第26話 プロローグ①
太平洋の真ん中の空を飛ぶ飛行機の中、ユウトは考えていた。
―――自分がこの世界に産まれてきた意味が何なのか、と。
「せ、ん、ぱ、い―――!! 今日の試合も最高でしたねー! いやー流石は私の惚れた男ですねー!」
隣に座っていた茶髪で長い髪のした後輩がジュースの入ったコップ片手に騒いでくる。
彼女の名前は佐々木 葵、ユウトの一個下の後輩だ。
「佐々木、うるさいぞ。それにマナーが悪いからコップを持ってはしゃぐな! 後ついでにくっつくな。離れろ。暑苦しい!!」
佐々木がうるさかったので注意をする。
そんな事をしても全く持って意味のない行為なのだが、自分の思った事を言わないよりはマシだ。
「注文が多いですねー。全く、いつも先輩は真面目で堅物なんですからー。そんなんだからメガネなんですよ! そ、れ、に、葵って下の名前で呼んでって言ったじゃないですか! 佐々木だとなんか可愛くないんですよー。それに、先輩には下の名前で呼んで欲しいなぁー」
「注文が多いのはどっちだよ」
隣に座っていた佐々木は、更に近づいてくる。
ベロンベロンに酔った感じを醸し出しているが、彼女が飲んでいるのはお酒ではない。
ただのジュースだ。
第一彼女はまだ17歳だ。
お酒を飲める年頃ではない。
だからこの酔った風のものは、大方ドラマや映画のマネをしているだけだろう。
「そんな事言う事でもないぞ佐々木! お前の名字はいい名字だ! 俺の名字よりも断然いいだろう」
ユウトは自分の名字が昔から嫌いだった。
皆その名字を聞いた皆がびっくりするのも昔から嫌だった。
思い出したくもない。
「たしか先輩の名字って有名でしたよね。『
「お前みたいのが珍しいんだよ。あと次名字俺の前で言ったら許さねぇから」
「おぉ。いつもに増してガチな顔ですなー」
そういえば佐々木はテレビを見ないのだったと今気づく。
そう思い出したユウトは持っていたタブレットで今日の試合を見る事にした。
今日の試合も刺激のない物だ。
とてもつまらない。
ユウトは小さくため息をつく。
「いやー今日も凄いですねぇー。流石は世界最強、天才プロゲーマーですね! でもなんで毎回最弱デッキで試合に出てるんですか? いいデッキ使えばもっと楽に勝てたのに……」
「天才は言いすぎだ。俺は才能じゃない。それにな、俺が最弱デッキでも勝てるのは―――だからだよ」
その一言を言った後、佐々木は飲んでいたジュースを吹き出す。
「なんですかそれ? 矛盾してるじゃないですか!」
そうして再び吹き出す。
その繰り返しに、正直ユウトは怒っていた。
真面目に話せばこうなる事は明白。
それでも言ったのは、何故だろうか。
自分でも分からなかった。
「そう思っているお前には一生分からん事だ。考えるのも無駄な事だから気にするな」
ユウトが嫌味混じりに言う。
ここまで言われたら誰だって黙るだろう。
正直もう鬱陶しくてイライラしていた。
だが、我ながら意地悪だと思った。
流石に言い過ぎたと思い彼女の方を見ると彼女は柄でもなく考え事をしていた。
「んー。確かに私には分からない事ですねー。……でも、私は先輩の事を知りたいので考えます! 考え続けます。だって私、先輩のファンですから!」
ユウトは思わずハッとしてしまう。
それは紛れもなく動揺していた。
というのも、彼女がここまで物事をきっぱり言う人間だったとは驚きだ。
驚きというよりも関心と言った方がしっくりくる。
ユウトは彼女へのイメージが少し変わった。
前まではおちゃらけた性格のウザイ後輩としか思っていなかったが、どうやら違うようだ。
というよりもファン。
少し嬉しく思う。
なにせユウトの行為は相手から見たらただの煽りだ。
それを毎回しているのだからアンチも増える。
殺害予告まできた事がある程だ。
しかし、それもユウトの名字が知れ渡ったら無くなったのだが。
だからファンと言ってくれた事が素直に嬉しい。
「まぁ、勝手にしろ。そこに関しては俺から言う事は何も無い!」
「あれ? 先輩ならここは……、やめろ! 気持ち悪い! 吐き気がするオエエエ、とか言うかと思っていましたが、……意外と優しい所もあるんですね! ますます惚れちゃいましたぁ」
ユウトは断じてそこまで言う酷い奴ではない。
ユウトにも心はある。
だが、その事よりも佐々木は何度も何度も惚れるとかなんとか言ってからかってくる。
「それよりもまだつかないんですかねー? 日本に。私達今、何時間飛行機に乗ってるんでしょう? もーくたくたですよ!」
確かに彼女の言う通りだ。
空の旅は快適だの楽しいだの言う者はいるが限度というもがある。
ユウト達は今9時間も飛行機の中に居る。せいぜい快適というのは3、4時間程度の旅の事だ。
だが、今回の大会は日本から離れた土地での開催だった。
そうなるとこうなる事も必然的。いつになってもこれにはくたびれる。
この空の旅と隣のうるさい奴にくたびれたユウトが眠りにつこうとした瞬間事件は起こった。
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