第12話 横浜クロニクル 4

 日曜日の午前11時。清人は大船駅の改札前にいた。約束の時間は12時なのだが、結局一時間前に到着してしまった。


(さすがに早すぎたな……)


 そう清人は思ったが、家で悶々と約束の時間まで待つより、現地で待機していた方が精神衛生上良いと考えた上での行動だった。


 9月も終わりだというのにまだ残暑が厳しく、清人の服装も白のTシャツにジーンズとカジュアルな服装だった。


 前日にファッション雑誌を購入して色々調べてみたのだが、おそらく真子はシンプルな方が良いのだろうと思い一番シンプルな形になった。


(そういえば春川さんの私服姿を見るのは今日が初めてだ)そう清人は思った。


 一体どんな格好で来るのだろうと考えると、清人は想像が膨らんだ。白のワンピース姿とかだと『いかにも』な感じでとても似合うと思うのだが、さすがにそれは無いだろうとも思った。


(今日は石川町駅前のカフェでランチを食べて、元町ショッピングストリートで適当に買い物して、山下公園で……)


 清人はデートプランを頭の中でシミュレーションした。あれこれシミュレーションをしていたら、あっという間に11時50分まで経ってしまった。


 次の電車で来るかな、と考えていると、向こうから真子の姿が見えるのを確認した。


 清人は真子の姿を見て驚いた。真子は黒のシースルートップスにホワイトパンツという格好で、バッグやパンプスも黒だった。真子は清人に気付くと、笑顔で手を振ってきた。


 綺麗だ、と清人は思った。同時に妖艶だとも。


 普段制服をかっちり着ている真子のことだから、正直あまりオシャレには興味無いのではないかと勝手に思っていた。しかし目の前の真子の姿は、とても大人っぽく背の高さも相まって本当に女性誌のモデルのようだった。


「おはよう、待った?」真子は尋ねた。


「いや、今着いたところ」


「あらそう、あなたのことだから一時間前ぐらいには着いてると思ったわ」


 いきなり図星を突かれて清人は面食らった。


「いやいや……じゃあ行く前に、これを」清人は真子に回数券を手渡した。


「え、どうしたの? これ」


「俺がボランティアでお世話になっている人から貰ったんだよ」


「へえ……良い人ね」


 二人は回数券を手にして改札の中へと入っていった。京浜東北・根岸線のホームに向かうと日曜日の昼にしてはそこまで混んではいなかった。


 3分後に電車が来て、二人は乗り込んでいった。二人は立ちながら世間話をした。


「今日は晴れて良かったわね」


「まあね、だけど今日は暑いよ」


 真子は自分の服を指差して


「この服、今年はもう着ないと思っていたのよ」と言った。


 清人はドキッとした。シースルーと言ってもそこまで透けている訳ではなく、開放的な上に上品さもあって、とても「春川さんらしい」と清人は感じた。


「この服、似合う?」


「うん、凄く…凄く綺麗だ、モデルさんみたいというか……」


「ふふ、あなたの正直に人を褒めるところ、好きよ」真子は悪戯っぽく微笑んだ。


 清人はたまらない気持ちになった。こんな感じで数時間共にするのは、自分の心が持つか分からないと考えた。


「水曜日から金曜まではボランティアだったの?」


「うん、俺らの学校から徒歩10分くらいの小学校だけどね」


「学童保育って言ってたわね、あなたに適任だと思ったわ」


「そう?」


「あなたって年下の面倒見が凄く良いもの」


「そうかな……まあでも楽しかったよ、小学校の机とかって、卒業してから見ると本当に小さい物なんだなって」


『正直に人を褒める』という点ではとても真子には敵わないだろうと清人は思った。ただ真子の場合どこまでが本音でどこまでが冗談なのかが分からなかったが。


 結局電車内では学童保育のボランティアの件で話は終わり、電車は石川町駅に到着した。


 石川町駅に降り立つと、清人は真っ直ぐ南口の改札へと向かっていった。


(こっからが本番だ。スムーズにエスコートするぞ!)と清人は心の中で張り切った。


 二人は改札を出ると、清人は出口の目の前のカフェを指さした。


「あのカフェに入ろう、食事はまだでしょ?」


「ええ」


 こうして二人は目の前のカフェ『メフィスト』に入っていった。


 店内はおしゃれな雰囲気で、中は冷房も効いていた。そこまで混んではおらず、二人はスムーズに席へと案内された。


 二人は席に着くと、しばらくメニューとにらめっこしてから


「俺はブルーマウンテンで」


「私もそれで」


 それぞれコーヒーと料理を決めると店員へ注文した。注文が終わると間髪入れずに真子が口を開いた。


「これ、渡しておくわ」真子は自らのバッグの中から本を取り出した。


「え、良いのこれ?」


「この前私にもお母様の本をくれたでしょう」


「ありがとう、これは…春川さんのお父さんの?」


「そうよ、父の最新刊」


 清人は真子から貰った本をまじまじと見つめた。ハードカバーで重厚な本だった。


 タイトルには『八十年の孤独』と書いてあった。帯やあらすじから察するに『孤独死』をテーマにした作品らしい。


「父の作品は重い内容ばかりなのよね」真子が口を開いた。


「まあ確かに……でもこの前読んだ『教育飢餓』も凄い面白かったよ」


「そう?」


「『面白い』って表現が適切かは分からないけど、日本全国の貧困率の調査とかフィールドワークも徹底していて、凄く真に迫った作品だと思った」


「ふふ」急に真子は笑い出した。


「どうしたの?」


「不思議よね。お互い両親が作家なのに、片方はノンフィクション作家、もう片方は童話作家、まるで真逆だもの」


「ああ、確かに……」


「お互い大変よね」


 清人は『二人だけの共通点』のようなものを実感することができて少し嬉しかった。そのため真子が一瞬だけ見せた『陰』に気付くことができなかった。

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