第9話 森の災禍

3/20 18:00細部の直し、オマケ追加。

6/8 皇帝の一人称を、妾から余に変更します。

その他、細々とした修正を。


  ※



 過去の一時期、波乱混迷な状態にあった烈央帝国は、腐敗した帝国上層部の政治により、内部から崩壊し、分裂すると思われた時代があった。


 その時、皇帝の四女、まだ若干八歳になったばかりの幼き皇女が、悪政の限りを尽し、放蕩三昧であった愚帝と悪名高き父親を退けて、自ら皇帝となり、分裂しかけた広大な帝国を、その類稀なる智謀と、側近として召し上げた“四神”の武力でまとめ上げ、崩壊を防いだのだと言う。


 皇女の名は、虞麗沙(グレイシャ)。


 西方でも通じやすい語感の名をつけられたその少女が、西方諸国を脅かす存在になるとは、いかな賢者とて、見通せる者はいなかったであろう。


 そしてその皇帝の偉業はそれだけではなく、帝国全土に善政を行き届かせ、領民に悪政を強いる領主、大公等を容赦なく排除し、地位が低くとも優秀な者を多く取り上げ、国政の重要な地位へと採用した。


 それだけでなく、帝国の周囲で反帝国同盟を組んでいた小国連合を、自ら軍を率いて圧倒し、併合して、ついに帝国は、過去最大級の領土を誇る巨大帝国へと発展していった。


 神聖皇帝、神帝と呼ばれる皇女改め皇帝、虞麗沙(グレイシャ)が、皇帝に即位してからしばらくして、烈央帝国は烈央神聖帝国と国名を改め、無敵の覇権国家となった。

 

 その勢いは凄まじく、大陸全土で帝国の侵略に耐えられる国は、一つとしてないであろう、と恐れおののかれていたが、ある時期から、帝国はそれ以上領土を広げようとはせずに、軍を動かす事はなくなり、今日にまで至る。


 と、一般に流布されているのが、烈央神聖帝国の復興の歴史であり、ゴウセルはそのかいつまんだ概略のみをゼンに教えた。一般教養であり、ゼンが将来、冒険者として帝国におもむき、何かいざこざを起こすだろう、等と予見して教えた訳ではない。


 ましてや、その師匠となったラザンが、すでにいざこざの種を蒔き終えてから、フェルズに来た、等とは知る由もなかった。



 神帝は艶やかに笑う。本当に楽しそうに、嬉しそうに満面の笑みを扇で隠して。


 側近である近衛である“朱雀”李朱蘭は、愛想笑いや作り笑いばかり見て来た主(あるじ)の久方ぶりの真なる喜びに、自分の胸も熱く震える。


「では、久方ぶりに、その腕が衰えておらぬか、余、自らが、確かめてみようではないか。李朱蘭、汝(なれ)は何があろと動くでないぞ。手出し無用。岩となっておれ」


 虞麗沙(グレイシャ)は、ピシャン、と扇をたたみその口元を覗かせる。


 目には隈取(くまどり)の様な化粧。唇の紅も、大きく口の端を吊り上げた様な模様を描き、その怪しい雰囲気に似合った、見た目の歳とは釣り合わない大胆な化粧がほどこされていた。


 ゼン等は、あんなに派手な化粧しなくても、素で充分綺麗だろうに、と思う位に。


「……は、主上(しゅじょう)」


 内心、言いたい事はあるのだが、それを押し殺して李朱蘭は頭をたれる。


「ゼン、この護符(アミュレット)を持っていろ。ある程度の流れ弾は防げる」


 ゼンはラザンが無造作に投げつけた護符(アミュレット)らしき小さな像を、慌ててその手で受け止めた。


 そして―――二人の姿が消える、と同時にその中間点で凄まじい衝撃が走る。


 護符(アミュレット)の防御膜ごしでも、ビリビリと震えが響いて来る程の衝撃だ。


 大太刀を抜き、正眼に構えたラザンが後ろに下がり、飾りの付いた扇が、飾り全てが吹き飛び、鉄扇としての、本来の姿をあらわにした物を構えた皇帝が、こちらはラザンの様に下がらず、その場で微動だにしていなかった。身体は浮いたままだ。


「……やはり、あのようなヌルい場所では腕も鈍ったのか濃(のう)。前と代わり映えせぬ、衰えた一撃じゃぞ、『流水』の」


「……はっ、言ってろ、ババア幼女が」


 そしてまたラザンの姿が消える。


 今度は虞麗沙(グレイシャ)はそのまま、ラザンの攻撃を、ただ受けるだけのつもりの様だ。


「ほれ、それそれ、どうしたどうした?」


 皇帝は扇を片手で動かし、まるで舞の様にゆったりと回り、動きながら、四方八方から『流歩』の高速移動で攻撃する、ラザンの常人には見る事すら叶わぬ一撃を、余裕の仕草で簡単に受け流している。


 それは、何処か楽しそうで、まさに遊戯の舞いを踊っているかの様であった。


 ゼンなどは、音と衝撃だけが、ラザンが攻撃している事を感じられる数少ない手段であった。


「チッ、小技をいくら繰り出しても意味はねぇか……」


 ラザンが動きを止め、大太刀を構えると、またゼンの目には止まらぬ神速の斬撃が繰り出された。その数は四つ。一瞬で四の斬撃を重ねて飛ばす“四光斬”と呼ばれる『流水』の技の一つだ。


「おお、これはさすがに受けきれぬか濃」


 と余裕の口ぶりだか、皇帝は多重斬撃の“四光斬”を避け、それまでのフワフワした動きとは違い、高速で空へと飛び上がった。


 ラザンもそれを予想していたのか、虞麗沙(グレイシャ)を追い、力強い踏み込みで土飛沫(つちしぶき)を上げ、上空へと飛んだ。


 途中、失速もせずに、足で空を駆けるかの様に皇帝を追う。その姿が一瞬ブレ、それまで半分以上あった皇帝との距離は零に、いきなり追い越していた。大太刀の斬撃が皇帝の頭上から襲い掛かる。


 虞麗沙(グレイシャ)はまたもそれを、当り前の様に鉄扇で受ける。


「師匠、空まで飛べるんだ……。それに、今の移動は……?」


 ラザンと虞麗沙(グレイシャ)の、人外としか言い様の無い戦いぶりに、ゼンは感心や感動を通り越して、何も考える事が出来ないでいた。


「少年は見た事が、ないのですか?」


 いつの間にか、李朱蘭がゼンのすぐ近くに立ち、腕を組んでこちらに話しかけていた。


「あ、は、はい。俺はまだ、弟子になってから二月も経っていないので。


 あ、あの、俺はゼンといいます。師匠の子供ではなく、弟子です!」


 ゼンは、先程に虞麗沙(グレイシャ)が言ったラザンの子供、との話を急いで否定する。


「ええ、知っています。ラザン殿の様子は、主上が暇を見ては式神(しき)を飛ばして、常に把握していましたから。先程の話は、ラザン殿をからかった、主上の冗談です」


 李朱蘭は、言葉数は多いものの、その口調は主に対する口調とも、ラザンに対する口調とも、どれとも違い、言葉に感情を乗せない、平坦な話ぶりだった。


 それは、普段そうした話し方をする訳ではなく、無理矢理込み上がる、羨望や嫉妬の感情を抑える為の口調だった。


「そう、なんですか……」


 なんとなくゼンも、自分がよく思われてはいない事には気が付いていた。


「ええ。ところで、ラザン殿が空を駆けるのは、『流水』の移動技術“空歩”で、時折消えて、距離を大幅に越えた場所に現れるのは、“縮地”という、“気”で短距離転移をする、気功術の高等技術の一つです」


「へぇー……。そういえば、帝国のお寺で気功術を習った、とは話してました」


「習った、と言うか、ただ見て聞いて、それですぐに覚えてしまったらしいですね」


「それは……凄いですね」


「天才、鬼才というのは、あの人の様な者を指す言葉なのでしょう……」


 その言葉には、妬みや嫉みの様な負の感情はなく、ただただ心酔し、憧れている、遠くの明るい星を眺める少女の様であった。


「ですよね!師匠はもう、とにかく凄いって言葉しか出て来ません」


 ゼンは思わず完全同調して、大きく同意する。


 無邪気な言葉に、ゼンに嫉妬する李朱蘭の毒気が大きく減退する。


 遥か上空では、その二人が超高速で移動し合いながらぶつかり、激しい轟音と衝撃を周囲に響かせていた。


 ゼン達に被害が及ばない様に、距離を取った上空へと戦場を移したのだ。


「さて。それではそろそろ、余の方から攻撃させてもらおうか濃」


 遥か上空で微動だにせず滞空する虞麗沙(グレイシャ)は、扇の先に光弾を造り上げる。


「げ、やべぇ……」


 それを見て、ラザンが邪魔する為に動き出す、その前に光弾を見る見るうちに大きく、虞麗沙(グレイシャ)の倍近い大きさへと肥大していた。


「受け止めれるか濃……」


 楽し気に言って扇を振るう。光弾はそれに合わせ、超高速でラザンへと飛来する。


「この、クソがっ……!」


 大太刀で受け、横へと流す。流す事しか出来なかった。


 その光弾はラザンから軌道を変え、ゼン達が初めてこの森に来た時に降り立った、中央に見える岩山目がけて落ちて来た。


 そして―――


 岩山に光弾が当たった瞬間、激しい光が溢れ、ゼンが視線を変え、手で目を覆うが、それでもその激しい光の残像は、しばらく消えなかった。


「い、今のは、一体……?」


 ゼンが目をパチパチと瞬きを繰り返し、光を振り払おうと苦しんでいる。


「今のは、主上の、“破邪光弾”という術です。本来、魔を滅するだけの光なのですが、主上の力が強過ぎて物質に当たっても、それを消滅させてしまう程の破壊力を秘めています」


 李朱蘭は、淡々と事実だけを述べる。


「物質を消滅って、物を消してしまうんですか?!」


「そうです」


「師匠は、そんなのを受けて……」


 と言っている間にも、虞麗沙(グレイシャ)は少しばかりサイズを小さくした光弾を無数に作り、ラザンへと次々に放つ。


 ラザンはそれも大太刀で、器用に右へ左へと全て受け流す。


「あれを受け流す事など、我等“四神”にも出来ません。ラザン殿だけです。それが出来るのは……」


「え?“四神”……李朱蘭、さん、にも出来ないって、皇帝の近衛なのに、ですか?」


 ゼンは思わぬ言葉に、敬語や敬称が適当になっていたが、李朱蘭は気にしない。


 烈央神聖帝国で、“四神”の地位は単なる近衛騎士ではなく、皇帝の側近、皇帝の次の位の貴族と位置づけられている。言い換えるなら公爵級だ。平民がさん付けして許される様な気安い身分ではない。


「そうです。我等は、近衛の癖に、守るべき主人よりも、ずっとか弱き存在なのですよ……。


 言い変えると、帝国で、主上よりも強き存在等、いはしないという事なのですが……」


 ラザンが受け流した無数の光弾は、全て森の至る所に降り注いだ。


 爆発こそしないが、物質を消滅させる光弾の性質の為、森のあちこちに被害が及んだ。その主な被害者は、森の木々であったが、その次に被害が多かったのは、当然魔物達であったので、その事を気にする者は、この場には一人もいなかった。


「……ラザン殿は、あなたに被害が及ばない様に、この近くに来る様に受け流しはしないでしょう。つまりここが、一番の安全地帯ですね」


 李朱蘭の言う通りに、光弾は、森の離れた場所にしか降らなかった為に、この場は至って静かであった。


 遥か上空では激しい戦いが行われ、光弾が降り注ぐ森は阿鼻叫喚の坩堝……。いや、叫ぶ暇もなく消滅するのだから、その表現は当たらないかもしれないが、半端に半身や四肢に光弾の余波を受け、生き延びてしまった魔物達は悲惨の一言に尽きた。


 気付いたら、森の木々と同時に自分達の身体の大部分が奪われ、生活の場であった森すら地面をえぐった小さく浅いクレーターと化している。しかも、その恐るべき光弾の雨は、未だ降りやまず、森のあちこちに降り続けている。


 魔物達にとっての地獄がそこに顕現していた……。











*********************

オマケ劇場


ゾ「おうおう、随分と派手にやってるな。しかし、別に俺等の出番とか、いらんのだがな」

セ「……そ、そうですね。ボクとしては、ミンシャさん達に全部任せて、引っ込んでいたい位です」

ガ「……同意」

ボ「だねぇ。ボンガも熊だから、そんなに頭は良くないから~」

ゾ「ま、愚痴っても仕方ない。解説だ。こんな派手な戦い、ギルマスには報告してなかったよな」

セ「……それは、後でラザン様から口止めされるから、です」

ゾ「ああ、そう言う事か」

セ「……て、言い訳らしいですけどね」

ゾ「なんだ、そりゃ?」

セ「前書きで、テコ入れ云々、と書いてたじゃないですか。つまり、この話は序盤の地味な展開に、盛り上がりや花を添える為に急遽考えられた話、らしいですよ」

ボ「ゼン様、まだ修行の最初の段階だし、地味なのは当然じゃ?」

セ「それで通らないのがお話、ですから……」

ゾ「つまり、皇帝様らは本来出番なし、か」

セ「はい。烈央帝国の設定自体は変わらないのですが、その皇帝や側近らと関わる話はない予定だったみたいです」

ゾ「しかし、その領土内での修行も、確かあったよな」

セ「はい。あの、グレートサンドワームとの戦闘は、その領土内の砂漠ですね」

ゾ「そこら辺、どう調整するのかねぇ」

セ「……どうにかするんでしょう。ボク等には関係ありません」

ゾ「違ぇねぇな!」(笑)

ガ「激しく同意……」

ボ「そうだね~」

ル「……ぶーぶー!るー、おはなしむずかしくて、全然わかんなかったお!」

セ「まあまあ。そういう時もあるから、ね」

(皆でルフをあやして終幕)

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