第18話 鎌倉のジョバンニ 4

 昼休み。清人と健次郎、善幸は三人で話していた。


「デートはどっちが誘ったんだよ」


「……俺から」


「マジか! 清人は正直女性に興味ないと思っていたのに!」


「……どんなイメージだよ」


「でも春川さんが文学と歴史が好きってものすごくしっくりくるな」


「まあね」


「宮沢賢治の話だっけか?」


「そう。デートの時に春川さんから『宮沢賢治の手紙』に関する話をされて、それで家に帰って読んでみたから、その感想とかを今朝話しただけなんだけど……」


「清人、それはグッジョブですぞ!」善幸は興奮気味に言った。


「何が?」


「春川さんは分からんが、オタクにとっては、自分が好きなものをおすすめしてそれを実際に読んでくれる、さらには感想も伝えてくれるっていうのは凄く嬉しいことだからな!」


「……なるほど」その視点には清人もうなずいた。


「だから春川さん、あんな笑顔で話してたのか。まあそれだけじゃなくて昨日のデートで大分距離が縮まったんだろうけどな」健次郎も答えた。


「いやいや……」そうとしか、清人は答えられなかった。


 結局昼休みは清人と真子のデートの話だけで終わった。途中何度か健次郎と善幸に茶化されながらも、二人は「応援する」と言ってくれた。清人としても二人が理解を示してくれたのは嬉しかった。


 放課後。今度は真子が清人の席に近づいてきた。


「今日はボランティアとかあるの?」


「いや、今日は無いよ」


「じゃあ一緒に帰らない?」


「ああ、良いよ」


 こうして清人と真子は一緒に帰ることになった。


 清人は気づかなかった。デート以前に比べて、あまりにもスムーズに『一緒に帰る』ということができているということに。


 二人はそのまま学校の外へ出た。外の天気はぐずついていて、今にも雨が降りそうな感じであった。


「何か降りそうだね」


「そうね」


「傘は持ってるの?」


「ええ、折り畳みが」真子はカバンの中を見せた。


「日曜日降らないと良いけどね」


「あら、雨の鎌倉も素敵じゃない」


「ああ、まあ確かに……」


「6月だったら紫陽花が綺麗で雨でも凄く絵になっていたのだけど……」


 そんな会話をしながら、二人は駅へと歩いていった。


(落ち着く)


 そう清人は思った。先週まで真子の一挙手一投足にいちいちドギマギしていた自分と比べると、まるで嘘のように心が穏やかだと清人は思った。


(これも一回デートをしたからだろうか?)


 そんなことを考えていると、真子は急に清人に顔を近づけてきた。


 清人はドキッとした。慣れたといっても、不意打ちにはまだまだ弱かった。


「ど、どうしたの春川さん」


「今日の昼休みにね、蘇我さんから『賀野君のことどう思う?』って聞かれたのよ」


「へ、へえ…そうなんだ……」


(蘇我さん、直球すぎるよ!)と清人は思った。


「だから言ったのよ、『とても素敵な人』って」


「え?」


「昨日山下公園でデートしたことも言ったわ」


 清人は唖然とした。


「そしたら蘇我さん、顔真っ赤にしちゃって『応援するよ』って言ってくれたの。本当に良い子よねあの子」


「あ、うん……」


(俺が今朝三人にバラしてしまったことは知っているんだろうか)


 清人はもう分からなくなっていた。


「今度の日曜日に極楽寺に二人で行くことも言っちゃったのよ。ダメだった?」


「いや、俺は問題ない……」


「あらそう、ありがとう」


 あまりにあっさりと話す真子の感じに、清人は動揺した。


 今まで自分が言うに言えなかった葛藤は何だったのだろうかと清人は思い始めた。


「別に隠すことでもないでしょう?」


「ま、まあね」


 二人はそんな会話をしながら駅に到着し、電車に乗り込んだ。電車が動き出すと同時に、雨がポツポツと降り始めた。


「ギリギリセーフって感じね」


「ああ、そうだね……」


(やっぱりこの人のことは分からない)そう、清人は思った。


(傲慢だったんだ。たった一回デートしただけで、意外な一面を見ただけで、彼女のことを理解できたような気でいたことが)


 そんなことを清人は考えていた。そんなどこか上の空な清人を見かねて


「ねえ、どうしたの?」真子は尋ねた。


「……春川さんは、蘇我さんにそんなぶっちゃけても大丈夫なの?」


「どういうこと?」


「いや、恥ずかしいとか、照れ臭いとかって普通思うんじゃないかな」


 清人は言っていて自己嫌悪に陥っていた。自分だって今朝三人にバラしておいて、何を都合の良い事を言っているんだと思った。


 真子は黙って聞いていた。そして


「あなたとデートすることの何が恥ずかしいことなの」


 真子はきっぱりと言い切った。


「…………」


 清人は何も言えなかった。


「私はあなたとデートしたことを、最高の思い出だと思っているわ」真子は続けて言った。


「………ありがとう」


 清人はやっと一言、そう言うことができた。


 電車は大船駅に着いた。二人は黙ってホームへと降りていった。


「賀野君、極楽寺のデートも楽しみにしているわね」


「うん……」


 二人は改札まで歩いて行った。


(この人のことを、少しずつで良い。分かっていこう)


 そう、清人は考えた。

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