第13話 交渉の行方



 ※



「……そこまで解っておるのなら、帝国が、世に喧伝されておるような、天下太平の国でない事は知っておるじゃろう。


 いかに兵を鍛え、冒険者を優遇し、魔物を駆除しようとも、むしろそれまで以上に強い魔物が湧いて来る事を。


 我が帝国の中を、汝(なれ)は横切って行ったのじゃからな」


 苛正し気な素振りを隠しもせずに虞麗沙(グレイシャ)は言う。臣下の者にはまるで見せた事のない胸中を、皇帝はこの場でさらけ出す。


 李朱蘭(りしゅらん)は、心中の考えを表情に出さぬ様にして皇帝の脇に控えながら、やはり自分達だけでは、虞麗沙(グレイシャ)の支えになり切れていない現実を知って臍(ほぞ)を噛む。


「強い獲物を求める汝(なれ)には、むしろ帝国は恰好の狩り場じゃろう。四神にならずとも、ある程度、行動の自由がきく地位を与えても良いのじゃぞ?それでも考え直さんのか?」


 大上段からの物言いながら、天下の大帝国を治める“神帝”が、一冒険者に最大限の条件を提示しているのだ。普通の者なら、一も二もなく同意しているであろう。


 目の前の相手は普通ではなく、異常であったのだが……。


「随分な譲歩をしてくれているみたいで悪いんだが、飼い主が首輪につけた縄の長さをいくら長くしてもらおうと変わらん。首輪自体が嫌なんでね。ひも付きの身分なんぞに納まりたくねぇんだよ。解んねぇかなぁ~」


 ラザンは手入れなどまるでしていないボサボサの髪の頭を、ボリボリと乱暴に掻きむしり、呆れた顔をする。


 皇帝とラザンの話は平行線をたどるばかりで交わる事はない。


「強い魔獣がわんさか湧いているのは知っていたから、いずれ帝国の何処かに行くだろうとは思っていたが、それは修行の過程で行くだけだ。そこに長く留まるつもりもない。


 帝国に来たから応じる気になった、とか思われたらかなわんから前もって言っておくがな」


 ラザンには、どんな地位、条件を提示しようとも応じる気配は微塵もない。それは、昔と変わらずで、皇帝も覚悟して来たのだが、やはり目の前で自分に反抗的な態度を取る相手を見ると、それを圧倒したい思いがメラメラと湧いて来るのだった……。





 ―――皇帝とラザンの、終わらない論議を聞き流しながら、ゼンは先程まで李朱蘭(りしゅらん)と話していた内容、その考えを思い返して疑問に思う。


 確かに自分は、ゴウセルやラザンに、女性とは、命の火を繋ぐもの、女性なくして子は生まれず、女性の戦闘力、魔物に対しての戦力としての有用性の低さから、社会的地位は低いものの、決しておざなりにしていい存在ではない、との教育を受けていた。


 だが、その教えの真なる意味を理解し切れているとは、まだまだ言えない状態だった。


 なのに、何故か李朱蘭(りしゅらん)との問答では、皇帝を、永遠にその立場に縛られる少女を擁護する様な意見を偉そうに口にしていた。


 あれは―――一体、何だったのか?


 奇妙な違和感が、ずっとつきまとっている。


 自分にはまだ、あんな難しい話は分からない。他の話でもそうだったのだが、いつもよりも頭が冴えている様な、まるで自分ではない者の知識が、何処からか湧いて来てでもいる様な気がする?


 いや、自分ではない者の知識や考えではない感じがする。何故か、すんなりと自分の頭に、意識に馴染む情報だったのだ。だから、それをそのまま口にしていた。


 なら、その知識、情報はどこから来るというのだろうか?他者から押し付けられ、刷り込まれた訳でもない、自分がまだ知らない知識や情報……。


 ん?まだ……『まだ』!?


 それは、もしかして、まさか、この先の―――




「大体じゃな!弟子を連れて修行等というのじゃから、どれ程の逸材を連れているのかと思えば!」


 ゼンの思考は、皇帝・虞麗沙(グレイシャ)の高圧的な大声でさえぎられた。


「なんじゃ、その凡庸を絵にかいた様な、才気の感じられぬ非凡な童子(わらし)は!」


 皇帝の鉄扇は、ラザンの横にいたゼンをビシリと指し示す。


「……まだこいつは修行を始めたばかりのド素人。“気”の修行を始めてすらいない。俺様の見出した弟子に対して、勝手な憶測で判断を決めつけるのはやめてもらおうか」


 ラザンの静かな声には、明らかな怒気が含まれているのだが、それにひるむ様な皇帝ではない。


「ハ~ン?修行し立てであろうと素人であろうとも、才能あるものは自ずと解かるというものよ。大勢の中でいようとも、キラリと光る、何かが感じられる。それが、大器の器を持つ者の輝きというものよ。それが、その小坊主から汝(なれ)は感じ取れるというのか?」


「……お前に感じられないっつーのなら、お前の目が腐っているのだろうさ、神帝様よ!」


 両者の鋭い眼光が、中間地点で激しい火花となって飛び散る。


 不穏な雰囲気になって来ていた。


「俺だってな、ずっと『流水』の後継者の事は考えていた。だから、大陸に渡ってからも、腕試しでやって来る武芸者、武術家、色々な奴等と戦いながら、そいつに、『流水』を教えたとして、対応出来るだろうか、習得出来るだろうか、常に考えていた。


 そこらの年端の行かぬ子供にも、だ。


 ヤマトでも、『流水』の流派には、才能ある子供が集められ、残るのはほんの一握り。それが現実だ」


「あのようにちっぽけな島国であれば、それも致し方あるまいて」


 虞麗沙(グレイシャ)の揶揄(やゆ)を、ラザンは歯牙にもかけない。


「確かに、大陸に比べれば俺の祖国はちっぽけさ。それは認める。


 だが、お前さんが人材豊富とうたう、帝国内であろうと、その外であろうと、俺は、『流水』の技の一欠けらでも教えていいと思えるような奴には出会えなかった。出会わなかった。ただの“一人”にも、だ!」


「……それは、目的もなくうろつく旅路で、じゃからであろう。余が号令をかけ集めた、“四神”候補の才能ある子供らであれば、きっと汝(なれ)の眼鏡にかなう者が―――」


「いないね。それは断言出来る」


「なにを根拠に―――まだ見ぬうちからその様な事が言い切れるものか!」


「俺は、すでに“四神”と戦ってるんだぞ。つまり、その力の方向性は理解出来てる。“四神”と『流水』は、明らかに求めるものが違う。無理に言うなら、“玄武”の防御術にかすりぐらいはしているかもしれんが、ただそれだけだ」


「―――別に、“四神”でなくとも、帝国は広大じゃ!汝(なれ)の求める者は、きっといる!」


 強情な皇帝に、ラザンはハァと大きな溜息をつく。


「……あるいはいるかもしれんが、そもそも俺も『流水』を極めた、なんてとてもいえない状態だ。修行途中だったからな。


 だから、教えるならよっぽど才能のある、『流水』を教えるのに適した下地のある奴にしか教えられんと常々考えていた。そう思って、半ば諦めていた。そんな奴は、そうそう見つかるものじゃないからな」


「それが、その童子(わらし)だとでもいうのか!」


「だから、そうだっつってんだろうが。多少の時間はかかるだろうし、習得し切れない可能性も、なくはないが……」


 虞麗沙(グレイシャ)は、それ見た事かと頬をゆるませるが―――


「俺には、これ以上の才能を見いだせるとはとても思えん。こいつで駄目なら、『流水』は俺で終る運命(さだめ)だったんだろうさ」


 ラザンはニヤけながら両手を広げ、お手上げのポーズを取る。


「余にはとても、汝(なれ)が言う程の潜在能力が、その小さき者に、あるとは思えん……」


「それは、見解の相違ってやつだな」


 ラザンにはこの点で誰かと議論するつもりはない。その余地もない。


 ゼンは、ラザンが皇帝を説得する為に、わざと大袈裟な物言いをしているとしか思えず、決まり悪げにその話を聞いていた。


 ―――


 その場に、交渉が決裂した後、独特の険悪な空気が流れていた。


 ラザンは微塵も妥協するつもりがなく、皇帝もまた、自分の意志を曲げるつもりがない。


「……余は、時間をおいて待ちもした、妥協もした。それでも望みが叶えられぬと言うのであれば、力づくでも―――」


 虞麗沙(グレイシャ)の周囲に不穏な力の収束を感じ、ラザンは改めて大太刀を取る。


「やめておけ。俺としても、出来ればお前と殺し合いまでしたくはない。お前さんは、帝国にとってそれこそ神のように崇め奉られる、良き統治者だからな」


「今更つまらぬ世辞などで……」


「別に世辞じゃない。ガチガチに固めた法で縛るでもなく、ただ働き手の意欲を煽り、怠け者を一掃する。悪党も、基本悪い目しか見ねぇが、ゆるく抜け道を作って影に追いやる。

 だからあの国じゃ、悪党がいない訳ではないが、本物の“悪”は育たない。見事なもんだ。切り捨てていいと思える悪党のいない国なんざ、あそこ以外ないだろうな」


 虞麗沙(グレイシャ)は、自分の治世を褒められ満更でもないが、それとこれとは話が別、と頭を振ってゆるむ気持を引き締める。


「……じゃが、汝(なれ)に、余に抗う力などなかろうに。殺し合い?一方的な蹂躙劇しかおこらんぞ」


「俺の剣が、そのぶ厚い防御膜を破れない、そう思い込んでいるみたいだな」


「お主のはったりには飽き飽きじゃ。汝(なれ)の攻撃が、余に届く事はない」


「なら、その袖はどういう事だろうな?」


 ラザンが意地悪く言い、鞘に刺したままの太刀で皇帝の着物、その袖口をさして余裕の笑みを浮かべる。


「ぬっ?!なんじゃと、これは、いつのまに……」


 皇帝の着物の左の袖口に、大きな切れ目が入っていた。


 それは明らかに、ラザンの斬撃が、皇帝の防御をどうやってかすり抜け、その袖を切り裂いた明確な証拠であった。


「勝負を決めるのは、“力”や“気”の大小だけじゃないって事だ」


 虞麗沙(グレイシャ)がプルプルと震えている。それは、寒いからなどではなく勿論なく、屈辱の余り震えが抑え切れていないのだ。


「……ラザンよ、お主は確かに、昔とは変わったのかもしれん。余の防御をかいくぐり、一撃入れられるぐらいに、のう……。じゃが、甘くもなったようじゃ!」


 皇帝の姿がブレる。


「な……?!」


 一瞬後、ラザンの横の小さな人影が消えていた。


「弱点を連れ歩くようになったのじゃからのう……」


 ゼンはその小さな左腕一本、いや、左手の三本の指先にあご先をつかまれ、虞麗沙(グレイシャ)の頭上に吊り上げられていた。











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オマケ劇場


ア「……なんじゃ、ここは?」

ハ「あ、ッボク知ってるよ。えーっとね、好き勝手出来る小コーナー」

エ「ハルア、適当な事言わないの!おまけの番外編、みたいな所ですよ」

カ「あー、前ちょっと出たね。……アルティエール様はいなかったみたいですけど」


ア「冗談じゃ。ワシとてここに出た事くらいあるわい」

エ「そうですか、そうですよねー」(恐る恐る)

ハ「ばっちゃの冗談は笑えないから~」(と言いつつ笑ってる)

カ「ハハハハ……」(乾いた笑い)

ア「まあ、ゼンの事は置いといて、お主らは修行とかどうしてたんじゃ?」

ハ「ボクは錬金術の学校言ってたよ」

エ「私は、ニルヴァーナ様の所で助手業をすぐに……」

カ「あたしはすぐに登録して冒険者を。色んなPTを転々と渡り歩いていました」

ア「ふむふむ。それぞれ苦労しておったようじゃな。……ところで、あの皇帝とわし、キャラかぶっとらんかの?」

エ「あーあーあー聞こえません~!」

カ「これで今回は終わり!」

ハ「えー、全然被ってないよ。だって、ばっちゃの方がずっと歳―――」

エ・カ「アーあーアー、また来週!!」

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