第27話 一変聖人エデン 3

 四人は次に本棚を見た。本棚には多くの本があり、時々漫画もあった。


「……やけに難しい本ばかり読んでるね」


「『論語』が本棚にある高校生って凄いな」


「あら、普通じゃないの?」


「いや春川さん、多分普通じゃない」


 四人は本棚をざっと見てみた。宮沢賢治やトルストイなどの古典文学、ボランティア関係の本が多くあるように見えた。


「何だあれ、『自由への大いなる歩み』って」


「キング牧師、マーティン・ルーサー・キングの自伝的な本ね」真子は答えた。


「ああ、そういえば清人はガンジーとかキング牧師が好きだったな」


「そうなんだ。さすが聖人」


 四人は本棚を大体見終わると、ベッドの方を見た。ベッドの上には読みかけの本が何冊か置いてあった。


「何かやけに付箋が貼ってある本があるな」


「……『宮沢賢治全集』?」


「本当だ。随分分厚い本だね」


「どんだけ宮沢賢治が好きなんだよ」


 真子は枕のすぐ横に置いてあるその『宮沢賢治全集』を見た。その全集には『書簡』の文字があった。


「『書簡』ってことは手紙?」


「確か春川さんとデートした時、宮沢賢治の手紙について話したって……」


 一花はそう言った途中でハッとした。真子本人の前で言うことでは無いと思ったからだ。


 しかし真子はその付箋だらけの全集をじっと見ていた。心なしか、とても嬉しそうな顔をしていると一花は思った。


「うーむ、ベッドで寝る前に宮沢賢治の手紙を読む高校生か……」


「いや、そんな高校生がいても良いんじゃね?」


「別に悪いとは言っていない。ただ変わっているなと」


「まあ清人らしいよ」


 真子と一花が黙って見ている間、健次郎と善幸はそんな会話をしていた。すると突然「ピンポーン」とチャイムが鳴り響いた。


「やばい、帰ってきた!」健次郎は慌てた。


「ちょっと待ておかしくないか? 自分の家に戻ってくるのにチャイム押すか?」


「ああ、確かに……」


「お客さんかな?」一花は言った。


 四人は清人の部屋を出て玄関に向かった。玄関先に着くと同時にドアが開き、四人は一瞬ビクッとなった。


 ドアが開いた先には一人の女性が立っていた。ウェーブのかかった茶髪姿の女子高生で、他校の制服を着ていた。


「えーと……どちら様ですか?」外の女性は尋ねた。


「あ、すいません。私達は賀野清人君の友人なんですけど……」一花は答えた。


「ああ、お兄ちゃんの!」


「お兄ちゃん?」


「私、妹の流歌るかって言います」


 明らかにほっとした感じで彼女は言った。


「ああ、君が流歌ちゃんか!」健次郎は答えた。


「お兄ちゃ…兄はいますか?」


「いや、今買い物に行ってる」


「そうですか」


「とりあえず中に入ったら?」


「あ、お邪魔します」流歌は答えた。


 お邪魔してるのはこっちなんだけどな、と健次郎は思った。


 流歌は玄関先で靴を脱ぎ、四人と共にリビングへと向かっていった。


 流歌はすぐにリビングのソファーに腰かけた。四人もそれぞれ椅子に座っていった。


「今日来ること、兄にはLINEで知らせたんですけど」


「そうだったんだ」


「ごめんなさいね、驚いたでしょう」真子は言った。


「なんせ自分の家に帰ってきたら見知らぬ男女四人がいる訳ですからな……いや本当申し訳ない!」善幸も答えた。


「いえ全然大丈夫です!」


 そんな会話をしていると、今度は玄関のドアを開く音が聞こえてきた。


「お、本当に帰ってきたっぽいぞ」


 清人は買い物袋をぶら下げてリビングに入ってきた。流歌は清人の顔を見るなり


「お兄ちゃん!」と叫んだ。


「流歌! どうしてここに? 今日は8時くらいに帰ってくるんじゃなかったか?」


「ごめん、予定が無くなって少し早く来ちゃった」


「そうか。言ってくれれば良かったのに」


「二時間前くらいにLINEしたよ」


「あ、本当に? ごめん」


 清人はそう言いながら机の上にコンビニの袋を置いてお菓子類を広げた。


「ごめん皆、コンビニが結構混んでて時間かかった」


「いやいや、むしろ好都合だった」


「好都合?」


 健次郎は清人の見えない位置で善幸を肩パンした。


「好都合っていうのは……流歌ちゃんと少し話せたからな」健次郎はフォローを入れた。


「そうなんだ。そういえば流歌とは皆会ったことなかったよね」


 清人がそう言うと、四人は頷いた。


「じゃあ流歌、挨拶を」


「あ、うん。改めまして賀野流歌です。よろしくお願いします」


 流歌の挨拶が終わると、四人はそれぞれ挨拶をした。


 挨拶を終えた後は、六人でお菓子を食べながら色々と話をした。流歌の高校のこと、清人との昔話などを。


 流歌は先輩四人に囲まれながらも物怖じせず話していた。明朗で快活な流歌を中心に、会話は弾んでいった。


 六人は会話に夢中になり、気づけば時計の針は6時を指していた。


「あ、そうだテスト勉強」


 清人は思い出してそう言ったが、すでに場の雰囲気はテスト勉強をやる空気では無くなっていた。


「……じゃあ今日はこれでお開きにするか?」健次郎は言った。


「そうだな、最初の時間で結構勉強はできたし」善幸も同意した。


「いやいや、そういう訳にもいかないだろ」


「二人はそれで良いの?」清人は真子と一花に尋ねた。


「私は別に構わないわ」


「うん、そろそろ帰った方が良いかも」


 二人が案外大丈夫そうな感じだったので、清人は面食らった。そんな清人の様子を見て


「また今度第二回の勉強会をしましょうよ」と真子は言った。


「ああ、まあ……」真子がフォローを入れて、清人は渋々同意した。


 こうして四人はそれぞれの荷物を持ち、玄関先へと向かった。玄関のドアを開けると、外はすでに暗くなっていた。


「じゃあまた第二回で会おう!」善幸は言った。


「またね」


「じゃあな」


 四人は次々に挨拶をして、帰っていった。家の中では清人と流歌がポツンと残された。


「……ふう、悪いな流歌。ちょっとバタバタして」


「いや大丈夫だよ」


「まあでも良かったよ。健次郎や善幸は流歌に会いたがってたから」


「うん……」


 二人きりになってから、流歌は少し元気が無いようだったので


「どうした?」と清人は尋ねた。


「あのね、お兄ちゃん」


「うん」


「お父さんが……今度の土曜日に家に来れないかって」


 とても言いにくそうな感じで、流歌は言った。

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