第38話 二人の銀河鉄道 2

「言い辛かったら言わなくても良いわよ」真子は言った。


 真子に必要以上に気を遣わせているのを感じ、清人は少し申し訳なさを感じた。


「いや、大丈夫だよ」清人は答えた。


「本当に?」真子は真っ直ぐ清人を見つめた。


「いや…まあ正直言うと、上手くはいかなかったかな……」


 清人は照れたような笑みを見せた。それが無理をしての笑みだということに、真子はすぐに気づいた。


「いや色々と話したんだけどね。流歌や真理亜のことについてとか……でも、やっぱり父さんとは合わない部分が大きいなって」


「価値観の相違ってこと?」真子は尋ねた。


「まあね。流歌や真理亜のことについて一言父さんに言ったんだけどね。やっぱり、親子だからといって合う合わないはあるんだなって」


「そうね」


 清人は内容についてはあまり詳しく話せなかった。父の不倫など、とても真子に聞かせられないと思ったからだ。


「まあでも良かったよ。真理亜にも会えたし、父さんにも言いたいことは言えたと思う」


「それなら良かったわ」


 会話が終わった後、二人の間には沈黙が流れた。お互いにどんな風に話を振れば良いのか、分からなくなってしまっていた。だが、しばしの沈黙の後


「でもね」と真子は口を開いた。


「とても立派だと思うわ。お父様の言う事をただ聞くだけでなく、自分の意見をはっきり述べたのだから」


「いや、そんな……」


「私はまだ言えてないもの」


「何を?」


「以前言ったでしょ? 私もお父さんと話す予定だって」


「ああ」


 清人は思い出した。真子が以前、真子の父・二階堂栄一先生に自分のことや今後のことについて話し合いたいと言っていたことに。


「あなたは立派よ。わざわざお父様のところに出向いて、妹さんのために物申したのでしょ?」


「いや、そんな大層なことじゃないよ」


「私なんか一緒に住んでいてお父さんが在宅していることも多いのに、全然話せてないもの」


「いや、いざ話そうと思っても凄く勇気いると思うよ。俺だって向こうから呼び出されたから言う機会があっただけで、こっちから自発的に言ってやろうとは全く考えてなかったから」


 清人がそう言うと、真子はまた何か考えているように沈黙した。しばらく沈黙したかと思うと、清人の方へ顔を向け


「私も今度勇気出して言ってみるわ」そう言った。


「本当?」


「ええ。あなたに負けてられないもの」真子はまた悪戯っぽく微笑んだ。


「私のお父さんはね、凄く頭の良い人なんだけどちょっと心配性で考えが古いところがあるのよ」


「そうなんだ」


「でも頭の良い人だから、私の言うことも分かってくれると思う」


 清人は真子の屈託の無い笑顔に見入っていた。その笑顔には父への愛と信頼が大きくあるように思えた。


 清人としては少し羨ましくもあったが、彼女が思い詰めるような表情で決意するようなことがなくて良かったと少し安心した。


 そんなことを話している内に電車は大船駅に到着した。二人はホームに降りて改札の方へと向かっていった。


 ……それから数日後。また通常通りの授業が始まり、清人のクラスでは全てのテストの答案が返された。


「おい聞いたか?」突然健次郎が清人の席に来て言った。


「聞いたかって、何を?」


「蘇我さんめっちゃテストの順位上がってんの」


「ああ、そうだったね」清人は淡々と答えた。


「あれ、あんま驚かねえな」


「いやだって前一緒に帰った時に『凄くよく出来た』って本人が言ってたから」


「ああ、そうなのか」


「それに、健次郎も結構上がってたじゃん」


「まあな」健次郎は自慢気に答えた。


「いや本当に、あの勉強会様様だよ。お陰で親父が新しいバットを買ってくれることになった」


「へえ、良かったね」


「本当、場所を提供してくれた清人には感謝してるよ」


「別に大したことじゃないよ」


「それと、春川さんにもお礼言わないとな」


「春川さんに?」


「ああ。正直、春川さんが教えてくれたからここまでテストが出来たと俺は思ってる。あの人教え方上手いんだよな」


 清人は健次郎が一花と同じことを言っていることに驚いた。清人は勉強会の時にあまり真子から教えを受けることがなかったので、そのことを少し後悔した。


 その日の放課後。清人と真子は二人で帰っていた。


「健次郎と善幸も最近部活ばかりだよ」清人は言った。


「そうね。蘇我さんも委員会の仕事が忙しくなっているみたい」


「テストも終わったからかな」


「おそらくそうでしょうね」


「寒くなってきたしね。本当温泉に行きたい気分だよ」


「そうね」


 清人はいつも通り話していたが、ふと真子の異変に気づいた。真子がいつもよりも若干元気が無い印象を受けたからだ。


「どうしたの? 何か調子悪い?」


「いえ、大丈夫よ」


「なら良いけど。無理しないでね」


 清人がそう言って歩いていると、ふと真子は立ち止まった。清人はすぐに真子が立ち止まったことに気づいた。


「どうしたの?」


「あのね……」


 真子は少し考えていた。そして、とても言い辛そうに


「……ごめんなさい。私は明日から、また車で通学することになるの」静かにそう言った。

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