第33話 特別な愛 1

 翌日の日曜日。清人の家ではテスト前の第二回の勉強会が開かれていた。


 日曜日なので朝から勉強会は行われていて、途中昼休憩を挟みつつもすでに時計は昼の3時を指していた。


「……そろそろ休憩するか?」健次郎は言った。


「そうだな。ちょうど3時だし、軽く何か食べようか」


 清人は台所の棚からお菓子を取り出した。前回の反省を踏まえ、お菓子は大量にストックしていた。


 五人は机を囲んでお茶とお菓子を食べ始めた。第二回ということもあって、以前よりも和やかに、リラックスした雰囲気であった。


「いや~今日は勉強が捗りましたな!」善幸は言った。


「まあな。やっぱり家で一人でやるより捗るわ」


「五人いるとお互いの苦手な部分を補い合える感じがするよね」一花も答えた。


 五人はこんな風に今日の勉強のことや明日のテストのことについて話し合った。そして話題は清人の話に移っていった。


「そういえば今日は流歌ちゃん来ないの?」一花は尋ねた。


「ああ、流歌はそんな頻繁に来ないよ。家に戻ってくるのは大体月一ペースだね」


「そうなんだ。厳しい寮なの?」


「いや、単純に遠いからじゃないかな。横浜だけど、バスや電車に乗り換える必要があるから」


「そっか」


「厳しかったら、あんな髪色にしてないよ」


「確かに! 茶髪で垢抜けた雰囲気でしたな!」善幸が口を挟んだ。


「いやこの前清人にスマホで写真見せられた時は、黒髪で普通の中学生って感じだったからあの垢抜け具合には驚いたよ」健次郎も同意した。


「え、スマホに流歌ちゃんの写真があるの?」


「え、うん」


 清人は自分のスマホを取り出して、一花に写真を見せた。そこには健次郎の言った通り、中学時代の流歌の写真があった。


「へえ~可愛いね!」


「本当ね。可愛らしいわ」


 一花と真子は写真をまじまじと見つめていた。


「……しかし清人、お前って若干シスコンだよな」


「え、何でそんな話になるんだよ」


「いや普通、妹の単体の写真をスマホに保存してないって」


「そうなのかな……」


「確かに、兄弟の写真って集合写真ならともかく単体ではあまり持っていないかもしれないな」善幸も同意した。


「まあ俺の場合男兄弟しかいないから、異性の兄弟の事情とか分からないけどな」


「徳井君って男兄弟なの?」一花は尋ねた。


「ああ、俺は上に兄が二人いる」


「そうなんだ。私は下に弟が一人だな」


「俺は上に姉が一人いるぞ!」善幸も口を挟んだ。


「あれ、そうなると俺には妹が二人いるし、春川さんは一人っ子だから……」


「全員兄弟構成がバラバラなのね」真子は静かに言った。


「本当だ! いやこれは世紀の大発見ですな!」善幸は叫ぶように言った。


「いちいち大袈裟なんだよお前」


「いや単純に面白いじゃないか! 清人には妹がいて、俺には姉がいて、健次郎には兄がいて、蘇我さんには弟がいて、春川さんは一人っ子。五人集まってこうなる確率なんて数%も無いぞ多分」


「まあそうだな」


「そう考えると、皆それっぽい性格してるかもね」一花も答えた。


「そう言われると確かにな。清人の妹がいる兄っぽさは凄いよ」健次郎も同意した。


「え、そうかな」


「それは俺も思う! 清人の『兄らしさ』は他の追随を許さないと常々思っている!」


「普段俺をどう思ってるんだよ」


 四人は笑った。


「……清人の『兄らしさ』は、やはり宮沢賢治の影響があるのか?」善幸は尋ねた。


「いや、別にそういう訳では無いと思うけど……」


「どういうこと?」一花は尋ねた。


「宮沢賢治は五人兄弟の長男で、下に弟が一人と妹が三人いるのよ」真子が口を挟んだ。


「へえ、そうなんだ」


「ああ、そういえば宮沢賢治って妹に対する詩があったよな」


「『永訣の朝』ね。あれは24歳で亡くなった賢治の二つ下の妹・トシの死を悼んで書かれた詩なの」


「そうだね。俺はやっぱ妹がいるから、『永訣の朝』とかはかなり賢治に感情移入してしまうな。そういう意味では宮沢賢治の影響ってあるのかもしれないね」清人も答えた。


「……なるほど。やはり兄弟構成というのは、性格や趣味嗜好に大きく影響を与えるものなのだろうな」


 善幸は少し考えてからそう結論付けた。


「俺も姉の影響で少女漫画とか色々読んできたからな。無意識に姉弟の弟っぽさは出ているのかもしれない……」


「でもこの中で兄弟構成が一番それっぽくないのってお前だぞ」健次郎は突っ込んだ。


「何ですと!」


 善幸はずっこけたが、他の皆は納得の感じで相槌を打っていた。


 五人はこんな会話を続けていたら、時計の針はすでに5時を指していた。結局また、勉強をする雰囲気は無くなってしまっていた。


「……じゃあお開きにするか?」健次郎は尋ねた。


「健次郎、そんなに勉強したくないか」今度は善幸が突っ込んだ。


「いやそういう訳じゃないけどよ。今日は結構勉強できたじゃんか……」


「そうだな。今日は勉強が捗ったから、あとはテスト前に軽く見直す感じで大丈夫だと思うよ」清人は答えた。


「ほら、清人もこう言ってる訳だしさ」


「まあ清人が言うならしょうがない。今日はここまでにするか」


「そうだね」


 こうして五人は後片付けを始めた。家具を元の位置に戻し、それぞれの勉強道具を自分の鞄にしまった。


「じゃあな清人」


「明日のテスト頑張ろう!」


 四人はそれぞれ挨拶をして帰っていった。


 清人は四人を玄関先で見送った後、ふとさっきの話を思い出した。


(『永訣の朝』か……久しぶりに読んでみようかな)


 清人はそう思うとすぐに自分の部屋へと向かっていった。

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