第24話 無意識的な弱音
腰を下ろし、叢に置かれている青く輝く玉を次々と拾っていく。
この玉はドロップアイテムである『スライムの心』。
それが発する青はまるで海を思い出すかのように深い青で埋め尽くされていた。
海、それは3.5パーセント程度の塩を含む塩水である。
決して海に興味があると言う訳ではないが、やはり少し思い入れがあるので海を思い出してしまう。
死んだ場所だからだろうか。
少し語弊があるので正すと、海は死場にあたるのだろう。
ユウトの考えが正しければ。
「……っというより、さっきから師匠はなんで『うんこ』を拾っているんですか?」
「フィー、残念ながらあなたの師匠はうんこフェチなんです。気にしないであげて。後あんまり見ない方がいいですよ。あれ伝染るから」
「ちょっとルナさん、さっきから酷くない!?」
ドロップアイテムを拾っているユウトに対して、フィーナは顔を顰めながら聞いてくる。
それに対して答えたのはユウトではなく、フィーナの隣にいた、ユウトに対して機嫌の悪いルナだった。
勿論機嫌が悪いルナは弁解する事など一切考えておらず、逆に事態を悪化させた。
ルナの言葉を真面目に聞くフィーナはユウトに対して可愛そう奴でも見るかの様な目を少々隠しながら、
「ま、まぁ趣味は人それぞれですから……。私は何も言いません。続けて、大丈夫ですよ?」
優しい口調で言ってくる。
その口調がまた心に何かが刺さる様だった。
それに対してユウトは溜息を付く。
が、弁解はしない。
それは、この世界ではドロップアイテム、イコールうんこと見なされるのが事実であるからだ。
何故そう見なされているかが疑問でならないが、ユウトは事実には逆らえないと判断した。
それはさておき、言いたい事がある。
「ドロップアイテムをうんこと言うのはやめろ! 女の子がはしたない。それにこれは俺にしか出来ない使い道があるんだ。そう、俺だけが知ってる有効な使い道がな。だからうんこフェチと言われようとなぁ、俺は拾う事はやめないぞ!」
「でも、今はもうその『力』を使ってないじゃないですか。怖くなったのか知りませんけど」
ユウトが力強くドロップアイテムを拾う宣言をした後、ルナはユウトに対して、今一番言われたくない事をサラッと言った。
あの日から今日の今まで、ユウトはその事を忘れていた。
自動的にではなく能動的に。
更に言えば積極的に。
だが、今朝からルナはユウトにその『力』を使わせようとしてくる。
薄汚い男の時だってそうだった。
彼女は、『自分の目で見てください』と言ってきた。
だが、ユウトはそれを聞かないようにしていた。
何故か。
それを使うのが怖いからだ。
力―――。
能力を―――。
能力名 [目が良くなる能力]
ユウト自身がこの世界に来る時に押し付けられた最弱能力だ。
ユウトは今、その最弱能力を恐れていた。
「『力』ってなんですか? 師匠」
「いや、何でもない。気にするな……」
両手を後ろに組みながら上目使いで聞いてくるフィーナにユウトは右手で自分の目を隠し、口を閉じる。
フィーナの仕草は可愛かったが、断じて照れ隠しではない。
ただ自分の目が付いているか、確認しているだけだ。
我ながら可笑しな話だ。
目の前の光景が見えているのに、目があるか、確認するだなんて。
そのユウトの行動にルナは溜息を付き、
「また、逃げるんですか………」
その一言を漏らすのであった。
きっとルナはユウトに前に進んで欲しくてわざとユウトに能力を使うように言ってきたのだろう。
その優しさはユウトだって嬉しい。
だが、今はまだ勇気が持てない。
まだユウトの中では引っかかっていた。
「ルナ、あと少しだけ待ってくれ。あと少ししたらきっと使えるようになるから………」
「分かりました。でも、幾ら経っても使わなかったら、私がビンタでその腑抜けた顔を叩きますからね」
ユウトの言葉を優しく受け止めてくるルナはまるでお母さんの様だった。
そのルナの言葉にユウトは「その時は頼む」と言って口元が緩んでしまう。
そのやり取りを眉をしかめながら聞いていたフィーナは、
「さっきから二人で何の話をしてるのですか? 私、全然話についていけてないけど、私だけ?」
「アオもついていけてない………」
「あ、そうなの? 良かったぁ」
「良くはない!」
話についていけてない二人は仲良くはないが意気投合していた。
フィーナはニコニコしているが、アオの方は少し顔を顰めている。
そんな顔をされていてもフィーナは楽しそうにアオと話をしていた。
きっと彼女にとって自分の髪の事を悪いように言ってこない同年代の子は初めてで、話すのも初めてなんだろう。
そうして、ルナとの話も途切れてしまったので、ユウトはまたドロップアイテム拾いに勤しむ事にした。
無言でやるこの作業は苦痛では無かった。
それはユウトに心の安らぎを与えてくれた。
ドロップアイテムの中でユウトはある物に目を奪われ、それを手に取る。
形や感触は『スライムの心』その物だった。
だが、決定的に違うところがある。
「色が赤い……。これはドロップアイテムなのか?」
「わかりませんが『スライムの心』に多少なりとも似ていますね」
眺めていたユウトの横からルナが興味を持ったように話掛けてくる。
「んー、良く分からないから調べっ―――」
ユウトはそこで自分の口を閉じた。
そして同時に目も閉じる。
今のはチャンスだった。
自然と能力を使うチャンスだった。
そう思ってももう手遅れだ。
今からやろうとしても、もう遅い。
自分で自分にブレーキをしているからだ。
情けない。
矛盾している自分が情けなくて仕方がない。
ハハハ、っと小さく気の抜けた溜息が漏れる。
「…………………」
無言でいるルナを後ろにこちらも無言でその赤く光る玉を拾う。
いつか見ればいい。
既にユウトの頭の中ではその発想になっていた。
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