第42話 二人の銀河鉄道 6
清人はいつまでも真子を強く抱きしめていた。一体どれくらいの時間が経ったのか? それすらも清人は分からなかった。
清人は咄嗟に真子を抱きしめていた。なぜかは分からないが、このまま真子が立ち去ってしまったら、二度と会えないような気がした。
清人はそもそも真子に触れるのは初めてだった。今まで手すら繋いだことが無かったのに、今こうして真子を抱きしめている自分が不思議だった。
(暖かくて、柔らかい……)
真子を抱きしめた清人は、真っ先にそう思った。
温泉上がりだったからであろうか? 真子の髪からはとても良い匂いがすると清人は思った。綺麗で艶のある髪からとても良い匂いがして、その匂いを嗅ぐだけでも清人の頭はクラっとした。
美しい髪、艶やかな匂い、暖かい体温に、細くて柔らかい身体……。
自分は今、真子の全てを感じていると清人は思った。
この感覚は不思議であった。清人はそもそも、自分を『男性』だと意識することは少なかった。
清人にとって『男』や『女』といった区別はあまり意味が無く、どちらも尊い、愛すべき『人間』として皆を愛していたし、それが自分の信念でもあった。
でもこの時の清人は違った。あくまで自分は『男』で、そして真子は『女』だったのだと。こうして真子の華奢な身体を抱きしめることで、清人は改めてそう実感した。
この華奢で暖かい真子を、自分は護りたい。離れたくない、そばにいて欲しい。そう、清人は思った。
(特別な愛)
清人は、この言葉を思い出していた。
抱きしめられている間、真子はただ黙っていた。あくまで黙ったまま、清人の胸に抱かれていた。
しばらく沈黙があった後、清人は真子の肩を掴んで、少し身体を引き離した。
清人は真子の肩をがっしりと両手で掴んで
「春川さん、好きだ」
はっきりとした口調で、そう言った。
そこからしばらく沈黙があった。いやしばらくと言っても十秒ぐらいだったが、清人には無限の時間に感じられた。
「……賀野君」
「少し、屈んでくれる?」そう、真子は言った。
真子の目はどこまでも真っ直ぐだった。清人は言われるがまま屈んだ状態になった。
すると急に、真子は清人の身体を強く抱きしめた。
清人はびっくりした。真子が、その細く柔らかい腕で、自分を包み込むように抱きしめてくれたからだ。
さっきとはまるで正反対の状態に二人はなった。今度は真子が、清人をしっかりと抱きしめていた。
清人は咄嗟のことだったので身動きもできず、ただただ真子の胸に抱かれた。真子の匂い、柔らかさが、さっきよりも強く感じられた。
「私も好きよ、賀野君」
清人を抱きしめた状態で、真子は言った。
清人は顔を上げて真子の表情を見たかったのだが、それは許さないとばかりに真子は清人を強く抱きしめた。
(いつかこの人の照れ顔が見たい)
そう思ったかつての自分を清人は思い出した。ただ、ここまでして真子は表情を見られたくないのであれば、
(見られなくても、良い)
そう、清人は思った。
清人は、真子に抱きしめられた状態のまま、真子をまた抱きしめた。
清人は、お互いが助け合い、護り合っていくことが大事なのだと思った。だからこそ、清人は真子をまた強く抱きしめ返した。
「好きだ、春川さん」
「私も好きよ、賀野君」
二人は抱き合った状態で、いつまでもお互いの愛を確認していた……。
……しばらく経った頃、駐車場に誰かが向かってくる足音が聞こえた。
二人はパッと元の状態に戻った。駐車場には一組のカップルが来て、二人に軽く挨拶をして横を通っていった。
二人は夢の世界にいたような感じであったが、これで少し現実に戻ったような気がした。
しかし清人は、カップルが自分たちを通り過ぎたのを確認すると、真子の手を握った。
真子は清人の表情を見た。清人の顔は、残念ながら赤くなっていたかどうかは分からなかった。
「……一緒に、帰ろうか」清人は静かにそう言った。
「ええ」真子も静かに答えた。
二人は箱根湯本駅までの道を、手を繋ぎながら、静かに歩き出した。
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