第27話 プロローグ❷
椅子に腰掛けて眠ろうとした瞬間、急に機体が大きく揺れた。
それも尋常ではない程に。
しばらく経ってアナウンスが入ってくる。
どうやら燃料が漏れていたらしく、それが何らかの原因で発火したらしい。
そして最後にこの機体は墜落すると、そう伝えられた。
―――それもそうだ。
今飛んでるのは太平洋の真上、何処かに緊急着陸出来る状態ではない。
即ちそれは墜落を意味する。
それを聞かされた機内の人々は大パニック、発狂するもの、黙って泣くもの、親や家族に電話するものもいた。
隣では佐々木が衝撃のあまり固まって動かない。
こんな佐々木を見るのは初めてだ。
いつもの彼女とは似ても似つかない状態だった。
その中でもユウトは極めて冷静でいた。
死にたいからではない。
知っているからだ。
この機体にはパラシュートとライフジャケットがある事を。
飛行機に乗るときに一応万が一の事があるかもしれないと思って乗務員に聞いていたのだ。
だからこそ俺は今冷静な状態でいられる。
だが、どうやら平静を保っているように見えて、かなり動揺しているようだ。
手が震えている。
すると直ぐに乗務員がやって来て乗客、と言っても全て同じチームの人達なのだが、その人達に向かってパラシュートとライフジャケットがあるという事を伝えた。
すると乗客達は早く出せと言って乗務員に詰め寄っていく。
普段は凄く優しく誰にでも親切な奴でさえ他人を押しのけ我先にとパラシュートとライフジャケットを受け取ろうとしている。
まさに命の危機がくると人の本性はさらけ出されるという事。
あまり見たくない光景だった。
だが、それよりも気になるのは隣に座って居る佐々木の方だ。
一向に身動きさえしないでいる。
周りの皆が今にもこの機体から飛び出そうとしているのにも関わらず微動だにしない。
流石に自分も脱出する準備をしなくてはいけないと思い、佐々木の肩を揺さぶる。
「おい! いい加減目ぇ覚ませ! 助かるんだよ! パラシュートもライフジャケットもある!」
「知ってますよ……そんな事……。私、飛行機に乗る前に聞いたんです。パラシュートもライフジャケットもある事を……」
じゃあなんで。
そう言おうとした瞬間、パラシュートとライフジャケットを配っていた乗務員の1人がこっちに近づいてきた。
「残りのパラシュートは1つです……。私達、乗務員はこの機体に残ります。……なのでこれを着る人を決めてください」
彼の顔は笑いながら泣いていた。
これから死ぬ恐怖。
そしてユウトと佐々木、どちらかに死んでくれと言っている様な無責任な発言。
色々な事で頭がぐちゃぐちゃになり、このような見るも無残な顔になってしまったのだろう。
という事は佐々木はパラシュートが一つ足りない事を知っていたのだろう。
知っていたからこそあの場で一人絶望を感じていたという事だ。
やはりこいつの事を見くびっていたようだ。
―――最後に良い物を見れた。
「せんぱぃ……お願いします……パラシュートを使ってぇ……逃げてくださぃ……」
彼女は泣きながら伝えた。
彼女の声はかすれきっていた。
怖がりの癖に、パラシュートが一つ足りない真実を知っていてわざと最後まで残った。
早くパラシュートを取りにいっていればこんな事にはならずに済んだのに。
「ホントお前はバカだよ」
ユウトは笑ってそう言うと、ライフジャケットとパラシュートを手に取り佐々木の体につけた。
「え!? せんぱい……なんで!」
ライフジャケットとパラシュートをつけ終わり、動揺していた佐々木をお姫様抱っこで持ち上げる。
これから死ぬのだから、どさくさに紛れて胸を触ってもバチは当たらないと思ったが、流石にやめた。
それにファンは大切にしなければいけない。
脱出するところまで行って佐々木を下ろす。佐々木は泣きながら、「どうして」や「なんで」と言っていた。
そんな彼女を見てユウトはため息をつく。
そしてユウトが生きてきた中で一番大きな声を出す。
「佐々木ぃぃぃぃ! しっかり目ぇ開けろぉぉぉ! 歯ぁ食いしばれぇぇぇ! あと、絶対生きろよ」
そう言うとユウトは佐々木の背中を力強く押した。
彼女の体は一気に空へとのまれていった。
そして、彼女のパラシュートが開いたのを確認する。
それを見てホッとした。
座っていた場所に戻るとさっきの乗務員は床について泣き崩れている。
―――彼も彼でよく頑張ったと思う。
さて、これから死ぬのか。
そう思った瞬間、ユウトの意識は一瞬にして失われた。
痛みも何もない中で、ただ暗闇だけがそこに現れた―――。
5月22日 飛行機ゴーイング2021便、太平洋にて墜落。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます