第45話 洗礼と告白 3

 翌日の昼休み。今度は清人が空き教室で健次郎・善幸・一花の三人を待っていた。


 もはや五人の秘密基地と化している空き教室の中は、隙間風が入りこんで少々寒かった。


(そうか、もう11月だもんな)そう、清人は思った。


 清人がそんな風に考えていると、三人が次々と教室の中へと入ってきた。


「よう、お疲れ」健次郎が真っ先に言った。


「ああ。悪いね急に呼び出して」


「いや全然構わねえよ」


「話って何なの?」一花は尋ねた。


「いや、昨日の今日で申し訳ないんだけど、ちょっと相談事があって」


「相談?」


「うん、実は……」


 清人は三人に説明した。真子の父に、今度の日曜日に家に呼ばれていること。真子がまた勉強会をやりたがってはいるが、今後それが困難になるかもしれないことを。


 三人は真剣に話を聞いてくれた。清人が話し終えたあとも、しばらく四人で熟考した。


「……やっぱり、難しい話だよな」健次郎は沈黙を破って答えた。


「そうだね」


「それにしても、家にお呼ばれするとは凄いですな」善幸も答えた。


「そもそも何で、春川さんのお父さんは賀野君を家に呼んだんだろう?」


「だからその理由を考えたいんだよ」清人は答えた。


「なるほどな、確かに不安だよな」


「そうだね」


「彼女の家で父と話し合いって、こんなのほとんど結婚前の挨拶だろ」


「いや、そんな大袈裟な……」と善幸は答えたが、


「ああ、確かに」と一花は同意した。


 清人は正直ドキッとした。彼女の家で、彼女と父と三者面談するということは、『婚前の挨拶』のイメージが強いのも確かだったからだ。


「まあ、そんな堅苦しいものではなく、カジュアルなものかもしれないがな。でも確かに二階堂先生のことだから、そこまで求めるかもしれんな」善幸は答えた。


「『お前に娘はやらん!』とか定番のことを言われるかもな」


「ドラマかよ」


「でも二階堂先生だったらありえそうですな」


「ああ、まあな……」


 清人は考え込んだ。


 三人の目からも、清人が不安がっているのは明らかだった。いきなり『彼女の父』という彼氏側からすると最も気を遣う相手との対面が控えているのだと思うと、三人は清人に同情した。


「まあ、その、何だ。あんま上手く言えねえけど……」


「これも一つの『洗礼』だと思えば良いんじゃねえか?」


「洗礼?」


「一発ぶん殴られるのを覚悟して行けば大丈夫!」健次郎は語気を強めて言った。


「励まし方が下手か」善幸が珍しく突っ込んだ。


 そんな二人の会話を聞いて、一花は必死に笑いを堪えていた。清人も途中まで黙って聞いていたが、そんな三人の様子を見て


「はは」と笑い出した。


「……ありがとう健次郎、殴られるのを覚悟して行くよ」


「いや、そんな真に受けなくても……」健次郎は少し不安そうに言った。


「どうなるか分からないけどさ。確かに、通過儀礼というか『洗礼』であるのは確かだと思うんだ。春川さんと今後付き合っていくにあたって、二階堂先生と直談判する必要があるっていうのはずっと思っていたことだから」


「そうなの?」


「うん。春川さんのこともそうだけど、俺の思いをはっきりと伝えるべきだって思ってる。それに、遅かれ早かれ『ご両親への挨拶』っていうのはするつもりだったからね」


 清人はそう言い切った。清人の表情から、不安そうな感じが消えたのを三人は見て取れた。


「……なるほど。もう覚悟は出来たと」


「まあね」


「その、頑張ってね。応援してるから」一花は答えた。


「ありがとう、蘇我さん」


「清人! その、前俺が言ったこと覚えてるか?」


 健次郎は急に口を挟んだ。


「何?」


「こうやって蘇我さんや春川さんと集まったりする前よ、『春川さんと釣り合うのはお前だけだ』って言っただろ?」


「ああ、そういえばそう言ってたね」


「あの時の言葉は、今でも変わらないっていうか……その、ちょっと恥ずかしいんだけどよ」


「何?」


「何て言うのかな、春川さんにはお前しかいないって思うんだよ」


「え?」


「こんなことを言うのはオーバーかもしれないけどよ、もう『釣り合う』とかじゃなくて、清人と春川さんは、お互いが『唯一無二の存在』なんじゃないかって思ってる。代わりがいないっていうか」


「二人はどう思う?」健次郎は善幸と一花に尋ねた。


「ああ、それは正直同意する」


「そうだね。私もそう思う」


「……だから清人、胸を張って二階堂先生に伝えて良いと思うんだよ。春川さんへの思いをよ」


 清人は黙って聞いていた。


 清人は正直驚いていた。当初から三人は自分たちを応援してくれていたが、ここまで自分たちを気にかけてくれて、評価してくれたのだと考えると清人はもう何も言えないくらいに嬉しかった。


 清人はしばらく黙っていたが、


「ありがとう、三人とも」とはっきりと言った。


「俺は、三人と友達で本当に良かったよ」


 清人はなおはっきりと、言い切った。


「何照れ臭いこと言ってんだよ」


「そうだよ」


「お互い様だろ」清人は答えた。


 四人は笑い合った。そして清人は、この空間に真子と一緒に居たいと、改めて思えた。

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