第4話 無知は最弱
石畳の道を歩く最中、二人は一度も会話をしなかった。
それが初対面、更に相手が女の子であるのにも関わらず、気不味さは一切無い。
現代日本とは別であると象徴する木組みの家が、異世界である事を印している。
数分後、前を歩いていたルナの足が止まる。
何故なら冒険者ギルドという所に着いたからだ。
ルナに聞いた訳ではない。
薄汚い看板に書いてあったからだ。
異世界であるのに文字が読めるのは『目がよくなる能力』のせいだろうか。
その建物はよくある家ではなかった。
高さは三階建て程度。
実際には二階建てと言ったほうが良いだろう。
つまりそれは最大の高さであって、三階建てである訳ではない。
建物の頂上は尖っており、まるでお城のような風貌を醸し出している。
しかし外見の汚さから、気品は全く見えない。
「ここで働けと?」
「やはり危険な仕事は嫌ですか? もしユウトさんが嫌なら安全な仕事になりますが……、その時は私は用無しになるので消える事になります」
「…………」
含みのある事を言うルナに、ユウトは無表情を貫く。
その顔が何を語る顔なのか、それはユウトにも分からない。
3秒沈黙を有した後、ユウトは口元を崩す。
「俺がそんなつまらない道、選ぶ訳ないだろ」
「確かに、ユウトさんならそう言うと思いましたよ」
「会って一日も経ってないのにあれだな。なんて言うか……。別に俺はいいんだけど」
声には出さなかったが、それを言葉で表現するなら、ルナの発言には信頼がある気がする。
そうして雑談も早めに切り上げ、ユウト達は薄汚い木造りの扉から冒険者ギルドの建物に入った。
ギルド内では、ユウト達の入場に気付かないくらい盛り上がっていた。
その盛り上がりの中心には、男が3人、女が2人の冒険者パーティーと1人の小さなおっさんがいた。
群衆の周りからは、「この地出身の最強パーティー」だの、「伝説のドラゴンを倒した奴ら」だの、様々な事を言われていた。
だからこその騒がれようなのだろう。
「いやーご無沙汰しています。ギルド長!」
5人の中で一人だけ金髪の男が、小さなおっさんに話しかけていた。
その小さなおっさんがギルド長である事にユウトは驚く。
それにしても小さい、大人と子供が話しているようにしか見えなかった。
最強パーティーという言葉に惹かれたユウトは彼らの名前と能力名が気になった。
その為ユウトは能力を発動する。
ユウトの能力は常時発動している訳ではなく、目に力を入れる事で名前と能力が見える。
どうやら能力には時間制限があるらしい。
頭が考えるよりも先に体が能力を止める。
そんな感じであった。
「……おかしいな。見えない……。壊れたか?」
ルナの時と同じで、能力どころか名前すら見れなかった。
だが、先程とは少し違う点はある。
さっきはモヤだったが、今回は完全にカギがかかっていた。
かかっていると言うよりは、そこに鍵マークがついており、見れない。
「いや、鍵がかかってるなら鍵を探せば……」
ブツブツと訳の分からない事を言いながらユウトがじっと見つめていたせいだろうか、話を終えた金髪の男が視線に気づいた様にこっちへとやって来た。
「君、見ない顔だなぁ。冒険者になりたいのか?」
「え、あ、はい……」
まさかあちらから声をかけてくるとは思わなかった為、あまりに無愛想な発言になってしまう。
「そうか、ちなみに君の能力はなんだ?」
ユウトは少し間を開ける。
ここで自分の能力を言うのは得策ではないと思ったからだ。
だからユウトはとっさに―――。
「無能力だ……!」
嘘をついた。
すると聞いてきた金髪の男は、ブッ、と吹き出す。
そして、腹を押さえ、苦しそうに笑い出して言ってきた。
「お前、無能力者が冒険者になれる訳ねーだろ。頭悪いな、おい! なったとしても直に死ぬか―――……まぁどっちにしろ不様な事には変わりねーけどな。あっはっはっはー」
金髪の男は大声で笑い出す。
それにつられ周りの冒険者達も揃って笑い出す。
最悪な空気になってしまった。
ユウトは何か言ってやろうと思ったが、今ここで何かを言っても状況は変わらないと悟った為、唇を噛み何も言わずにただ黙っていた。
すると今度はユウトのすぐ隣にいたルナに話しかけてきた。
「なぁ君もそう思うだろ。よかったら俺様のパーティーに入らないか? それとも、俺様の物になるか?」
金髪の男はニヤニヤしながらルナの顎に手を添る。
どうやら本命はユウトよりルナの方だったようだ。
ユウトを小馬鹿にして、ルナに言い寄る。
最初から目的はルナだったのだ。
ユウトはただそこに居ただけにすぎない。
ルナはどう反応するのか。
無様に笑われている事に幻滅しているだろうか。
そう思い彼女の顔を見ると、彼女は顔を顰めていた。
なんという恐ろしい表情だろうか。
彼女は金髪の男の手を払い、先程、ユウトに向けた怒り混じりの低い声よりも、もっと悍しい声で言う。
「私も無能力者なのであなたのパーティーには入れないと思いますよ。あと、あなたの物になるのも嫌です。タイプじゃないんで」
ルナはきっぱりと言う。
正直最後の一言は余計だったと思うが、少しスッキリした。
だが、周りはその言葉のせいで静まり返っていた。
最強パーティーの一人が、盛大に女に振られればそうなるのも必然的だろう。
笑えないだろう。
なにより振られた金髪の男自身、振られると思っていなかったらしく、完全に怒っていた。
「あぁそうかい、この俺様じゃなくこの雑魚につくのか。いいさ。お前が『奴隷』になったら楽しめそうだなぁ」
そう言うと男は戻っていった。
するとパーティーに居たもう一人の髪が長い男がこっちに近づいくる。
そして、ユウトの肩を掴み耳元で言ってくる。
「まぁせいぜい『ブタ』にならないように努力することだなー」
長い髪を不気味に揺らし、小声でそう言うと、彼はチャラい男と共にしてギルドから去っていた。
その他の者も同じく。
彼らが去って行った後、ユウトは考えていた。
『ブタ』にならないようにの意味を。
必死になって考えているとギルド長のおっさんが紙を持ってこちらにやって来た。
「君等、冒険者になりたいのか? ならこれをやるといいよ。二人以上じゃなきゃ出来ないが、丁度二人だ。それにこれをクリアすれば冒険者ランクも無償で上がるし、報酬も豪華だ。やらない手はないだろう」
鼻の下に小髭を生やしたギルド長はユウトにその紙を見せてきた。
それを見ると、『スライム討伐』と書いてあった。
内容はスライムを10体倒し、ドロップアイテムの『スライムの心』を手に入れる事だった。
ギルド長が言っていた通り、報酬はかなり豪華に見えた。100万エマと書いてあった。
この100万エマがどのぐらいの数なのかは知らないが、円だと考えればかなり高額と言えるだろう。
「じゃあやるよ! それ」
ユウトはその紙をもらった。
その紙をもらうと何故か周りはくすくすと笑い始める。
よく分からず、ルナの方へ目をやると、彼女の顔は真っ青になっていた。
どうしたのかと彼女に聞こうと話しかけようとすると、ルナはいきなり怒鳴ってきた。
「ユウトさん! なにやってるんですか! これ、もし討伐できなかったらユウトさんがブ、ブタになるんですよ!」
謎の言葉を述べるルナに対して、ユウトは疑問符を浮かべるだけだった。
そそもそもそんな事何処にも書いて無いはずである。
そう再び貰った討伐用紙を見ると、そこにはしっかりと失敗した場合『ブタ』になると書いてあった。
つまり、この『ブタ』になるが何を示すのかを置いておくと、ギルド長はユウトを騙した事になる。
先程ユウトがこの文字を見なかったのは、ギルド長が指で隠していたからだ。
ギルド長の方へ目を向けると、ニヤリと笑いながら、さらなる追い打ちをかけてきた。
「あぁ言い忘れていたがな、それは明日の朝までだ。せいぜい失敗しないように頑張るんだな、新人冒険者さん」
そう言うとギルド長は奥の部屋に戻っていった。
ギルド長は言い忘れたと言うが、あれは確実にわざとだった。
やはりここが異世界であると思い知らされる。
騙し騙され、無知無能は死に、有知有能は生へと誘われる。
「ユウトさん! 今からでもこのクエストを辞退すると言いに行きましょう! これじゃあ確実にユウトさんがブタになってしまいますよ!」
ユウトの肩をガシッと力強く掴みルナは訴えかける。
その顔は必死そのものだった。
「悪いがさっきから言ってる『ブタ』ってなんの事だ?」
ユウトが聞くと、彼女は俯く。
まるでそれを言いたくないように。
だが、直にユウトの目を見て「それは………」と前置きし、
「この町では、実績をつめない冒険者は、男は『ブタ』に、女は『奴隷』になるんです。ブタや奴隷は家畜と同じように扱われ、死ぬまで一生その肩書きを背負って生きていかなければならないのです! 死ぬまで! 一生!」
流石は神の使い、案内役、最終的にとても分かりやすい説明になった。
やはりここが異世界であると再確認する。
前の世界の常識が通用しないというのがそれを確定付けた。
「クエストは辞退しない! というか、辞退出来ない。したいと言っても多分受け入れてはくれないだろうな。あの顔から見て……。最初からはめる気だっただろ。だとしたら俺達が取るべき手段は1つしかないだろ」
そう言うと、ルナは不服そうしながらも考えだした。
するとひらめいたようにして言ってくる。
「あー! 分かりました! 仲間を増やすんですね! 私達より強い人を見つけるんですね!」
それだと思ったのか自信ありげに言い張る。
だが、彼女の発言は100点満点中50点であった。
合っていると言えばそうなのだが、間違っていると言えばそうなる回答だ。
つまり、五分五分の50点。
「不正解だなぁ。そもそも失敗したら人生詰むようなクエストをやろうとしている奴らと一緒に居たいと思うか? 普通に考えて居たくない! それにこれはクエスト掲示板に残っていたもの、こんなに豪華そうなのに残っでいたという事は、ここに居る奴らにはできないものだって事だ!」
ルナはユウトの意見に納得する。
だが、まだ不正解の理由しか言っていない。
そう、本題はここからである。
「だからこそ、俺達が取るべき行動は……、『奴隷』を仲間にすることだ」
「はああああああ!?!?!?」
正直この発言は殴られると覚悟してのものだった。
しかし、軽蔑されようと、罵られようとも、ユウトは方向性を変えようとはしない。
「ユウトさん。意味、分かって言ってます?」
「―――ああ」
下を向き、表情を隠すルナに対して、ユウトは前をしっかり見て返答する。
今ルナが何を思っているのか、表情を伺えないユウトに分かる事では無かったが、握り拳の手が震えているのを見るに、怒りだろう。
「……分かりません。……けど、分かりました。ユウトさんがそう言うなら、それが最善の策なんでしょう。けど! もし酷いことしたら、許しませんから」
「分かってる。同じ『人間』に酷いことはしない」
それを最後の会話とし、ユウト達は目的の場所へ向かうべく、ギルドを後にした。
理解はしたが納得はしていないようで、ルナの機嫌は少し悪かった。
表情や言動、歩き方といった表れる怒りではなく、心の中からの純粋な怒り。
圧であった。
それを作り出した張本人には、これ以上何も言わなかった。
論より証拠。
発言より行動で示そうと決めたからだ。
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