第14話 瞬間の攻防



 ※



 皇帝の位置は、先程までとほとんど変わりがない。


 転移でゼンをかっさらい、すぐに元の位置へと戻ったのだ。


 何の力の予兆もなく転移を出来るのは、彼女が宿した、東西南北の中央に降臨する最強の霊獣“麒麟”の力だろう。


 ラザンは、その力の性質そのものは知っていたのだが、まさかゼンを狙って来るとは予想もしていなかったが為に、その行動を防ぐ事が出来なかった。


「……何の真似だ、いったい。超大国の神帝様が、子供を人質に取るとは、正気か?」


 ラザンは大太刀を抜かずに、すぐ動けるよう構えを取りながら、虞麗沙(グレイシャ)を非難して様子を伺う。


「ふん。その様にあからさまな煽(あお)りにはかからんぞ。余は別に武人ではない。正々堂々の戦いなど、どうでもいいのじゃ。目的さえ遂げられば、のう


 李朱蘭(りしゅらん)、余の前に出て、ラザンの牽制をせよ」


 李朱蘭はすぐに命令通り、皇帝の前、ラザンとの間に移動し、槍を構えるが、その内心は酷く動揺していた。


 余りに皇帝らしからぬ振る舞い。今さっき親しく話をしていたゼンを、主(あるじ)が人質に取り、生殺与奪の権利を強調して、ラザンを無理に従えさせようとしている。


 主人は冷静な判断力を失っているとしか思えなかった。


 こんな方法でラザンを従わせても、後々に遺恨を残す事は確実だ。


 だが、今の状況でそれを説き、主人をいさめるていられる状況ではなかった。出来たとしても、虞麗沙(グレイシャ)がそれを素直に受け入れない事は確実であった。


 心理的な板挟み状態で、李朱蘭は激しく苦悩する。


 虞麗沙(グレイシャ)は、その華奢な左腕一本でゼンを頭上にかかげながら、不敵な笑みを洩らす。


「この弟子がそれ程大事であれば、余の求めに従うがいい。従わぬのなら、この脆い小僧の命の火を吹き消すだけの事じゃ」


「……俺が、そんなてめぇの身勝手な要求に、応じると思っていやがるのか?」


 ラザンが表情を歪め、苦々しい顔で皇帝を睨む。


「さてな。それは、この小僧の重要性によるのではないかな?見捨てたければ好きにするがいい。余はただ虫を踏みつぶすように、この細首を軽くひねり、縊(くび)り殺すだけの事。


 余が、罪なき子供を殺さぬ、などとは思わん方がよいぞ。余は自国の損害を少なくする為に、連合軍の、万を越す軍勢を“四神”達と共に薙ぎ払い、蹂躙した事がある。それに比べれば、名も知らぬ小僧一人の命など、何の躊躇もなく奪いさってくれよう」


 ニヤリ、と嫌な笑みを見せる皇帝は、その本気さを手に込めた力で見せつけて来る。


「見損なったぞ……。それは、最低の悪党がやる手口だろうが!」


 ジリジリと歩を進め、位置を変えるラザン。それに合わせ、李朱蘭も向きを変えている。


「だから無駄じゃ。いくら罵倒されようが、どう罵(ののし)られようが、余の心は痛まぬ」


 このままではらちが開けない。構えに迷いを見せる李朱蘭は、ゼンに情でも移ったのか、かわすのはそう難しくはない。


 問題は、ゼンを掴む虞麗沙(グレイシャ)の手を振り払えるかどうかだ。


 やって見るしかない。口でどう言おうとも、この見かけは少女な皇帝が、子供を無残にもその手にかけられるとは到考えられない。


 ラザンは、動くべきその時を伺う……。




 ゼンは、虞麗沙の細腕から何とか逃れようと両腕を使い、渾身の力を込めて振りほどこうとするが、その細い指はまるで万力で絞められてでもいるかの如く、まるでビクともしない。身体全体を振ってもがくも、まるで効果がない。


(なんて情けない……。力を得る為の修行にでたばかりで、自分の無力さをまた痛感させられるなんて……)


 ラザンの重荷になる、負担になる状況に追い込まれる事はないように、と常々考えていたが、これほどたやすくそんな状況に陥ってしまう自分の不甲斐なさ。


(こんな事の為に、旅に出たんじゃない……!どうにかしてこの手を振りほどいて、師匠が救出してくれるキッカケだけでも作らなければ……)


「あがくな、小僧。あがけばあがく程に、そなたも苦しくなるであろうに」


 皇帝は視線さえ向けずに、ただラザンの様子だけを注視している。ゼンが何をして来ようとも、獲物の小鳥が暴れている様にすら感じていない。恐らく虫以下の扱いだろう。


 だからこそ、そこには油断、慢心がほの見える。


(足だ……、俺に少しでもいいところがあるとしたら、脚力だと師匠も言っていた……)


 ゼンは首が苦しいのをものともせずに、身体を振り子のように振り勢いをつける。


 そして、“左足”で、皇帝の右側面から蹴りをくりだした。


「無駄じゃと言っておるのにのう……」


 皇帝は当然、右手に持つ鉄扇でそれを受け、邪魔だ、と言わんがばかりに振り払った。


 虞麗沙(グレイシャ)は、自分が言う様に、武術は護身術を少し習ったぐらいで、武人と呼べるような達人級の腕ではなかった。


 ただ、最強の霊獣たる“麒麟”を宿しているが為に、溢れんばかりの霊力を纏い、適当にその巨大な力を振るっているに過ぎなかった。


 その為に、ラザンの様な達人達から見れば、つけ入る隙はいくらでもあり、そのぶ厚い防御膜さえどうにか出来るのなら、彼女は力を使いこなせていない、重すぎる武器を不器用に振り回す子供の様なものであった。


 それが、この時にも悪い方向に発揮された。


 鉄扇で受けやすい蹴りが来たので受けて振り払った。


 武人なら、こんな見え見えの誘いには乗らない。


 ゼンは、左足を振り払われた、その力を利用して、身体の捻りを加え、自分を吊り下げる左腕の裏側、死角から皇帝の側頭部に、“右足”で渾身の蹴りをお見舞いした。


 その攻撃は、意味としては何の効果もない、無意味な蹴りであった。


 皇帝は常時、“麒麟”の力で破壊不可能な防御膜を全身に展開している。


 ゼンの蹴りは、その防御膜に遮(さえぎ)られ、何の効果も発揮しなかった。


 “物理的に”は。


 “心理的に”は、違った。完全に虚をつかれ、不意をつかれ、死角をつかれたその蹴りを、無防備に側頭部へ受けてしまったのだ。


 防御膜は完全で、何の威力もダメージも、伝わりはしなかったが、皇帝は自分で『才のまったく感じられない』と断言した子供に一本取られた形となったのだ。


 それは、ラザンの発言を肯定し、自分の発言は真向から否定する、余りにも屈辱的なものであった。


「い、偉大なる余の頭(こうべ)を、足蹴にしおったなっ、小僧!」


 虞麗沙(グレシャ)の頭に、一瞬で血が昇る。


 それまで、ラザンに対して慣れない悪役を無理して演じ、ストレスの極致に至っていた皇帝は、至極当然のように、簡単に“キレ”た。


 左の腕、ゼンのあご先を掴んでいた指に、瞬時に力を込める。最早無意識の反射行動だ。


 一方ラザンは、ゼンが何かを始めたのを見てすかさず行動を開始していた。


 右に“流歩”で高速移動、と見せかけて、“縮地”で逆の、皇帝たちの左側面に瞬間移動、そのまま皇帝と李朱蘭の間へと高速で駆ける。


 その時、バッキッ、という鈍く重い音がして、ゼンが皇帝の束縛から離れて地面に落ちる所が見えた。


(顎か、まさか首の骨を砕かれた、か……?)


 ラザンは当初の予定とは違い、束縛から逃れた自分の弟子が地面に落ちる直前に彼を受け止め、そのまま高速移動でその場を駆け抜け、一足飛びに離れた。


 振り向き、二列の跡を地面に刻みながら減速する。


 その間にゼンの負傷具合を確かめるが、指で捕まれていた場所に跡が残っていたぐらいで、骨には異常はなかった。


 態勢を立て直し、虞麗沙(グレイシャ)を見ると、その顔は、信じられないものを見る驚愕の視線で固まっている。


「な、何故じゃ?汝(ラザン)や“四神”ならばともかく、なんの変哲もない子供が、余の力を、振り払える訳がない……。それなのに、何故じゃ?」


 横からそれを見ていたのはラザン一人なので、それを答えられるのもラザン一人しかない。


「……お前の右手を見ろ。いつ鉄扇を取り落としたか、覚えているか?」


 虞麗沙(グレイシャ)はハっとして、自分の右手が今何も持って事に初めて気が付く。すぐそばの地面に落ちているのだが、それを落とした記憶がない。


「俺が見ていた印象だと、お前は左手でそのままゼンを締め上げようとしていたが、右手がそれを防いだ様に見えたんだがな……」


 ラザンはただ、見て感じた感想をそのまま皇帝に言って聞かせる。


 だがそれは、皇帝に容認出来る様な内容ではなかった。


(確かに、左手で余は、この小僧の首を握り潰そうとした。だがそれを、“余”の右腕が邪魔をした、だと!?そんな事、あり得ぬではないか!)


「……そうか。何の才もないと油断しておったが、実は特殊なユニークスキルでも持っておるのじゃろう。余の力に干渉するとは、恐るべき力じゃな。


 どれ、確かめさせてもらおうかのう。“天眼”よ!」


 虞麗沙(グレイシャ)は、“麒麟”が持つ固有スキル、全てを暴く“天眼”を使用した。


 どのような隠蔽をしようとも、ニセのスキル情報を展開させようとも、“天眼”は真実を暴き、さらけ出す。


 間違いようのない、真実だけを……。


 最初に目についたのは、ラザンの恐ろしいまでに多い多種多様なスキルの数々。様々な邪魔、隠蔽がなされていて、完全に全てを見切れた訳ではないが、それが確認出来た。


 だが………皇帝は、それ以外の事で、戸惑うしかない。


 ラザンの腕の中でグッタリとしている少年には、何一つとしてスキルが“見えない”のだ。


 そういう隠蔽の呪法がなされているのか、と思いもしたが、そんな力の展開は何もなされていない。術の残滓すら感じ取れない。


「……なぜ、じゃ?なぜに、その童子(わらし)には、たった一つのスキルすらない!まるで空っぽの器じゃ。その者は、本当に人間なのか?」


 虞麗沙(グレイシャ)が愕然とした顔で、ラザンに問うと、彼は鼻白み、何を馬鹿な、と一笑に付す。


「なに出鱈目ぬかしていやがる。こんな優秀な奴に、スキルがない訳ねぇーだろうが!」


 まだ喉の痛みで咳き込むゼンは、その胸元で、小さく被り振った。


「……し、師匠、皇帝陛下の言われている事は、本当です。俺は……スキルを持ってません」


 ゼンはついに、懸案の隠し事を告白した。


 最悪な事に、自分から言い出したのでなく、他人から指摘されてからの事だったが、今この機会を逃して、自分の秘密を打ち明けなければ、ラザン(師匠)に嘘をつく事になる。それは、絶対に出来る事ではない。


「はあ?なんだって急にそんな……。そうか、最近何か悩んでいたのはそのせいなのか?


 しかし、なんだって今まで隠して来たんだ?」


「いえ、その……。隠すつもりは少しもなくて、多分ゴウセルの手紙に詳しく説明されていた筈なんです。でも、師匠はそれを読んでないみたいで……」


 ゼンは、とても気まずそうに、困った顔をして口の中でゴニョゴニョ呟く。


「ああ?なに言ってやがる。俺は、あの手紙をちゃんと読んで……」


 など勿論いなかった。


 親馬鹿な注意事項がずらり並んだ最初の1~2枚で面倒くさくなり、便箋十枚近くある全部の内容を読んだ気になって放り出していただけであった……。











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オマケ劇場


ミ「信じられない!ご主人様に、何てことしやがるんですの!」

リ「……過去の事に腹を立てても、あまり意味がありませんよ、先輩……」

(笑顔で激怒している)

ル「ブーブー。るーも怒ったぉ!」

ゾ「暴れるな、ルフ。……子供は仕方ないとして、あの二人は……」

ガ「瞬間湯沸かし……」

ボ「主様が大好きだし、仕方ないねー」

セ「まあ、従魔として感情的には同意しますが、したところで意味のある訳でなし」

ミ「人でなし、いえ、従魔でなし、ですの!」

リ「主様が理不尽な目にあっている様子を見て、冷静でなどいられません…」

ル「だんここーぎ、おんてきひつめつぉ!」

セ「……誰ですか、ルフに難しい言葉教えたのは……」

ゾ「……言っておくが、俺じゃねぇぞ」

ガ「……」(ゴホゴホ咳き込んでいる)

ボ「ボンガも知らない。ルフは頭がいいからすぐ人まねするね」

(それからも、ワイワイガヤガヤ騒ぎは続く)

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