第3話 神の使い

 ユウトの生存本能は一瞬で判断した。

 『これは勝てない』と。


 薄い金髪の少女の表情筋は、笑みに近い。

 しかし完全なる笑みではなく、表情の裏に怒りの感情を含ませ偽物の笑みだった。


 そもそも、何故薄い金髪の少女に声をかけられているのかが分からない。

 この少女とは一度も会ったことがない。

 更に言えば、ユウトはたった今ここに来たのだ。

 声をかけられるのはあまりにもおかしすぎる。


 だとすれば少女の目的は、金品狙い。

 実にあり得る。


 ユウトはまだここの事をよく知らない。

 更に言えばユウトの能力は非戦闘系。

 戦闘の知識もろくにない奴が何か出来るわけでもない。


 そう考え、ユウトは薄い金髪の少女の後方を指さす。

 その行動をそのまま見ていた少女は不思議に思ったのか、訝しげる様に眉を内に寄せる。


「お! UFOだ!」


「え!? ユーホー? ……って、あ!」


 少女が後ろを振り向いた瞬間、ユウトは全力でダッシュする。

 無様に人を騙し逃げたのだ。


 今のユウトはあまりにも弱すぎる。

 向こうの世界でいうミジンコといい勝負をするぐらいこの世界について無知で無力だ。


 唯一の力である能力は他人の名前と能力名を覗くのみ。

 相手のプライバシーを傷つけ兼ねない変態能力。


 前世はプロゲーマーだった為、喧嘩も強い訳ではない。

 多分。

 そもそも先住民に、今闘って敵う訳がない。


 だからこそユウトは不格好に逃げたのだ。


「うおおおお! 頑張れ俺の足いいいぃぃぃ」


 ユウトは逃げ切れると単純に思っていた。

 人間は野生動物とは違って、逃げる者を追う習性はないに等しい。


 動物は背を向ける者を敵だと思い殺しにかかる。

 だが、人間は逃げる者を弱虫だと思い、呆れて見逃す。

 一重に脳構造から生じる差異だろう。


 だから逃げられる。

 という定義だった。


「待てぇぇぇぇ―――!!!」


 追ってこないと思っていたが、少女は全力で追いかけてきた。


 更に命の危機だと思い、脳に司令する。

 120%の力を出せ、と。

 火事場の馬鹿力を発揮するのは今だ、と。


 そう訴えかけたが、ユウトの体はそれを悉く拒否する。

 そしてとうとう捕まってしまった。


 走ったせいか頭まで酸素が行き渡らない。

 ユウトはフラフラになり、石畳の地面に膝を付きながら彼女の顔を見る。


「まったく、なんで逃げるんですか? 別に取って食おうなんて思ってませんし……」


 呆れながら見下ろしてくる。

 呆れるなら追ってくる前に諦めて欲しかった。


 そもそも少女の行動が謎過ぎて、答えが出てこない。

 というより酸素が足りない。


 ユウトはまだ生きられると思い、大きく息を吸う。

 息を吸いすぎてむせながら、必死になって考えていると、彼女は少し笑い説明してくれた。


「私はこの世界の案内役をする神の使い。名前はルナと申します! これからの異世界ライフ、一緒に頑張っていきましょうユウトさん!」


「ここ、本当に異世界だったのか……。てか―――」


 神の使いと名乗る少女に少々嫌悪感を抱く。


 勿論目の前の少女が悪い訳ではない。

 悪いのは『神』。

 ユウトに最弱能力を押し付けた神である。


 言い終わると彼女は、地面に座っていたユウトに手を差し伸べる。

 一応ユウトはその手をとり起き上がった。


 ―――そう言えば、名前何て言うんだったけか。


 ユウトの性格上、人の名前を忘れやすい傾向になる。

 体を動かしていた時なら、尚更忘れやすくなる。

 美人の名前だろうと犬の名前だろうと、それは変わらない。


「ところでなんで俺の名前を知って? 初めて会うよな?」


「それは……、神とユウトさんの会話を全て聞いていたからです。ここに来る前に物投げられませんでした? あれ私だったんです」


 笑い話のように語る少女。

 しかし何故か二人の間に気まずい空気が流れる。

 会話の内容が神関連だから仕方がない。


「そんな事よりユウトさん! 私を君呼ばわりですか? これから一緒に異世界を生き抜くパート……、仲間なのにあまりに他人行儀じゃないですか。ちゃんと名前で呼んでください!」


 気まずい空気を壊してくれたのは目の前の薄い金髪の少女だった。

 だがその切り返しはユウトにとって最も最悪な切り返しだった。


 だがユウトはそこで気がつく。

 自分の能力が何だったのかと。

 気付いてからいつものようにそれを使う。


 能力を―――。

 相手の名前を見る能力を―――。


「…………」


「ん? どうしたんですか? そんなにだんまり決め込んじゃって」


「……えっと……、君、名前なんだっけ?」


 恥も凌がず、あっさりと名前を忘れた事を言う。

 先程までの意気込みは何処へやら。

 それは能力を使った直後に打ち砕かれた。


 結果から言えば見えなかったのだ。

 と言うよりは、あの神の顔が見えなかった時と同様に、見る事を許されていないようにも思えた。


 ユウトの能力は人の頭上にその人の名前と能力名が見える。

 しかし少女の頭上には、名前を隠すモヤが存在していた。

 うっとおしく、消えると思ったら消え無い、そんなモヤがかかっており、可視化する事が出来ない。


「名前……、あれ? さっき私言ってませんでしたっけ?」


「あ……、ああ、言ってなかったぞ、うん。これから異世界を生き抜くパートナーになるんだろ? そこの所しっかりしてもらわないとなぁ……」


「パパパ、パートナーじゃないです! 仲間です。けど、……すみません……。感違いした挙句怒ってしまって……」


 出会った最初のような覇気は面影さえ見えなくなる。

 そのしおらしくなった彼女を見ると、平気で嘘をついたユウトの心が痛くなる。


「いや! そんなに気にしてないからいいんだ。うん、終わり終わり。で、名前は……?」


「は! ル、ルナです! ルナ。よろしくお願いしますユウトさん!」


「よ、よろしく……」


 ルナが顔を近づけ自分の名前を伝えてきた為、ドキドキで素っ気ない返事をしてしまう。

 やはり近くで見ても整った容姿。


「さてこれから宿を見つけようと思ってるんだが、ルナは何処かいい場所―――。ルナ?」


「あ、はい! その前に行く所があるんです。この町の冒険者ギルド! 付いてきてくださいね?」


「おう!」


 一つ返事で歩き出すルナの後ろを付いていく。

 だがユウトの脳裏には、先程宿の場所を聞こうとしたユウトが見た、ルナの横顔が映っていた。


 その表情は悲しみを我慢した苦しい表情で、同仕様もない現実を突き付けられた時の悲しみが滲み出ていた。


 ギルドへ向かう道中。

 ルナの表情の理由が分かる事となる。


 石畳の道を歩いている最中、ユウトはふと後を振り返る。

 車輪が道の上を走る音がしたからだろう。

 ここは異世界で、車がないという固定概念があったからこその行動。

 そこに運命も奇跡も存在しない。


 ユウトが目にした物は、馬車だった。

 しかし牢屋とも言えるその外見に、ユウトは更に目を凝らし、その中に居た人を見た。


 牢屋の様な馬車に乗せられ、下を向き、絶望の顔を隠そうとしない程、絶望仕切っている青い髪の少女。


 ユウトは目視できなくなるまで、ずっとその姿を目で見つめていた。

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