第2話

 メイドは困惑の顔をしていた。


 人見知りの僕にわかる、『なんだこの男は』という視線。メイドの格好をしているから給事を頼んで欲しいのか?という気持ちが、言葉にしなくても分かってしまう。


 だが彼女から、気持ち悪がられるオーラを感じ取ることはできなかった。



 「かしこまりました。ご主人様」



 メイドは僕の前で一礼し、台所へと向かっ

た。まさか、本当に頼みを聞いてくれるとは思わなかった。

 いや、物を頼んでおいてるんだから自分の態度も示さないと、すぐにテーブルの近くへと座った。



 「コーヒーは上の棚にあるよ。赤い容器に入っている」


 「わかりました」


 「……あの、本当に淹れてくれるの?」


 「そうですが?なにか?」


 「ああ、ごめん続けて」



 僕は彼女が首を傾げて疑問系の体型をとる様に、心を奪われそうになった。

 なんて可愛さだ、僕と夜の相手をするには勿体ないぐらいだ。


 メイドがコーヒーを物色してる最中を見惚れながら、僕はテーブルの上にある物に目が入ってしまった。




 自殺用に使う、しめ縄のロープがそこにあった。




 まずい!!何故こんな所に置きっぱなしにした!!


 普通の生活に使用するロープではない。鉄製のナイフで切るのに数分はかかる、ガッチリとしたロープだ。

 僕はこれを使って自殺しようとしたが、上手く円形の形に結べずに、他の方法を試そうと、テーブルに置いたままだったのだ。


 彼女がこちらを見ないうちに、ロープをすぐに手に取りゴミ箱に静かに放り込んだ。


 とりあえず、悩みの種は解消したが僕はまた、次の自殺の方法を考えないといけない。どうやって自殺しようかと考えながらメイドの方を見ると、僕はまた驚愕した。



 レギュラーコーヒーにそのまま浄水を入れてコップに入れた光景は、メイドの名を自分で棄てているものだった。



 思わず、口を手で押さえる。

 ここは冷静になれ自分。本場である英国仕立ての給仕を、日本人が教わっているなど低い。彼女はデリヘルだ、それを忘れていた。



 止めなければ。……いやダメだ。


 彼女が一生懸命に淹れたコーヒーだ。しかも僕は、女性からコーヒーを貰ったことは一度もない。


 涙が出るほどの嬉しいことではないか。メイドが僕の方に振り向き、コーヒーをカップから溢さないように、両手で慎重に持ってきた。


 ほら、やっぱり。彼女はコーヒーの淹れ方を知らない。


 通常とすればインスタントコーヒーは、かき混ぜて溶ける性質だが、レギュラーコーヒーは違う。


 コーヒー豆を砕いて粉状にしただけであり、そこで湯を入れて抽出しないといけないのだ。言うなれば、粉から染み出てくるダシの旨味を取り出したのが、レギュラーコーヒーである。



 だがそれでも、彼女が丁寧に僕のために両手で持ってきた姿は、コーヒー好きの僕でも飲んでみたくなる心得を味わってみたかったのだ。



 「いただきます」



 テーブルに置かれたコーヒーを、僕はそのまま一気飲みにした。前述の通り、レギュラーコーヒーは豆を砕いた粉である。すなわち、溶けない粉を僕は胃に流し込んだのだ。


 こんな可愛い子が頑張って淹れてくれたコーヒーなら、僕が飲みたいのは自分の意思である。たとえトイレで、下痢気味になったとしてもだ。



 「あの……」


 「美味しいよ」


 「えっ」


 「君の中に、僕を満足してくれるコーヒーを作ろとしたのを、心で感じたんだ。君は……僕に新しい美味しさを与えてくれた。ありがとう」



 僕の言葉は、全て真実である。自殺したいのも、真実である。彼女と床で夜を過ごすために呼んだのも、真実である。


 嘘があるとすれば、このコーヒーは不味い。

 でも、この空間では2人が奏でる、無言の詩の朗読会を、夜明けまでに永遠と楽しみ合いたいのは、相手がデリヘル嬢でも良いと思っている。

 社会的には変な見方かもしれないが、僕が初めて見つけた、生きるわがままである。



 「ありがとうございます……」



 やっと、笑ってくれた。最初に来た時とは違う、心の底から微笑むメイドの唇は、僕に予想外の言葉を思いつかせてくれた。



 「君の話を聞かせてもらっていいかな?何故この仕事を?」



 メイドは、また困惑した。

 今度は違う、自分が望まれてない仕事をしている顔を、僕は知っている。あの割れた鏡が、まさにそうだ。




 「あの……私、この仕事が初めてで……」


 「ゆっくりでいいよ。落ち着いて話して」


 「は、はい」



 なるべく相手のペースに合わせるように、座っているメイドの呼吸を落ち着かせる。どうやら、初仕事で緊張していたようだ。

 彼女に一息をつかせるため、僕は冷たい麦茶を淹れるために、冷蔵庫へと向かう。




 「私、まだ処女なのです」



 冷蔵庫に手をかけようとした動きが止まった。眉を顰めて、淫らな欲望を必死で抑えた。



 「初めては、好きな人と共にすごしたいのです」



 また、時間が止まった。

 コップに麦茶を注ぎ、彼女の前に差し出した。さっきよりも縮こまり、僕が麦茶を用意したのを気づかないまで、顔を下に向けていた。




 愛らしいメイドよ、僕の気持ちは変わらない。自殺する前に、僕は君を救いたい。

 

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