第25話 前世の未練

「終わりましたか? うんこ……じゃなくてドロップアイテム拾い?」


「言い直してまも聞こえてるぞ! ったく、それよりも終わったから帰るか。ここに居ても何も良い事無いしな」


 言い間違えた事に指摘を入れるとフィーナは明後日の方向に目をやり誤魔化す。

 そんなフィーナを横目で見ながらその隣で何故か座りながら泣いている青髪の少女に目をやる。


「っで、どうしてアオは泣いているんだ? 目にゴミが入ったってレベルじゃないぞこれ」


「い、いやー楽しく話していたんですけど……ねぇ。あはは」


「今の状況を見て楽しく話していた様には見えないけどそれって俺だけ? 俺が夢中になって拾っている間に何があったんだよ……」


 口ではそう言っているが集中していた訳ではない。

 ただ作業をするロボットかの様に振る舞わっていただけだ。


 何も聞かず、何も考えず。

 その結果この有様を生み出した。


「アオやっぱフィーきらいー!」


 泣きながらユウトの胸に飛び込んでくるアオは本気泣きをしていた。

 そんなアオの頭を撫でながらユウトはフィーナに目で訴え掛けた。


 だが、容量の悪いフィーナはユウトが何を伝えたいか分かっていない様子でいる。


「ちゃんと謝れ」


 小声でフィーナに伝えると、ようやく気づいたようでフィーナはアオに向って、


「アオちゃん! 宿までダッシュしてもしアオちゃんが勝ったら、さっき言った事は取り消してあげるよ」


「おい! 何を意味の分からん事を言って―――」


「分かった、やる! その代わり勝ったらさっきの事は取り消して」


 置いてけぼりのユウトに対して話を進めるアオとフィーナ。

 まるでさっきの出来事が逆転している様だが、一つ違う箇所がある。

 それは分からないでいるのがユウトだけである事だ。


 そんなユウトを置いていき、アオとフィーナは勝手に走り出す。

 残されたのはユウトとルナ。


「本当に何があったんだよ。……なあルナ?」


「さあ。知っていますが、それをユウトさんに言おうとは思いません」


「あれ? まだ怒っていらっしゃる?」


「私が怒っているのはユウトさんが考えている様なちっぽけな物ではありませんから。それに、……ユウトさんに分かるはずがありませんよ」


 「それに、」から後は声が小さく聞き取れなかったが、ルナがまだ怒っている事とユウトが考えている能力の事が、ちっぽけである事をユウトは知った。


 いや正直、後者は知りたく無かったが。


「俺達も帰るか?」


「そうですね。ここに居てもただ無駄な時間を過ごすだけですし」


 両者意見が一致した事でアオとフィーの後を追う。

 だが、走る事は無かった。

 走る必要も無かったし、正直そんな気分でも無かった。


 両者無言で歩いているのはとても異様な光景であったものの、良くある二人でいる時に話が続かなくて気まずい雰囲気になる、みたいな事は一切無かった。

 むしろ今は無言の方がホッとする。


 コツコツと二人の足音がなる中、前を歩いていたルナの足が急に止まる。

 それに全く気付いていないユウトは二、三歩ほど前に出た時ようやく目の前に彼女の姿が無くなった事に気が付く。


 そして振り返るとルナは振り返ったユウトの瞳を一点集中する様に見た。


「ユウトさんは……、前世に未練はありますか?」


 突然話を切り出すルナ。

 そんなルナに訝しげながらもユウトは即答する。


「―――あるよ」


 その一言を言った。

 そして息を吸い、また目の前の彼女の瞳を見て繰り返す。


「あるよ未練」


「それは、何ですか?」


 その質問について答える理由も義理もルナには無かったが、機嫌の悪い今のルナに言えないと言っても悪化するだけだったので、とてもくだらないユウトの昔話をする事にした。


「前生きていた時に一個下の後輩が居てさ、死ぬ前にその子にある事を言おうとして、でも言えなかったんだ。それだけが俺の前世の未練だな」


 忘れもしないあの事故の日の事。

 ユウトは目の前の少女にある事を言おうとしたが止めた。

 それを言ってしまったら彼女に悪いと思ったからだ。


 臭い話をして、体がむず痒くなる。

 我ながら未練と言うにはちっぽけな物だと思う。


 だが、それだけがユウトの未練だった。

 異世界に来た今でさえその事がふと頭の中にやってくる。


 夢でもいいから会って一言言いたい。


 だが、そう思っているからだろう。

 一向にユウトの後輩は夢にも、勿論目の前にも現れない。


「どうだ? つまらないだろ?」


「いえ、面白かったです。少し機嫌が治りました。少しだけですけど」


 そんなルナの顔はその控えめに言っている発言よりやけに上機嫌なものになっており、クスクスと笑っていた。


「そ、そんなに俺の話面白かったのか? それともくだらなくてそんなに笑ってるのか?」


「い、いえ! くだらないなんてありえません。ただ、その女の子は幸せ者だなと、そう思っただけです」


 緩んでいた口元を正しながら話すが、話終わった頃にはまた口元が緩んでしまう。

 そんなルナはユウトから見たら、ただユウトの事を馬鹿にしている様にしか見えない。

 それにその事を言われた女の子は必ずしも幸せだとは限らない。

 言われて嫌だと思う人もいる。


 ユウトはもう一度ルナの顔を見る。

 先程の固い何処か怒っている様な物と打って変わってその表情は柔らかい物になっていた。

 結果的に馬鹿にされたが、一応ルナの機嫌もこれで治ったのだからよしとしよう。


 そしてまたユウト達は宿に向って歩きだす、今度はユウトが二、三歩前に出て歩いていた。


 後ろではルナがクスクスと、いやニヤニヤと笑っている声が聞こえた。

 それを聞くたびにユウトは顔を赤くして、そして晴天の青を見る。

 やはり空はピクニック日和だった。


「おーい。師匠達ー。遅いですよー!」


 宿の近くまで着くとフィーナは両手を高く伸ばしながら大きく手を振る。

 そしてその隣ではまたもやアオが泣いていた。

 競争で負けたんだな、と一瞬で分かる事が出来た。


「また泣かせたのかぁ〜。よし、こうなったら最終手段を使うしかないな。フィー今すぐ仲直りしないと今日の昼飯と晩飯は抜きな」


「そ、そんなぁ……」


 ユウトの最終手段は最終と言う割にあまりに小さな物だった。

 しかしフィーナにはそれが効いたようで両肩を勢い良く落とす。

 そして困った様に眉を寄せたフィーナは一つ溜息を付いた後、


「分かった。分かりましたよ。背は腹に変えられませんからね。アオちゃん、さっきの事は取り消すよ」


「ほ、本当?」


「うん! で、どうする? ここでその事を言う? やっぱり取り消すから言わなきゃねぇ―――」


「だっ、駄目!」


 顔を謎に赤くするアオは必死に両手でフィーナの口を塞ぐ。

 フィーナは続けて何か言っている様だったがアオが口元塞ぎ、更に大声でワーワー叫ぶものだから何を言っているのか一言も聞き取れなかった。


 だが、どうしてもユウトに聞かせたくない事はアオの行動を見れば一目瞭然だった。

 ユウトはそこで手を叩く。

 その音が大きくて驚いたのは、アオとフィーとユウト自身。

 ルナは心ここに有らず状態で目の前の出来事に興味を示していなかった。


「はい。終わり! 宿の目の前でいい争っても仕方ないから。昼食を食べてそれからだ」


「「……はーい」」


 終始無言のままで居たが、両者とも息を合わせて返事をしてくる。

 ユウトからしたらその光景は仲がいいとしか言えない。


 そしてそのまま二人同時に宿の中に入っていく。

 ユウトも続けて入って行こうとしたがルナが遠くを見ていたのでルナの目の前で掌を上下させる。

 それに気が付くのに数秒掛かったルナは少し照れた表情になり、


「……すみません」

 

 と言って宿に入っていた。

 最後に入ったユウトは、ルナの珍しい表情に、


「そんな顔もするんだなぁ」


 小声でその感想を漏らし、そのルナの表情を頭で噛み締めながらその一コマを大事に仕舞う様に消化していた。



✤ ✤ ✤ ✤ ✤



 宿の自室に戻ると静かな部屋で一人ユウトは思っていた。

 今日のフィーナとアオとルナの出来事を、そして前世の事を―――。


 ルナが聞いてきたせいで鮮明に思い出される。

 別に戻りたいとは思わない。


 ここに来る時にユウトは事故に会ったのが100年前と知った。

 つまり、今戻ったとしても、もうあの頃に戻る事は不可能。


 だからやっぱり。


「―――あの事、言っといた方が良かったのかなぁ」


 一人ベッドに横になりながら天井に向って言うのだった。

 その発言に天井が答えてくれる訳でもなく、ただその言葉がその部屋に響いただけだった。

 誰もいない部屋の中で―――。



 ―――きっと前世を深く思ったのだろう。

 その日の夢は、前世の記憶で作られた物だった。

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