第34話 特別な愛 2

 清人は自分の部屋で本棚を探った。するとすぐに『宮沢賢治詩集』は見つかり、清人はベッドに寝転がってページを開いてみた。


 清人は『宮沢賢治詩集』を読むのは初めてではなく、『永訣の朝』も好きな作品であった。だが清人にとって宮沢賢治とはあくまで『童話作家』のイメージが強かった。


 清人は『春と修羅 第一集』の『永訣の朝』のページを開いた。


・・・きょうのうちにとおくへいってしまうわたくしのいもうとよ

みぞれがふっておもてはへんにあかるいのだ

   (あめゆじゅとてちてけんじゃ)


・・・ああとし子

死ぬといういまごろになって

わたくしをいっしょうあかるくするために

こんなさっぱりした雪のひとわんを

おまえはわたくしにたのんだのだ

ありがとうわたくしのけなげないもうとよ

わたくしもまっすぐにすすんでいくから

   (あめゆじゅとてちてけんじゃ)


・・・おまえがたべるこのふたわんのゆきに

わたくしはいまこころからいのる

どうかこれが天上のアイスクリームになって

おまえとみんなとに聖い資糧をもたらすように

わたくしのすべてのさいわいをかけてねがう


 清人はあっという間に読み終えてしまった。


 清人はまたさらに詩集を読み進めた。賢治が妹の死を悼んだ詩は『永訣の朝』が一番有名であるが、それ以外にも色々な詩があった。


 その中でも『青森挽歌』は特に清人の心を打った。


・・・あいつはこんなさびしい停車場を

たったひとりで通っていったろうか

どこへ行くともわからないその方向を

どの種類の世界へはいるかもしれないそのみちを

たったひとりでさびしくあるいて行ったろうか


・・・もうじきよるはあけるのに

すべてあるがごとくにあり

かがやくごとくにかがやくもの

おまえの武器やあらゆるものは

おまえにくらくおそろしく

まことはたのしくあかるいのだ

     《みんなむかしからのきょうだいなのだから

      けっしてひとりをいのってはいけない》

ああ わたくしはけっしてそうしませんでした

あいつがなくなってからあとのよるひる

わたくしはただの一どたりと

あいつだけがいいとこに行けばいいと

そういのりはしなかったとおもいます


 清人は『青森挽歌』を読み終えると、そこから3分ほど余韻に浸った。


(冷たい美しさが、ある)清人はそう思った。


 どう表現するのが適切かは分からないが、どこか良い意味で冷たい、切ない美しさが『青森挽歌』にはあると思った。


『銀河鉄道の夜』にも同様の美しさはあるが、『青森挽歌』は実際に亡き妹の思いを表した詩であるから、やはり真に迫るものがあると清人は思った。


 清人は宮沢賢治とトシの『兄妹』の関係について深く考えてみた。


 この二人の兄妹の形に、清人はいたく共感できた。自分に置き換えても、兄としての妹への思いが率直に書かれていると。


 しかし、周りの兄妹の人に話を聞くと、必ずしもそうでないことは理解していた。


 そもそも『兄と妹』という兄弟構成は、男からも女からも羨ましがられることが多かった。


 なるほど確かに国民的アニメや漫画なんかでも『兄と妹』という兄弟構成は多かった。でも実際に妹のいる自分としては、少年漫画のような『頼れる兄』や『優しい姉』に対する憧れがあった。


 一回、健次郎と善幸に「兄や姉がいるなんて羨ましい」と言ったことがあった。


 二人からは異口同音で「何言ってんだ。妹の方が羨ましいよ」と言われた。


 二人曰く、兄や姉などは弟のことを奴隷のように扱うし、お下がりばかりで大変だったと言っていた。それを聞いて清人は納得した。


 なるほど兄弟というものは特に『無いものねだり』をしやすいのだろうなと思った。


 妹がいる人は姉がいる人を羨ましいと思うし、逆も然りだった。どんな兄弟構成でも気苦労はあり、他の兄弟構成の人に幻想を抱く部分があるのだろうと。


 また同じ『兄妹』という形でも、様々な形があることを知った。兄がいる、妹がいるクラスメートの男女に色々と兄妹トークをしたことがあったが、それぞれ兄への思い、妹への思いはてんでバラバラだったことに驚いた。


 まるで恋人同士のような兄妹もいたし、ここ数年全く会話していないと言うくらい仲の悪い兄妹もいた。他の兄弟でもそういうのはあるのかもしれないが、『兄妹』の人は特にその振れ幅が大きい気がした。


 今日は皆に妹の写真を見せて健次郎から「シスコン」と言われてしまったが、そう言われるのは清人は初めてではなかった。


 中学時代に国語の授業で『永訣の朝』を読む機会があったが、清人はその内容にいたく感動し、友人にそのことを熱く語ることがあった。


 その時友人から「あれってシスコンの詩じゃん」と言われたことがあった。


 その言葉に清人は驚いた。友人は悪意で言ったことでないのは分かっていた。だが他の人にとって、『永訣の朝』はそう受け取られる場合もあるのだという事実にただ驚いた。


 どうやら一般的な兄というのは、あそこまで深く妹のことを思慕しないものらしい。


 しかしそう考えると、宮沢賢治の妹への思いに色々と憶測が出てくるのも理解できる気がした。


 清人は宮沢賢治に『近親相姦説』が出ていたことについて、また深く考えてみた。

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