第5話 奴隷は奴隷

 古く、代わり映えしない石畳の上を、ユウト達は歩いていた。

 しかしその歩みは無意味なものではなく、勿論目的を含んでいる。


 ユウトの背後を歩く、薄い金髪の少女はその目的地に近づくにつれて、不機嫌になっている。

 それもそうだろう。


 これから行くのは『奴隷』が売られている場所。

 聞こえが悪いと言われれば、何も言えなくなる。


 勿論ルナには同意を得ているし、ルナの方も理解はしている。

 だが、納得はしていない様子に見えた。


 背後からの圧に耐えながら、ようやく目的地に到着する。


 目的地は、ギルドにあった地図で見た通り、円型の町の端。

 上下左右で考えると左上に位置する。

 ちなみにギルドは左の端と中央の真ん中ら辺だ。


 ギルドもそうだったが、この『奴隷』を売っている店も相当薄汚れている。

 勿論外見もそうであるが、雰囲気。

 加えて周りの道を歩く人の数が少ない事もその要因の一つだろう。


「―――!」


 ボロく、カビ付いた木造りの扉から店に入ろうとした途端、頭に電撃に似た衝撃が走った。

 その衝撃を合図にしてか、ユウトの頭の中へ能力に関する『記憶』が加わる。


 不思議と言うよりかは、新鮮な脳の活発化が手に取る様に分かる。

 否、感じる。


 ユウトが得た記憶は一つ。

 単純で不思議なワード。

 『対象のレベルを見る』だった。


「どうしたんですか? 早く入らないんですか?」


 店の前で立ち止まっていたユウトに、背後から低い声で突き刺してくる。


 恐ろしく、怯えてしまいそうになるのを必死に堪えたユウトは、冷静を気取りながら、後方へと首を捻る。


「この世界には、レベルがあるのか?」


「……ありますけど。それがどうしたんですか?」


「ええ!? あるの!?」


 まるで常識の様に返答するルナに対してユウトは酷く驚く。


 それもその筈。

 レベルとはゲームの中の話。

 つまりここは、実際にそれが現実化されていることになる。


 試しにユウトは、丁度道を歩いている人を能力で見ることにした。


「1、か……。能力も無い。何か因果関係でもあるのか? どっちにせよ、使えないなこれ」


 相手のレベルを知った所で何の約に立つのかが、全く思い付かなかった。


 勿論明確な敵が居て、その相手のレベル、つまり強さを知る事は、こちらからすれば良い情報になるだろう。

 しかしそれは情報止まり。

 それ以上でもそれ以下でもない。

 力の差は縮まらないのだ。


 それよりも、今は目の前ことと、背後の圧をどうにかしなければならない。


「よし……」


 意を決して、目の前の店に入る。


 入った途端に感じたのは重たい空気だった。

 店の中は薄暗く、無数の檻がある。

 その中には一人一人、奴隷と思われる人間の姿が見えた。


 いろんな意味で重たい空気。

 ユウトにとってもルナにとっても、それは同じだった。


 ユウト達は今、この町の裏側を見ているのだ。

 表もろくに見ていないユウトからすると、これがこの町の姿であると思い込んでしまいそうになる。


 その光景は誰もが目を逸らし、誰もが見て見ぬふりをしている真実。


「………!」


 床の軋む音と共に、『奴隷』が居座っているこの部屋とは別の部屋から一人の老婆が出てきた。


 どうやらここの店主だろう。

 きめ細かい皺をその顔を含ませ、重たい足取りで、確実にユウト達に近付いてくる。

 やけに不機嫌そうな顔立ちである。


「ここはガキが来る場所じゃないよ! さっさと出ていきな!!」


 不機嫌の原因はどうやらユウト達にあったようだ。

 その叫びはあまりにも大きく頭に響く。


「ガキは入れないって何処にも書いていないじゃないか!! そもそも俺はガキじゃない!」


 屁理屈混じりにユウトは老婆に容赦なく反論する。

 だがそれは、ガキじみた発言であった。


 ユウトは一応能力を使って老婆を見る事にした。


 ―――見た瞬間、一瞬にしてユウトの強気は弱気に変わり、冷や汗が出た。


[レベル 51]

[能力 相手の心を読む]

[名前 ミルーラ]


「な……!」


 道を歩いていた人のレベル1に比べて見ると、老婆のそれは、別格である。


 鏡が無い以上、自分のレベルを知るのは不可能であるが、普通に考えてユウトのレベルは1である。

 おまけにここへ送り込んできたのは最弱能力を押し付けた神。

 恩情じみた行為は無いに等しい。


 つまり、もし戦う事になったら、確実に負ける。

 ならばと、ユウトは老婆の火種を起こさように己の心を無にする。

 

 そこからユウトは何も心に出さない様にした。


「そんな屁理屈は聞いていないよ! 奴隷を買いに来たのかい? 悪いが帰りな。奴隷は売らない!」


 ………………


「仲間にしようと思って来た」


 その発言には、老婆は硬直する。

 勝手な判断だが、ユウトには老婆の怒りが一瞬無くなった様に見えた。

 しかし老婆は怯まずユウトに質問を投げかける。


「なんでだい?」


 ………………


「仲間が必要だからだ。少し見てもいいか?」


 老婆は眉を落しながら軽く首を縦に振る。

 老婆が自分の能力を使ったのか、使ってないのか、ユウトには分からない。

 しかし、動揺しているのは良く分かった。


 老婆の最初の強気は徐々に薄れていってる。

 考えるに、老婆は自分の能力に絶対的自信を持っているに違いない。

 もし能力云々の話で無いなら、とっくにユウト達は力尽くで追い出されている。

 しかし現在ユウトは店の中に居る。


「―――そういう事か……」


 つまり考えられるのは一つ。

 老婆は真実に基づいて、行動するタイプの人間。

 

 そして現在、その真実はユウトの行動によって決まってくる。

 何故なら、老婆の能力が『相手の心を読む』で、それで真実を査定する。

 その要素の一つであるユウトの心は、無になっているからだ。


 頭で考え、心には出さず。

 それは頭で考え、顔には出さない事と理屈は同じ。

 前世がプロゲーマーであったユウトには得意な分野だ。


 つまりユウトがすべき行動は『奴隷』の顔を見ない事。

 見るのはユウトの能力で出てきたレベルと能力名のみ。


 『奴隷』の顔を見ない事は、奴隷として買いに来た訳では無く、仲間として引き入れる為であると象徴する為。


「違う……。違う……」


 檻の中に座り込む少女らのレベルと能力名を10人分程見た。

 殆どが能力無しのレベル1、2程度であった。


 諦めかけていた時、奥に居た1人の少女に目を向ける。

 一瞬にしてユウトの目は大きくなる。


[レベル 25]

[能力 相手を凍らせる]

[名前   ]


 間違えなく高レベルと言える。

 しかし、それは違和感に包まれた感想であった。


 レベルが高い上に、能力持ちはレア。

 更に先程から謎であった、ここにいる『奴隷』には、名前が無いこと。


 ―――正確に言えば空欄。


 そうしてユウトは目の前の彼女の顔を見る。

 綺麗な色の青い髪と青い瞳のした少女だが、髪はボサボサで右目は長い髪で隠れていた。

 そして彼女の片方の瞳には光が感じられなかった。


 そこでユウトは思い出す。

 ギルドへ行く前、初めて薄い金髪の少女ルナと出会った場所を。


 なんの変哲もない町中。

 人々は何気ない顔で道を行き来する。

 その中で目立った馬車。

 特徴的な牢屋の馬車。


「………」


 そうしてユウトは決心た。

 この少女を『人間』として、仲間に迎え入れると―――。


「お婆さんこの子を仲間にする。いくらだ?」


 いきなりの声がけに、老婆は目を開け、絵に描いたように驚く。

 咄嗟の事だったからだろう。

 老婆は先に口を働かせる。


「そいつは、70万エマだ」


「ルナいくつ持ってる?」


「宿代にとっておいた1万エマだけですよ! 普通に足りません!」


「そうか。じゃあ婆さん、……借金するよ」


 その決断の速さは、謝金する事を既に承知していたかの様だった。

 実際そうだった。


 ここに来るまで何も考えずにいる筈が無い。

 それはユウトの性格上の話である。


「はぁ!? 借金? 何を言っているんですかユウトさん。あなたは正気ですか?」


 借金をしてまで奴隷を買うとは思っていなかったらしく、ルナは驚きの声を隠せないでいた。


「報酬は100万エマだ。上手くいけば30万エマは返ってくる。婆さんそれでいいな?」


 ルナはそれ以上何も言わなかった。

 ユウトが正論を言っていたからだ。


 ルナと二人では、クエストは達成できない。

 だからこそここへ来た。

 それに借金をしてでもこのクエストは達成しなければならない理由がある。

 だからこそ、ルナは何も言わなかったのだ。

 いや、言えなかったのだろう。


「分かったよ……」


 意外にも老婆はすんなり了承した。

 初めの好戦的態度が何処に行ったのかは不明であるが、都合がいいのは確かである。


「その奴隷。どうするんだい?」


 帰り際、老婆はユウトに尋ねる。


 ………………


「この子の力を借りるだけだ。それ以外は何もしない」


「聞こえない、か……」


「―――?」


「肝、座ってるねえ。意図的か、無意識か、どちらにせよ普通じゃないねえ」


 目を閉じ、小声で何かを言う老婆はそのまま奥の部屋へと姿を消した。



✤ ✤ ✤ ✤ ✤



 老婆が再び奴隷が居る場所へ戻ってきたのは、ユウト達が店を出て後の事だった。


 そんな老婆に向かってある一人の奴隷が声を荒げる。


「ミルーラさん! なんで! なんでなの! 私達は助かるんじゃないの? 君達は奴隷になったけど助かるって! そう言った! アレは嘘だったの? ねぇ! 答えて!」


 鎖で繋がれている重い腕を持上げ、檻の手摺を掴む一人の奴隷によって辺りからも絶望の声が上がる。


 その収集がつかなくなった空間を静まり帰らせたのは外来からの訪問者だった。


「ミルーラさーん。今月分を迎えに来ました。今、いいですか?」


 店に入ってきたのは、屈強と言えるその体付きの良い男だった。

 帽子をとり、まず店主に挨拶を入れる。


「嫌だ……。嫌だ……。嫌だ嫌だ! 行きたくっ! 行きたくないっ!」


 信用していた事が絶望に変わる瞬間、人間は本音を出す。

 平静を失う。

 それが『奴隷』の肩書を背負っている物であっても。


「酷く荒れてますね。何かあったんですか?」


「何でもない。連れていきな。手前のやつからねえ。奴隷には……、行くべき所があるからさ」


 その言葉によって、連れて行かれた奴隷達は、泣き崩れ、絶望し、気絶するものまで現れた。


 これが、この奴隷屋の店主、ミルーラの仕事である。

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