アンヘドニア〜自殺したい男とメイド女

龍鳥

第1話

 僕はこれから、自殺する。



 名前など、特に覚えてもらえなくていい。生きてもどうしようもない男なのだから。


 発端は保育園の頃から、ずっと片想いしていた女性が結婚していたことだ。式場への招待カードは郵便受けに入ってないのに知り得たのは、母親からメールで報されたからである。


 なんてことはない事実なのに、昔に片想いしただけなのに、報せを受けた時の僕は、感情の琴泉が、プツリと切られてしまった。


 10年以上の付き合いがある幼馴染であった関係のせいなのか、繰り返し読むメールの文字に彼女との学園生活での思い出が一気にフラッシュバックしたのだ。



 その瞬間、僕は生きるのをやめた。


 自殺しようと。




 だが、僕は童貞のままだ。

 せめて初体験はすませたいと、スマホからネットで男としては情けない検索の仕方をした。


 娼婦、風俗、コスプレリフレ……卑猥な言葉が検索履歴に埋め尽くされ、その都度と手から滲む汗が止まらなくなる。



 「僕は何をしているんだろう」



 自殺したい気持ちから遠ざけるように、アダルトサイトを巡る姿は、童貞としての称号は背中で語っていることだろう。猫背になり、雨が降る外の音を気にしないで集中するのは、なんとも情けないことだろう。



 「もしもし、デリヘルを頼みたいのですが」



 最終的な選択に至ったのは、自宅まで出張サービスしてくれるデリヘルだった。感情が篭っていない店員らしき声と短いやり取りをして、デリヘル嬢が来たら前金払いでという約束で即終了。


 

 「呆気ない。こんな童貞の捨て方で僕は自殺するのか。」



 いや待て、これも違う、今ならすぐ断れる。そんな無駄な思考を、部屋の中でグルグルと回っていく。僕が歩くスピードが、高速でテーブルの周りを回転してるような落ち着きのなさをしている。



 『ピンポーン』



 時間は僕を、待ってくれない。僕の速力は、時間を超越した思考を持っていたのだ。



 インターホンが鳴る音を聞いた反動で、僕は鏡の前で髪がボサボサになってないか、服の汚れはないかと、チェックし始める。


 ふと見たら、鏡は割れていた。ああ、そうだった。自分で鏡を割ったのだ。親から受け継いだ自分の顔が、大嫌いだったのだ。



 なら汚してやる。いま来た女は道具だ。何を使ってでもいい。僕は獣なのだ。


 虚構な自信を持ってドアノブに手をかけ、僕はドアを開けた。





 すると目の前には、メイド姿をした白髪の天使が立っていた。



 「初めまして、ご主人様。本日はお呼びいただき誠にありがとうございます」



 目が合わせられなかった。天井から落ちていく雨の雫が落ちてくる数を数えるのに、僕は必死に夢中になろうとしていた。



 「とりあえず、あがって」



 「はい、失礼します」



 淑女は先に部屋に入らせることは、僕なりのマナーは守っていた。まずは印象を良くし……あれ?



 おかしい。このメイドは娼婦だ。僕と性行為をするために来た女だぞ。何を態度を改っている。背中から押し倒しても問題はないはずだ。


 ドアノブに鍵をかけ、メイドは靴を脱いで玄関の手前側の位置に座る。僕は未だに、ドア付近のままに立ち尽くしていた。言葉が出てこない。こんな美しい女性の前に、僕は自殺しようとしているのだから。



 「あのっ」



 開幕1番の声は、意外にも僕からだった。自分から纏う意地汚い空気を、何としても彼女に悟られたくなかったのだ。というより、さっきから何を考えてるんだ僕は!!早く動け!!この体を動かして童貞をメイドに捧げ、自殺するんだ!!この世界からさよならするんだ!!さあ!!



 「なんでしょうか、ご主人さま?」




 ……なんて、綺麗な声なんだ。始まる僕の恋心。視線は彼女に捕らわれてしまってる。口元に浮かぶその微笑みを、僕は傷つけたくない。いま、心からそう誓った。



 「とりあえず、コーヒーを淹れてくれるかな」



 彼女を犯したくない。僕の心は、僕だけに従うために。自殺する前に、僕の全てを彼女に話したくなったのだ。


 



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