第11話 横浜クロニクル 3

 清人は翌朝いつも通り登校した。ただいつもと違ったのは、健次郎とさらには善幸がすでに教室内にいたことだった。


「おはよう、善幸が俺より早いって珍しいね」


「おはよう清人、悪いがちょっと話がある」


 善幸が妙にかしこまった態度で声をかけてきた。


「話? 別に良いけど」


「じゃあちょっとトイレまで来てくれるか? 大丈夫、すぐ終わる」健次郎が手招きをした。


え、何事? と清人は思ったが大人しく二人についていくことにした。


 三人は男子トイレまで行くと、健次郎と善幸は誰もいないのを念入りに確認した。


「何なんだよ急に」


「まあまあ、たまにはボーイズトークでも……」


(トイレでボーイズトークって何なんだ)


 そう清人は思ったが、善幸はのらりくらりと話すばかりでイマイチ要領を得なかった。


 すると健次郎が業を煮やしたのか清人に詰め寄ってきた。


「清人、春川さんと何があったんだ?」


「え?」


「昨日二人でこそこそ話してたのを見たんだよ。別に何でもないなら良いけどよ、もし付き合ってるなら俺らに黙ってるのは水臭いぞ」


「ちょっと健次郎そんなストレートには……」善幸が口を挟んだ。


「別に良いだろ俺たちの仲なんだから」


 清人は少し戸惑った。「俺たちの仲なんだから」という健次郎の言葉は嬉しかったが、やはり正直には話せず


「そういうことか、別に何でもないよ」と清人は答えた。


「別に付き合っているという訳ではないんだ。でも月曜から春川さんと話してみて、まあ…楽しくて」


 健次郎と善幸は納得した訳でも無さそうだったが、二人の「まあ付き合っている感じでないのは本当だろうな」という雰囲気は伝わってきた。


「清人、前に春川さんのこと『不思議な人』って言ってたろ? それは変わってないのか?」


「それは……変わってないな。だからこそ『春川さんをもっと知りたい』って気持ちはあるよ」


 これは清人の紛れもない本音だった。


「……そっか、そんなに気になるならデートでも誘えば良いじゃないか。いきなりデートはきついなら、蘇我さんも誘って五人で遊ぼうぜ」


 実は日曜日にデートの約束があることを言ってしまおうかと考えたが、真子に思わぬ迷惑をかけるかもしれないと考えると言う勇気が無かった。


「そうだな、考えてみるよ」とだけ清人は答えた。


「悪かったな急に。善幸がどうしても気になってたみたいだから」


「いやいや! 健次郎も気になってたはず!」


 こうして三人は談笑しながら教室へと戻っていった。


 清人は教室に戻ると、一人考え込んだ。


 いっそ健次郎と善幸に真子との今までを全てぶっちゃけてしまおうかとも思ったが、そんなことをしたところで余計な混乱と憶測を招くだけかもしれないと感じた。


 二人を信用していない訳ではなかった。「黙っててくれ」と頼めば二人は口を固く閉ざしてくれるだろう。でもとても言う気は起きなかった。


 さらに清人はデートについても色々考えた。


(……そうだな、最初は五人で一緒に遊べば良かったんだ。何で段階を踏まずにいきなり二人きりのデートを誘ってしまったんだろう)


 でもたとえ五人で遊んだとしても、真子が清人に見せた本性? は他の人には絶対に見せないだろうなとも考えた。


 自分だけにあの『妖艶』な感じを見せてくれるのかと思うと清人は悪い気がしなかった。


 『独り占め』という言葉は嫌いだったが、真子のあの一面を知っているのがおそらく自分だけかと思うと、自分も『独り占め』をしたい気分になった。


(まあタイミングが合って、春川さんからも許可をもらったら、いずれは言うかもな)と清人は考えた。


 授業が終わって放課後、清人はまたボランティアのために昨日と同じ小学校に向かった。今週の水~金は同じ学校で学童保育のボランティアが入っていた。


(今週はもう春川さんと一緒に帰れないのか)


 そう考えると残念な気持ちであったが、子供たちと触れ合い共に遊んでいるとそんな気持ちも吹っ飛んだ。


 子供たちも子供たちで「おい清人~」とすぐに名前呼びになった。清人は二日目にしてすでにここの小学校に馴染んでいた。


「清人って彼女いんの?」


 小学生らしいませたことを言う子もいるので


「いや、いないよ」と笑って返事をした。


 こうして今日の学童保育のボランティアも無事終えることができた。清人は帰宅するとすぐに自分のベッドに倒れ込むほど疲れていた。


 結局、清人は残りの平日を授業とボランティアに費やした。真子とは会えば挨拶はするが、山下公園行きのデートを決めて以来二人きりで話す機会は無かった。


 土曜の夜。清人は自分のベッドに寝転がりながらスマホをいじっていた。


 真子に『明日はよろしく。12時に大船駅の改札前で』といった旨のLINEを送った。


 真子からの返信はすぐに来た。ただ『よろしくお願いします。』と一言だけだった。


 真子とはLINEですでに数回やり取りをしていた。だが真子は特に絵文字もスタンプも使わず、業務連絡のようなやり取りしかできていなかった。おそらく第三者が見たら、とても高校生同士の(しかも異性の)LINEのやり取りとは到底思えないような内容だった。


(会って話しても何を考えているかよく分からないのに、LINEとか文章だと余計分からないな)と清人は思った。


 しかしそれも「春川さんらしい」と清人は思った。


(明日は春川さんのどんな一面が見られるだろうか?)


 そう考えると清人はなかなか寝付けなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る