第39話 二人の銀河鉄道 3
「え……?」
清人は戸惑いの表情を見せた。
「本当にごめんなさい」
「いや、春川さんが謝ることじゃないよ」
清人はそう言ったが、真子の申し訳なさそうな表情は変わらなかった。
「だけど、何で?」清人は尋ねた。
「この前、お父さんと話し合うって言ったでしょう?」
「うん」
「昨日それで話し合ったのだけど、お父さん怒ってしまって……それでまた、車で送り迎えをするって」
「怒ったって、何で?」
「まだ高校生なのだから、あまり勝手なことをするなって。この前の勉強会も、お父さんは女性だけだと思っていたみたいだから、男子が三人いたことを話したら、それで怒ってしまったの」
「そんなことで……」
「ごめんなさい。私がもっと上手に話せたら良かったのだけど」
「いや、そんなことないよ」
清人はそう言ったが、正直言って、真子の父のあまりの厳しさに驚いた。
(娘が大事なのは分かるけど、何でそこまで……)
清人は真子の父について色々と考えた。すると
「今後はそういう勉強会とかにも参加するなって、お父さんが」真子は静かに言った。
「そんな!」
「来月から家庭教師をつけて、家でのみ勉強するようにって言われたの」
「それって、夜とかに外出をしないようにってこと?」
「おそらくそういうことだと思うわ」
清人はまた色々と考えた。考える中で、テストの出来に非常に喜んでいた一花や健次郎の笑顔を思い出した。
「……だけど、蘇我さんや健次郎だって、春川さんに勉強会で教えてもらったことを凄く感謝していたんだよ。春川さんのお陰だって」
清人はそう言ったが、真子は押し黙ってしまった。
二人の間にはしばらく沈黙が流れた。とても重たく、無限とも思える時間だった。清人はしばらく考えていたが、意を決して
「……春川さんはそれで良いの?」そう尋ねた。
「え?」
「春川さんだって、勉強会や一緒に帰るのを楽しいって言ってくれてたじゃないか」
「俺だけじゃない。蘇我さんも、健次郎も善幸も、春川さんと一緒に遊んだり帰ったりするのを楽しいって思っているはずだよ」
「……上手く言えないけど、このまま五人で集まることが出来なくなってしまうのは、俺は嫌だ」清人はきっぱりと言い切った。
真子は黙って聞いていたが、しばらくして
「それは、私も同じ気持ちよ」そう言った。
「私も、みんなと一緒に遊びたい。また勉強会をして、温泉旅行に行って、五人で一緒に帰りたい」
「だったら」
「でも、仕方無いじゃない」
「え?」
「……仕方無いのよ。私はまだ高校生で自立している訳でもない。それに、お父さんを困らせるようなことはしたくないの」
(……仕方無いって何だよ)清人はそう思った。
だが、真子があまりにも寂しげな感じでそう言うので、清人は何も言えなくなってしまった。
清人は、数日前に屈託の無い笑顔で「お父さんなら分かってくれる」と言った真子の姿を思い出した。
でもその姿を知っているからこそ、今こうして寂しげな表情をしている真子の姿を見るのは辛かった。
清人は目の前で落ち込んでいる真子の姿を見て、ある感情が出てきていた。
(二階堂先生は、春川さんをそこまで束縛して、どうするつもりなんだ)
それは真子の父・二階堂栄一に対する憤りの感情であった。いやこの時の清人は、真子の父だけでなく、自分の父と重ね合わせて『身勝手な父』の存在そのものに憤りを覚えていたのかもしれない。
温厚な清人にとっても、身勝手で子どもを振り回す親の存在は、とても割り切ることができない思いがあった。
そもそも清人は、二階堂栄一のことは尊敬していた。数々の社会派小説を手がけ、ノンフィクション作家の重鎮として君臨する大先生として。
多少過保護ではあっても、娘思いで娘に良い影響を与えている、立派な父親だと。
それに清人は、真子が数日前に自分に見せてくれた、父に対する愛情と信頼をよく知っていた。
だからこそ真子は門限を守り、自由に旅行や外出をしたい望みを抑えて、父の言うことに従っていたのではないか? そう清人は思った。
その娘からの愛と信頼を顧みず、ちょっとした自由も許さないで自分の都合を押し付けるだけの父に清人は失望した。
(春川さんがどんな思いでお父さんに直談判をしたのか、分かってるのか?)清人はそう考えた。
清人が真子の父についてあれこれ考えていると、ふいに真子は
「……私も、みんなで温泉に行きたかったな」そう言った。
この時の真子の言葉は、特に深い意味は無く自分の思いをただ口にしただけであった。
あくまで自分の感情を率直に吐き出しただけであった。
だが清人は、その言葉を聞いて一つの決心をした。のちに何度も思い返して「なぜそんなことを思ったか分からない」と何度も自問自答してしまうような、一つの決心を。
「……春川さん」
「何?」
「今から行こうよ、温泉」
「え?」
「電車で通学するのは今日で最後なんでしょ? それだったら今日、反対の電車に乗って箱根に行こう」清人は真っ直ぐな目で言い切った。
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