第17話 鎌倉のジョバンニ 3

 翌朝、清人は学校に登校した。クラスに到着するとクラスメートが数人と、真子の姿があった。


 清人はイマイチどう声をかけて良いか分からなかった。昨日のデートのことは今でも新鮮に思い出せるが、だからこそ今日どんな感じで挨拶をすれば良いか分からなくなっていた。


(まあ、あれこれ考えても仕方ないか)


 清人はそう思い、真子の席に近づいた。


「おはよう、春川さん」


「おはよう、賀野君」


「昨日は楽しかったよ」


「私もよ。ありがとう」


 真子の雰囲気は気のせいか幾分柔らかくなっている感じがした。


「昨日帰った後、読んでみたよ」


「何を?」


「宮沢賢治の保阪嘉内あての手紙」


「え、そうなの!」真子は急に声が大きくなった。


「どうだった?」


 真子はとても期待しているような目で清人を見つめた。


「いや凄かった……何か凄いとしか言えないけど」


「そうよね、あの熱量はかなりのものだと思うわ」


「俺は宮沢賢治といったら童話と詩ぐらいしか読んでなかったから、賢治の意外な一面を見ることができた感じで面白かったよ。教えてくれてありがとう」


「それは良かったわ」真子はとても満足気な笑顔だった。


「……春川さん」


「何?」


「宮沢賢治にとって保阪嘉内ってどんな存在だったのかな?」


 清人はどうしても、これに関する真子の見解が気になっていた。


「……難しい質問ね。ただの『友情』と表現するには特殊すぎる感じだしね」


「そうなんだよ」


「宮沢賢治には『同性愛説』もあるからね。友情を越えた何かがあったのかもしれないわ」


「え、そうなの?」


「そうよ。知らなかったの?」


「いや初耳だ」


「賢治の愛はとてもナイーブでプラトニックだから、そういった説が出るのも分かる気がするわね」


「なるほど……」


 清人は考え込んだ。確かに賢治と嘉内の友情は、親友と恋人の間のような、嫌な例え方をするとメンヘラストーカー彼女の彼氏に対する執着のような、微妙な部分があった。


 安易に『同性愛』と断定はできないが、真子の言う通りそういった説が出るのも分からないではない説得力があった。


「……賀野君」


 真子は急に清人の方に顔を近づけた。急だったので清人はドキッとした。


「今度の日曜日、極楽寺に行きましょう」真子は清人の耳元で囁いた。


「極楽寺って鎌倉の? めっちゃ地元じゃん」清人も小声で答えた。


「地元だけど江ノ電を使わないと行けない場所なのよね……まだ行けてなくて、あなたと一緒に行きたいわ」


 正直、そんなことを言われると行かない理由は無かった。清人は少し考えて


「分かった、あとでLINEする」と答えた。


 それだけ話すと、清人は自分の席に戻っていった。ただ自分の席に戻ると、そこには健次郎と善幸、さらには一花の姿があった。


 ふと時計を見ると、どうやら真子とは10分以上話し込んでしまっていたらしかった。


「清人、ちょっと来てもらおうか」健次郎は言った。


 こうして清人は三人に連行される形で近くの空き教室へと向かっていった。


(……何か俺って連行されることが多いな)清人は考えた。


 近くの空き教室へ入ると、いきなり三人から質問責めをくらった。


「清人、さっき春川さんと何を話してたんだ?」


「春川さんと何かあったの?」


「清人! 正直に答えろ!」


 三者三様に質問されて清人は戸惑った。


「何って……別に趣味の話とかだよ」


「嘘つけ! ただの趣味の話であんな長時間話す訳ないだろ、しかもあんな顔で!」善幸は問い詰めた。


「あんな顔?」


「いや正直、私は春川さんのあんな顔見たことない。あんな楽しそうな笑顔……」一花が口を挟んだ。


「急に呼び出して悪い。ただお前と春川さんの雰囲気が、今日は何か明らかに違ってたから気になったんだよ」健次郎も答える。


(明らかに違ってたのか……)そう清人は考えた。


 意識したつもりはなかったが、こうして三人にも目に見えて分かるほどお互いの雰囲気が違かったのか、と清人は思った。


「いや、別に普通だよ」清人はあくまで平静を装った。


「趣味の話って何だよ」健次郎が尋ねる。


「いや、昨日春川さんと宮沢賢治の話とかしてて、そのことを……」


「昨日? 昨日って日曜では?」善幸は逃さなかった。


 しまった、と清人は思った。


「昨日春川さんと会ったの?」


 一花からも質問を受けて、清人はもう隠せないと考えた。


 しばらく葛藤があったが、清人は話した。昨日真子と山下公園でデートしたこと、氷川丸の船内見学をして、宮沢賢治や杉原千畝の話をしたことなど……。ただ真子が自分にだけ見せる顔については言わなかった。


 それらの話をしている間、三人は真剣に聞いてくれた。全て聞き終わった後、健次郎は清人に軽く肩パンした。


「言ってくれれば良かったじゃねえか」


「ごめん……隠すつもりはなかったんだけど、ちょっと照れ臭くて。それに、春川さんにも迷惑がかかるかもしれなかったから……」


「清人! 我々の友情を甘く見ているのか!」善幸はつい声が大きくなった。


「そういうことじゃない! ただ春川さんがどう思うのかなって……」


 清人と善幸が言い合うような感じになったので、健次郎はその場を治めるために


「なるほどな。まあとにかく理由が分かって安心したよ」とだけ答えた。


「じゃあそろそろ戻ろうぜ。もうすぐ予鈴が鳴っちゃうし」


「そうだね、そろそろ戻ろう」一花は同調した。


 こうして四人は教室へと戻っていった。清人は教室に向かいながら


『友情』


 この言葉の意味を考えた。


 さっきの善幸の言葉、賢治と嘉内、その他……。


(『友情』は何が正解か分からないな)そう、清人は考えた。

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