第10話 『流水』の過去

6/8 皇帝の一人称を妾、から余に変更しました。


 ※



 上空の激しい戦闘。


 それとは別に、地上では、いつのまにか和やかな雰囲気で、話が行われていた。


「―――へぇ。師匠、行き倒れてお寺のお世話になってたんですか」


「そうなんだ。だがその内、その尋常ではない武術、剣術の事が知れ渡り、寺に腕自慢が、異国の剣客の腕試しに、と訪れる様になって、そのことごとくをラザン殿は打ち倒し、それが面倒になったラザン殿は寺を飛び出すと、最初の予定通りに西方へと向かったのだが、その頃には主上(しゅじょう)まで、その異邦の達人の話は届いていてな。


 主上は武を奨励し、軍の兵を鍛えて、冒険者抜きでも魔獣退治が出来る軍隊を、作ろうとされておられたから、その珍しい剣術家を見て見たい、と仰せになられて、最初は軍の中でも生え抜きの精鋭が派遣されたのだが、それらも全て打ち倒されて、我等“四神”の出番となった。


 最初に、“朱雀”を引き継いだばかりの、私が出向いたのだが……」


「李朱蘭さん、すみません。俺は、スラム出の無学なので、その“四神”や“朱雀”というのが知らない、分からないのですが、何かの称号でしょうか?」


「む?そうか、東方や帝国では常識的な話でも、君には知らない事ばかりなのだな。


 “四神”とは、天を、東西南北の四方から守ると言い伝えられる聖獣、霊獣の事で、東の青龍・南の朱雀・西の白虎・北の玄武となっている。それぞれ、竜、鳳凰、虎、亀の聖獣だ。


 私は南の“朱雀”、鳳凰なのだが……」


 ゼンはまるで知らない異国の文化を、ただただ感心して、目を輝かせて聞いている。


 その素直で無垢な様子に、ラザンの直弟子としてずっと側にいられるゼンに対して嫉妬や妬みの感情があった筈の李朱蘭も、いつのまにやら絆されて、仲良く話しているのだった。


「それは、四方を守る将軍職とかではないんですか?」


「いや、将軍は別にいる。“四神”はあくまで主上、皇帝の側近で近衛だ。


 それでも、あの広い帝国をお一人で治めるのは事実上不可能だからな。八将軍がそれぞれの領主、大公となって中央の神都とその周辺以外の八方を治めている。


 ちなみに、八将軍は皆、“四神”の弟子で、それぞれ二人が選ばれる」


「……領主や将軍は、世襲制ではないのですか?」


「違うな。皇帝であらせられる主上以外の、重要な役職には世襲制が撤廃されている。


 選抜試験があり、一定年月毎の交代制になっている」


「それは……凄いですね。貴族、という身分はないのですか?」


「ある程度、国に奉仕した者には位が授けられるので、貴族もある事はあるが、それに何か落ち度があれば取り下げられる事もあるし、他の優秀な者が成り上がる事もある。


 つまり、平民でも関係なく、優秀な者は、常に上に上がる可能性を持っているのが帝国なのだ。


 その為の教育制度も、主上が帝国の隅々まで行き渡らせているので、貴族や平民の垣根は限りなく低い」


 李朱蘭は、自国の皇帝が実施をして成功し、平和になった自国の在り方が誇らしく、とても自慢げに語る。


「それじゃ、もしかして、スラムとかは、帝国にはない、とか?」


「うむ、その通りだ。戦や小競り合い、魔獣との戦いで、親を亡くす子はいる。だがそれらは、武術を教育する寺や、各所に設けられた孤児院に引き取られ、ちゃんとした教育が受けられる。


 スラム、などというさびれた場所等、帝国の何処にもない。少なくとも、私は知らない」


 李朱蘭の語る話は、まるで地上に現出した楽園、理想の国家としか思えない話だった。


 もし、ゼンが帝国に生まれていたら、少なくとも、幼き頃から食べ物や飲み物に欠く状態にはならないのだろう。そんな場所なら、あの、仮面で顔を隠し、火傷で自分を偽る少女の悲劇も……。


 ゼンは頭を振って、無意味に幸福な妄想を振り払った。考えたところで、過ぎ去った過去は変えられないのだ。


「……あ~、オホン。話が逸れたな。“四神”の事について、説明しよう。本来の“四神”は、単なる言い伝え、まじない的な話だ。都や街の四方に、“四神”の像を作り、災難除けのお守りとする様なものだ。実際、そうした像のある街は帝国にいくつもある。


 だが、主上が我等にお与え下さった、“四神”の力はそうではない。私の身体には、実際に聖獣、鳳凰が宿っている。だから、“朱雀”なのだ」


 誇らしげに言って、李朱蘭は手の平に炎を現出させる。


「南の“朱雀”は炎を司る。私はそれにより元の武人としての強さから、冒険者の最上位クラスまでに届く強さを保持しているのだ」


 ゼンは、聖獣を身に宿している、という李朱蘭の話を、何故かそのまま素直に受け止める事が出来た。


 それは、彼女から溢れ、周囲を圧倒する、見えない力の波動故でもあったし、李朱蘭の、人を偽って喜ぶ様な人柄ではない事を見ての事でもあった。


「聖獣の力を……。だから、あんなに強いんですね」


 素直な感想を口にするゼンを、李朱蘭は不思議なものを見る視線となる。


「君は……、本当に、変……いや、不思議な子だね」


「え?あれ?もしかして、今日の師匠との、朝のやり取りも、知ってるんですか?」


 ゼンが、気まずそうな、決まり悪げな顔で尋ねる。


「ああ。今日行く事は、前々からお決めになられていたから、主上は早朝からすぐに起床されて、流石に朝食を済ませてからでなければいけないか、等とおっしゃられながら、式神(シキ)から送られて来る映像を、楽し気に見ておられたのでな。私も、そのお傍で拝見していた。


 何が変、と言ったのか、ラザン殿の言葉の意味は解らなかったのだが……。


 私は、君を殺しかけた。なのに何故、そんなに平然として、私と話していられるのだ?」


「え……?う~~ん。それは、李朱蘭さんは、自分の決められた役割を果たしただけで、俺が憎くて、とかじゃないと思うので。


 話していて、私情と仕事は分ける、本当は優しい人なんじゃないかな、と感じられたから、です。多分」


 少なからず、ゼンに負の感情を持っていた李朱蘭は思わず赤面する。そんな風に、主人を守る自分の役割を、まだ幼く見える少年に認められるとは、思ってもいなかったからだ。


(歳を聞くと、発育の悪い、平凡な少年にしか思えなかったのだが、何だろうか?よく分からない、不思議な魅力を持った子だ……)


 それは、剣術の才能、等とはまったく別の要因なのだろうから、それがラザンに認められた訳ではないと思うのだが。


「そんな事より、師匠の昔の話、もっと聞かせてもらえませんか?李朱蘭さんとはどんな風に戦ったんですか?」


 自分の事を、そんな事と軽く流してしまう。やはり、不思議な少年だと、李朱蘭は思ってしまう。


「それは―――」



 ※



「お待ちください、ラザン殿!」


 李朱蘭は、そのボロを纏った男から、ただならぬ“気”を感じ、それが目的の人物だと確信した。


「……んだ、またか。平和な割に、腕試しだのなんだのとうるさい国だな……」


 振り向くその男の目には、不思議と生気を感じられない、まるで死んだ生き物の様な目をしていた。動作もどこか投げ槍で、何もかも、どうでもいいと訴えている様だった。


「先の使者に、何か失礼があったのかもしれませぬが、我らは皇帝よりの使い。貴殿を、虞・神帝陛下がお呼びになっておられるのです」


 虞麗沙(グレイシャ)は、色々な身分の世襲制を取りやめただけでなく、先帝の蛮行にも心を痛め、自らの家名を捨て、ただ己を虞麗沙(グレイシャ)とだけ呼ばせる様にしていた。


 自らの兄弟にも、家名を捨て、自分の下で働くか、国外に逃げるか(その場合、金は充分に与え、国外追放、とした)を選択させた。


 自らの血に誇りを持つ者、頑なにそれを固辞する者達は、自らが親しくする異国へと逃げたが、そのほとんどが、偉大なる皇帝に仕える事を選んだ。


 その偉業を目の当たりにした者なら当然だろう。


 東西南北の中央に降臨する、最強の神獣を宿した少女とその臣下、“四神”は余りにも圧倒的であり、恐らく、その相手が万を越える軍勢であろうと、軽く薙ぎ払える“力”を持っていたのだから。


 その偉大過ぎる皇帝に逆らうよりも、心酔してしまう者の方が多いのは、当然の成り行きだった。そうして、皇帝の兄妹、親族の何人かは皇宮で働く優秀な文官や武官となり、彼女に忠誠を誓った。


 そうして家名を捨てた皇帝の最初の一文字から、少女は虞神帝とも呼ばれる様になったのだ。


 李朱蘭の真面目な呼びかけにも、その不遜で不潔な男は何も感じなかったかの様に、大きく溜息をつき、やれやれ、と首を振ると、


「いや、王だの皇帝だの、お偉いさんなんぞに、俺は用がない。ここは通り過ぎるつもりで来た国だ。だだっ広いゆえ、通り抜けるのに時間がかかっているが、そこは気にせんでくれ」


 と歯牙にもかけない。


「我等は子供の使いではないのだぞ!断るのなら、腕ずくでも連れて行く!」


 代替わりしたばかりの“朱雀”李朱蘭は、聖獣の力を受け継いでまだ日も浅く、それ故に、その力の万能感に酔い痴れていた。


 その力を受け継ぐ為に、厳しい修行の日々を費やして来たというのに、受け継いだ力の大き過ぎる影響力に、少し自分を見失っている、そんな時期だった。


 それも、他の“四神”が指導したり、皇帝にいさめられたりして、“四神”としての自覚を持ち、それに相応しい人格形成が行われるものなのだが、その前の時期に戦うには相手が悪すぎた。


 異国、島国に閉じこもる民族の剣術に、自身の槍が劣る事などあろう筈がない。


 慢心し切った李朱蘭は、『流水』によって瞬く間に、完膚なきまでに打ちのめされた。


 槍術も、“朱雀”の炎さえも、呆気なく受け流され、自身に打ち返された物すらあったのだ。


 非の打ちどころのない、完全敗北だった。


 李朱蘭だけでなく、同行していた同門の武人、全員が、何をされたのか分からぬうちに、一人も大地に立っている者はいなかった。


 だがそれは、李朱蘭に限った話ではなかった。


 続けて派遣されて来た、“青龍”の老剣士、“白虎”の武闘家、“玄武”の怪力巨漢の大盾使い三人も、『流水』のラザンを下す事は出来なかった。


 かろうじて、玄武の盾、防御術のみが、ギリギリで仲間を守り、そして力尽きた。


 “四神”の敗北を、虞麗沙(グレイシャ)は皇宮から座視していたのだろう。


 力尽きた“四神”をしり目に立ち去ろうとしていたラザンの前に、空より現れて立ち塞がったのが、神聖皇帝・虞麗沙(グレイシャ)その人だった。


「……?妙な力を感じるが、俺の邪魔をするなら、子供とて、容赦はせんぞ……」


 声から力なき、虚ろな虚無を感じる剣士を、虞麗沙(グレイシャ)は鼻で笑う。


「容赦するのは余の方じゃ。今まで人には使った事がないのじゃは、主になら使おうてもよさそうじゃな」


 皇帝がその時使ったのは、現在のラザンが受け流した『破邪光弾』、その極大版だった。


 力を見誤ったのはラザンの方だった。


 受け流す事すら出来ずに、まともにくらったそれで、満身創痍の状態になったとはいえ、消滅せず、生きて耐え切った者は、ラザン一人のみであった。


 『流水』の防御膜が、かろうじてラザンの身を救ったのであった。


 それからしばらくは、皇宮に担ぎ込まれたラザンの闘病生活となるのであった……。










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オマケ劇場


ミ「ご無沙汰ぶりですの!」

リ「言葉の使い方違いますよ……」

ミ「細かい事はいいですの。新展開になって、ご主人様のお師匠の過去が聞ける二話目ですの」

リ「正直、私達には興味がないですが、主様は興味津々みたいですね」

ミ「ご主人様は少し聞いてたけれど、謎多き人、となってる人で、隠れファンもいるらしいですの」

リ「物好きですね。年上好みなおっさん好きには、主様の魅力は分からないのかしら」

ミ「分からなくていいですの!ライバルは少ない方が……ゲフゲフ」

リ「あ~、まあそうですね」

ル「オッサン、いい奴だお?るー、おかし、もらった事あるお!」

ミ「あ、いつのまにか時間が過ぎてたので、続きは後で、ですの!」

(アタフタ、アタフタ)


ミ「…改めって、っと。ルフはお菓子貰えれば誰でもいい人いいますの」

リ「そうね。その無防備さは、元魔物としてどうかと思うわよ」

ル「お?るー、まちがってないお!主さまだって、オッサンいい人言ってた!」

ミ「ム、そ、それは、ご主人様の先生ですし、ですの……」

リ「わ、悪い人だとは思ってないわよ……」

(グダグダ終了……)

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