第12話 皇帝陛下の誘い

6/8 皇帝の一人称を妾、から余に変更しました。


  ※



 ズドン、と地響きを立てると同時に、地面を削る二条のえぐれを残してラザンが空から降り立つ。その勢いを殺す為に、土煙を上げて地面を滑り、その広場に戻って来た。


 ラザンは恐ろしく疲れた顔をして、滝の様に汗をかき、疲労の極致のようであった。

 

 続いて、こちらは軽やかに、優雅に皇帝陛下が舞い降りて来る。


 ラザンとは対称的に、涼しい顔をして、汗一つかいてはいない。


 気が付けば、すでに二人が上空に舞い上がってから、軽く2時間以上の時が過ぎていた。


「なんじゃ、もう終わりか濃(のう)?あれ、情けなや」


 虞麗沙(グレイシャ)は、鉄扇の陰で上品にほくそ笑む。


 ラザンはそれを嫌な視線でねめつける。こちらは。、荒い呼吸をしているというのに。


「……冗談じゃねぇ。こっちは自前の“気”で飛んでる、つーのに、てめぇのその“力”はほぼ無尽蔵。しかも本体は皇宮の玉座で優雅に控えていやがるんだろうから、食事も休み排泄も自由自在。そんな化物のお遊びに、いつまでもつき合ってられるかってんだ!」


 ラザンは、駆け寄るゼンから水筒を渡され、一気にグビグビと大量の水分補給をする。


 自分の水筒は、上空での戦闘中に飲み切り、空っぽである。


「……自前の力のみで余と渡り合える汝(なれ)の方が、どう考えても化物じゃが濃」


 完全に地面に足をつかず、プカプカ浮いたまま虞麗沙(グレイシャ)は不満そうにこぼす。


 傍に素早く控える李朱蘭(りしゅらん)も頷いていて、同様の意見のようだ。


 ゼンは、四聖獣の事以外、皇帝にも何かが宿っているとしか聞いていなかった。


 皇帝の口ぶりから、皇帝自身にも、何かの“力”が宿っている事が伺える。それはきっと、“四神”の四聖獣を越えるものなのだろう。


 “四神”を退けた筈のラザンが、こうもいい様にあしらわれているのだから。


 だが、皇帝は何の助けもなく、自分の力のみで互角近くに戦えるラザンが異常なのだ、と言っている。過酷な修行のみで、これらの人外と互角に渡り合える『流水』という剣術。


 改めて、こんなに凄いものを、自分ごときが習得出来得るものなのか、と背中に冷や汗が流れるゼンだった。


「……まあよい。汝(なれ)の力が、そう落ちていない事は確かめられた。精神的にも、ある程度立ち直れた様じゃし、余の話をまともに聞く余裕もあるじゃろうて」


 皇帝はさも嬉しそうにほくそ笑む。


 李朱蘭がチラリとゼンに視線を走らせた。


 なる程。本当に皇帝陛下は、ラザンにご執心のようだ。次に出る台詞(セリフ)は、大方の予想がついた。


「ラザンよ。すでに昔、皇宮で汝(なれ)と話した会話を繰り返そう。

 『余の臣下となれ。汝(なれ)に“青龍”を託せば、お主は間違いなく、歴代最強の“青龍”、“四神”の最高峰となり、余にすら、その強さは届くかもしれぬぞ?』」


 その、大陸広しと言えど、その大半を占める巨大帝国の頂点、皇帝陛下直々のこれ以上ない、という程に名誉な誘い。


 ラザンはそれを、皮の鎧を脱ぎ、下のシャツまで脱いで、上半身裸にゼンが用意してくれた、水に濡らしたタオルで汗を拭きながら、気のない表情で聞き流す。


 その、貴人を前にした余りに不敬な態度は、本来ならそれを叱る言葉が出る筈であったが、それを言う立場の李朱蘭は、頬を赤らめてチラチラとラザンを盗み見していてそれどころではない。


「……もし余の臣下となれば、ここにいる汝(なれ)に思いを寄せる乙女や、皇宮に勤める器量よしの十人や二十人を、汝(なれ)の妻にでも愛人にでも好きに出来るぞ?」


 皇帝は本人の同意もえずに、駄目押しのように勝手な提案をしているが、それを言われた李朱蘭からは、それを拒む言葉も態度もまるでない。李朱蘭は完全服従の模範的な臣下であるが、その命令で自分の望みを叶えられるのだから、否と言う筈もなかった。


 それを言われても、ラザンは顔色一つ変えずに、むしろ嫌そうに顔をしかめている。


「お前さん、俺の国元での騒ぎを調べたのなら、俺が最後に、恋人だと思っていた女に手酷く裏切られた話まで知ってるんじゃねぇーのか?

 ……女はもういい。面倒事の種になるだけで沢山だ。娼婦でも買って済ませた方が後腐れなく済む。いらんいらん。


 ……それと、俺もあの時の言葉を繰り返そう。

 『俺は、誰にも何処にも、仕えるつもりはない』

 その気持はまるで変わってねぇーよ。

 大体、『流水』は変幻自在に流れる水の動きを剣になぞらえているだけの剣術だ。“水”の

力なんて、別にいらねぇし、霊獣の力も欲しいとは思わん。

 別にを“四神”否定する訳じゃないが、俺は自前の力のみで強くなりてぇし、『流水』もそういう剣術の流派だ。余計な力なんぞ、欲しくないんだよ」

 

 ゼンが用意してくれた新しいシャツに袖を通しながらラザンは、余りにもアッサリはっきりと、その名誉な誘いを断る。歯牙にもかけない。


 平静をよそおう皇帝の顔に、怒気が見え隠れした様な気がするゼン。


「……その、汝(なれ)の祖国じゃが、まだ汝(なれ)に追っ手をかけている様じゃ。

 どうじゃ?汝(なれ)が余の臣下となるのならば、あのようにちっぽけな島国なぞ、全て焦土と化して燃やし尽くし、何もかも消滅させてもよいのじゃぞ?」


 国一つを、赤子の手を捻るが如く、簡単に全滅させられるとの提案は、余りに途方もない話だ。


 ゼンがゾっと改めてその、自分よりも年下に見える少女が、とてつもない化物なのだと実感する。


 ラザンの方はそのまま表情をまるで変えず、心を少しでも動かされた様には見えなかった。


「それはそれは。随分と過分な申し出、痛み入る。だが、それは実現不可能な話だろう」


「なっ、何を!汝(なれ)は余の力を甘く見ておるのか?!」


「いや。皇帝様にそれだけの力があるのは解っている。だが、そんな暴挙は、“上”から止められているんだろ?」


「……何の話じゃ……」


 皇帝のに言葉にそれまでの勢いはない。


「お前さんが、領土を広げなくなった理由を言ってるんだよ。どうせ、“上”の“管理者”どもが、何かそれっぽい建前で禁止して来た。そうじゃないのか?」


 それは、どの国でも立てられていた予想だった。


 大陸最大最強の帝国の頂点である皇帝の意志を捻じ曲げる存在。それは、言わずもがな、“神々”の関与以外に理由はないと考えられていた。


「……『一つの国が、大陸を統一するのは、文化の多様性を損なう可能性がある。それゆえに、烈皇帝国が、それ以上領土を広げる事を禁ずる。それが厳守されない場合、帝国は皇都を失い、瓦解する事になるであろう』」


 虞麗沙(グレイシャ)は、苦虫を噛み潰した様な顔をして、心に刻み付けられた託宣を吐き捨てる様に口にする。もう自分で何度もそらんじて、怒りとやるせなさに地団太踏んだのは、その当時の話だ。


 それでも、未だその怒気は衰えてはいない。


「そんな事だろうと思っていたよ。

 神様は人同士の争いを望んでもいない癖に、完全に平和な国を望んでもいない。結局は、魔物と人を戦わせて、“進化”とやらを促進させたい腹積もりの様だから呆れるしかねぇな」


 ラザンは鼻で笑って神々の託宣にすら揶揄する。恐ろしい神経の持ち主だ。


 ゼンもコッソリと同意していた。












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オマケ劇場


ア「待つ身は暇だよね~」

サ「……まあそうね。仕方ないけど」

ア「イチャイチャ出来ないから?

サ「ち、違うわよ!全然そんなんじゃないからね!」

ア「うわぁ、そんな大声で否定しなくても、解ってるってば~」

(ニヤニヤほくそ笑む)

サ「……シアってば、どうして恋バナになるとそんなに意地悪くなるのかしら」

リ「え~~。だって、照れて困るサリーって、とっても可愛いんだもの~」

ユ「ですね。ウンウン解ります、その気持ち」

サ「ぎゃぁ!なんで精霊王がこんな所にまで来るのよ!」

ユ「え?ここは親友同士の語らいの場では?なら、私を仲間外れにされると困ります。泣いてしまうかも……」

ア「あ~、ユーちゃん可哀想。サリーの方が意地悪じゃない~」

サ「え?あ、だって、ドーラだって、王様として多忙だと……」

ユ「前に言いましたが、精霊界は別に多忙になる様な事はめったにありませんし、私も分体を出して、世界や精霊界の見回りはしてますから」

サ「ああ、成程。ここに来たのは分体なのね」

ユ「いえ?私が本体ですが?」

(アリシアと両手を合わせて叩いて楽しんでる)

サ「……(絶句)」

ア「久しぶりだし、楽しいね~」

ユ「そうですね。私は一分一秒も、リサから目を離した事はありませんけど」

サ「……そういうの、普通はス〇〇カーって言うのよね……」

ア「ランランラ~ン♪」(上機嫌)

ユ「ウフフ……」

(意味ありげに笑う。サリサはウンザリしている)



リ「……出番なしかよ」

ラ「まったくだぜ……」

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