第3話
君が苦しむ姿を、軋むベッドの上で見下ろしたくない。彼女の『処女』という単語を聞いて、興奮と絶望が僕の心を躍動させる。
『好きな人としかやりたくない。』
だが彼女はデリヘルである。好きでもない相手に股を開く仕事をしている事実を、忘れてはいけない。
こんな台詞を、もし結婚した幼馴染だったら僕は迷わずに無難な選択をして行動しただろう。
……まただ。僕はダメだ。片想いだけで終わった幼馴染の思いを、まだ引きずっている。
いま、メイドが僕に悩みを打ち明けたのは、僕が異性としてカッコイイからか?それは違う。断じて。
僕が男性として、話しやすい立場にいるから、彼女が話してくれたのだ。それに応える義務がある。
「何故、好きな人しかしたくないのに、この仕事を?」
ひと呼吸、間を置いてゆっくりと小動物を落ち着かせるように、僕は言葉を紡いでいく。
それに安心したメイドも、俯きいてた顔を少しだけ上げた。
「私……みんなから『可愛い体をしているね』『モデルになった方がいいよ』と、自慢ではないですが、自分の体型を褒めてくれた人がたくさんいてくれました」
「うん」
「ですが……そのせいで……こんな風に、私自身は喋るのが苦手になってしまい……。可愛いだけで弄ばれて、私の気持ちを知らないで」
「それは……辛かったね」
「辛いです。今でも辛いです。小さい頃に、この体のせいで知らない人が、私の可愛さを持ち上げてるのが怖くてしょうがなくて……」
メイドの言葉の数々が、段々と声が小さくなってくる。それを僕は、優しい目線で頷く。
神様、これは貴方が与えてくれた試練と祝福なのですね。無宗教家である僕は、勝手にそう思った。
だって、コミュニケーションに障害を持つ事に、見た目なんて関係ないと理解させてくれたのだから。
僕は、1人じゃない。そして、悩んでるのは君だけじゃない。
「僕もね、君と同じような悩みを抱えていたんだ」
「そうなんですか」
「数日前、好きだった幼馴染が結婚してね。電話やメールを1つも寄越さずに酷い人だと思ってたけど、単に僕が積極的に接してなかったからなんだよね。所詮は、片想いの恋さ」
そう、片想いの恋で終わったのだ。だから自殺しようとした。でも、メイドを呼んだおかげで、僕の心まで何かが響いたのだ。
「メイドさん、初体験は大事にして方がいいよ。僕のような、中途半端な男としてはダメだ」
「でもそれでは……」
「金は払うよ。君と出会わなければ、僕も悩みを抱えて塞ぎ込んでだかもしれない。本当に好きな人と夜を過ごすなら、こんな仕事をしてはダメだ」
メイドは深く考える仕草をした。右手で頭を抱え込み、首を上に向ける動作が見てるだけで可愛らしい。ほんとに、君は可愛い。
「……本当にいいのですか?」
「ああ。その代わりに、デリヘルの仕事を辞めるのを約束してくれ」
「ご主人様……ふふっ」
その『ご主人様』という言葉は、きっと本心から言ったのだろう。彼女から聞こえる声色が、僕に自信をつけさせてくれる。
「職場まで送るよ。その格好だと目立つから、厚手のコートを持ってくるよ。……そういえば、外が降ってたはずだが、止んでたね」
僕は立ち上がり、コートがあるタンスまで足を運ぶ。別室へと移動して、なるべく彼女が夜風に当たらない寒くない格好をするため物色する。
すると、メイドがいる部屋から啜り声が聞こえてきた。彼女がデリヘルの仕事をした理由は、恐らく3つのパターンがあると僕は推測する。
『未成年を隠して友達に自慢したかった』
『人見知りを治したかったから』
『多額の借金を背負っていた』
両方か、或いは片方だけか。
けど、本当は理由なんてどうでもいい。男性として、悩みを明かしてくれた女性を救いたい。漫画のような都合の良いメイドだな、と非難されてもいい。
「さあ、これを着て。夜道は危険だから、仕事場まで送ってあげるよ」
「ズズッ……ありがとう、ございます……」
さあ、現実へ帰る時間だ。
僕の手を取ったメイドを、元の世界へ返すのが使命なのだ。
こんな雨上がりの綺麗な夜空なのに、君を抱けないなんて、人生最大の不幸だなと、僕は自傷した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます