
「この感動的な流れでそんな事言う!?」
フィーナは感動的と言っているが、そこまで感動的ではない。
ただ討伐に行くか行かないかの話である。
「アオちゃん、そんな事言っていいのかなぁ? 師匠がアオちゃんは弱いからって言って捨てちゃうかもよー」
「―――っ! ユウトはそんな事しない!!」
バンッ! と大きく机を叩きながらアオはその場に立ち上がる。
そのアオの顔を見てフィーナは今言ったことを取り消したい気持ちになった。
ほんの冗談。
ほんの出来心だったその言葉がアオをこんなにも悲しい顔にさせた。
そう思うのも無理は無い。
「ごめん……」
謝罪しても口から出た言葉は決して戻ってくるわけでもない。
取り返しのつかない発言は彼女の心に刺さったままである事もわかる。
だが、フィーナはその言葉を発した。たとえ許されなくてもフィーナにはそれを言う義務があった。
その間、ルナは目を瞑ったまま食事をしていた。
それはどうでもいいからではない。
この言い争いに自分の感情は不要だと感じたからだ。
アオが『捨てる』という言葉に、行動に、どれだけ苦しめられていたか分かるルナは苛立ちを覚えたが、そこはぐっと堪えた。
「フィー……だから許す。でも次、同じ事言ったら今度は許さない」
フィーナは許してもらえると思っていなかったらしく、眉をあげる。
それと同時に嫌われたらどうしようという負の感情が無くなり、安堵がそこへと移り変わる。
「ありがとう、アオちゃん……」
「あと、やっぱりアオも行く。フィーだけだと何するかわからないから」
「え!? 私ってそんなに危険人物扱いだったの?」
アオに言われた事がショックだったのか、ガクッとフィーナは首を落とす。
そんなフィーナを見てもアオは話を続ける。
「危険じゃないけど……危なっかしい? 手が焼ける? 同仕様もない子」
「私ってそんな風に見られてたんだ……。それに同仕様もない子って……。私アオちゃんよりも歳上なんだけどなぁ。……でも、危険じゃないっか。良かったぁ!」
そう言いながらニコッと笑うフィーナにアオは直に目を反らす。
それでもフィーナは視線をアオに向けたまま続ける。
「話は終わりましたか? 終わったなら早く食べて出かけますよ」
「はーい!」
ルナのその言葉に元気よく答えたフィーナは勢い良く食事に食いつく。
と言ってもスピードはさっきと変わらない。
フィーナ、ルナ、アオの三人が朝食を食べ終わった後。
ルナは大事な事を思い出したかのように「そういえば」と前置きし、
「討伐って、何を討伐するんですか?」
「アオはまたスライムでもいいよ」
どうやらスライムを克服したようで、アオは意気込むようにその小さな拳を握り締める。
そんなアオにフィーナは首を横に振る。
「討伐するのは、この町の東にある森に生息するなんとも不気味なモンスター。二足歩行でその鬱蒼とする森を堂々と歩き、更には人の言葉を喋るとも噂されている―――ウォークウッド、だよ!」
「何それ、弱そうな名前」
モンスターの名前を馬鹿にするアオは、勝手にそのモンスターを弱いと想像していた。
「それじゃあ行きますか」
「よし! ウォークウッド討伐するぞー!!」
その掛け声と共におぉー! とはいかないが一斉に立ち上がる。
ユウトの存在を忘れて、ウォークウッド討伐へ向う三人は宿を出た。
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