第9話「喧嘩と成果」

「勝った! 勝ったぞ秋月丸!」


 【空亡騎士】。装備だけで中身がない騎士様の心臓と呼べる部分が何処にあるか。

 それは剣だ。

 【空亡騎士】の心臓、頭脳。いや、本体と言えるのは剣なのだ。

 だから剣を切り離しさえすれば奴は動けなくなり消滅する。

 今回は左腕がくっついている影響で、消滅するかどうか不安であった。

 けどどうせ残っても左腕だけじゃろくな動きは出来なかっただろう。どっちみち勝てたな。


 死の束縛から開放されて疲れがドッと湧いてきた。

 視界の共有を止めて俺の視点だけで世界を見る。

 見えるものが減り随分と世界が小さく見えてしまう。

 自分の背後が見えないのが少し怖いと思ってしまうのは、視界共有の弊害かもしれない。

 秋月丸の顔を直接見る。


「ガウッ」


 すっごいニコニコしてる。どうやら勝てたのが俺と一緒で嬉しいらしい。

 しかし、そうか。勝てたのか。

 やばい、ニヤニヤが止まらない。

 勝てた。勝てたんだ。


 ギギギという音が近づいてきている。この音は【アギダイン】だな。

 音に少しノイズみたいな歪さと、バチバチと音が鳴ってるのはオーバーロードと電気ショックのせいで損傷しているからだろう。


 【アギダイン】にも厳しい戦いを強いらせてしまったな。

 初めて使う銃はさぞかし扱いに困っただろうし、俺達の戦い方をよく知らずによく合わせてくれたと思う。


「【アギダイン】、今日は本当にありがとう」

「ふざけるな」


 目を光らせ、所々黒ずんでいる腕で俺を殴りつけようとする【アギダイン】がそこにはいた。


 仲間からの攻撃なんて想定外。


 メダルキャラはマスターを特定の条件を満たしていない限り攻撃できない。

 例えば幻覚、洗脳、誤射。

 だが、このダンジョンにそんな効果を持つモンスターはいない筈だ。


 反応が追いつかない。秋月丸が俺を守るように動く。


「ストップでござるよ」

「どけ」


 いつの間にか忍者が【アギダイン】の後ろに現れた。

 そして【アギダイン】腕を赤いぬめぬめした長くて赤いものが絡めとる。

 ぬめぬめした物を追っていくと紫色の頭巾を被った大きな蛙の口元に繋がっていた。あれは舌か。


 どうやって現れたのか。

 この蛙はなんなのか。色々聞きたいことはあるが、この場で最も優先すべき事はきまってる。


「【アギダイン】、いったい何を」

「何をだと。それはこっちのセリフだ。女、この舌をどかさせろ」

「お断りでござるよ」

「部外者は引っ込め。こっちは大切な話があるんだ」

「いやー、流石に暴力は見過ごせないでござるよ。まっ、怪我しない程度の威力だったらしいでござるけど」

「もう殴る気はない。いや、殴れない」


 しゅるりと、蛙の舌が口内に収まっていき、【アギダイン】の腕は自由になった。だがその腕はダランとしていていて動く気配がない。

 しかし、足のキャタピラで異音を発しながら俺の側までよってきた。


「役目だと? ふざけるなよ。なら大将、お前の召喚者としての役目はどうした? お前は最も安全な場所で待機していれば良いんだ。アンタが死ねば全てが終わりなんだぞ。それなに何で一番命を張っている。こんな作戦だと事前に聞いていれば俺は参戦していなかった」


 怒りが内容で伝わってくる。

 【アギダイン】の言っていることは正論だ。

 召喚者が死ねばメダルキャラはメダルへと戻っていく。つまり召喚者とメダルキャラのパーティーにとって、召喚者こそが生命線なのだ。

 だが


「俺が死んだら全て終わりって言うが、この中の誰が死んでもこのパーティーはお終いだ」


 普通のパーティーならサブメンバーがいるだろう。召喚者によって同時召喚数は限られている為だ。

 だから一人やられたら新たにメダルキャラを召喚すれば良いのだろうが、俺にはそのサブメンバーはいない。

 そして、あのボスを相手に誰一人欠けた所で勝てなかっただろう。


「違うな。例えば俺が前線に出る。お前の役目は俺で代用できたはずだ」

「いいや、それは違う。こっちの方が勝率が高かった。俺だって勝算がなくて命は張れない」

「そもそも命を張ることが間違いだと何故気が付かない!」 

「うーん、見事なまでの正論」

「黙ってくれ忍者」

「俺が死んで作戦が瓦解したら逃げればいい。逃げられないという訳じゃないだろう」

「俺の作戦の方が全員が生き残れる可能性が高かった。いいか、お前は召喚者としての役目とか言ってくるがな、なら召喚者の責任だってあるんだよ。俺はお前らの召喚者として絶対にお前を死なせない。それが俺の責任だ」

「巫山戯るな。ならメダルキャラの責任は召喚者を守ることだ。覚えておけよ、次アンタが命を投げ出そうとしたら俺は作戦を破ってでもアンタを助ける」

「どう言われようと、俺はその時の最善を選び続ける」


 【アギダイン】は言い返してこなかった。ただまるで怒りの様に静電気が迸っている。


「……喧嘩も終わったみたいでござるね。【アギダイン】殿も辛いでござろうし、メダルに入っては?」

「大将を守ることが俺の任務だ。遂行する」


 俺にあそこまで怒っていて俺を守ろうとする忠義心? には敬服を覚えるがこの状態で要られても壁にしかならない。

 【アギダイン】はそもそも俺の壁になりたいのかもしれないが、今の状態では認められない。

 共有した視界には【アギダイン】の損傷率が写っている。

 損傷率──70%。しかも両腕の損傷がひどい。これではマトモに動かせないだろう。


「【アギダイン】、メダルに戻れ。今の状態でじゃ足手まといだ」

「……了承した」


 そこは素直に聞くんだな。 

 ようやく【アギダイン】の性格が掴めてきた。

 第一に俺の命の事を考えているだけで、話が分からない奴ではないのだろう。こうやって理性的に物事を考えることが出来る。

 少し不服そうに……いや、これは悔しさか? ロボットだから感情が読みにくいな。

 光ってメダルに【アギダイン】は戻っていった。


「いやー、珍しい喧嘩を見せてもらったでござる」

「見世物じゃないんだけどな……。それで、俺の力は一応見せたけどどうだ?」

「まさか【Bウルフ】が『狼尾鉄破』をスキルメダルなしで行うとは。前から話には聞いていたとはいえ本当に驚きでござる」


 そう、最後に見せたスキルメダルを使用せずにメダルキャラがスキルを発動することが出来る。

 これが俺が行方不明になっていた一ヶ月で学んだ事の一つであった。

 だがこの忍者の言い方だと元々知っていたようだ。

 確かにランクが上がるに連れて低ランクのスキルを自然に使えるようなキャラはいる。


 例えば、Dランクの魔法を使うキャラが火を使うのにメダルを必要にするとして、Aランクキャラの魔法使いもメダルなんて使わない。指先一つで火を起こす。

 だが、秋月丸はDランクキャラの【Bウルフ】だ。【Bウルフ】にそんな能力はなく、『狼尾鉄破』なんてスキルメダルを使用しなければならない。

 それは当たり前なのだが、秋月丸は努力の末に『狼尾鉄破』を自身の力にした。


 そもそもスキルメダルというのは、技能を一定のレベルで使用できる様になる力だ。

 つまり、努力すれば身に付けられる。

 こんな簡単な話だが、おかしな事にこの情報はネットにも載っていなかった。

 

「知ってたのか?」

「昔ちょっとB級以上の冒険者について好奇心から調べようとした事がありまして。いやー、二度とやりたくないでござるね。生きた心地がしなかったでござるよ」

「もしかして、今回俺が見せなかった能力の方も知ってるのか?」


 行方不明中に得られた戦闘で有効活用できそうな能力は二つある。

 一つがメダルを使わないスキルの使用。

 そしてもう一つあるのだが、今回は使わない方が良いと判断して使用しなかった。


「表裏一体でござるね。キャラを操作できるやつ」

「そんな名前なのか」


 なんだか様になってる名前だ。そんな名前だと知らず合体と呼んでいたのが恥ずかしくなってきた。

 ……どうするかぁ。この能力使う時「合体!」って言うようにしてたんだけど矯正しないと。


「そちらは今度見せてもらうとして、本題である今回の陽清殿の評価を早速伝えるでござるよ」


 そうだ。今回忍者が着いてきたのは怒った【アギダイン】を止める為ではない。俺の実力を見極めるためだ。

 自分で自分の力を計る事は難しい。

 そもそも俺はBランク冒険者がどんな人間でどのくらい強いのか。冒険者の強さというのをハッキリと分かっているわけではない。


「先に行っておくでござるが、これは正確な評価とは言い難いでござる。拙者が評価するのは今回の冒険から推測する評価であって、主君としての評価でないでござる。だから落ち込まないように」


 主君……? 召喚者、マスターの事か。

 それにしても、そんな前置きを言うって事は覚悟を決めたほうが良いのかもしれない。


「Cランク。その中でも中の下辺りが妥当でござる」

「そう……か」


 忍者の言葉が重くのしかかる。

 Cランク。目標であるBランクのひとつ下。

 一ヶ月前まで素人だった人間の実力としては破格なのかもしれない。

 だが、それじゃあ駄目だ。

 自覚していなかったわけじゃない。薄々自分でもそう思っていて、覚悟はしていた。

 だが、忍者の中の下という細かな評価に、ショックを受ける自分がいる。


「前置きの通り、正確な評価とは言い難いでござる。メダルを使用しないスキルを使う技術も何故か一回しか使ってなかっておらず、表裏一体も使っていなかったでござるし」


 全ての総合力が試される所、それがダンジョン。その全てを出しきれずに死んだ人間だっていだだろう。出し惜しみなんてする場所じゃないんだ本当なら。

 だから、忍者はこう言っているがこれが俺の正当な評価だ。


「うーむ、わからんでござるなぁ。予算的にも、最初からスキルメダルなしでやった方がよかったのでは……?」


 スキルメダルというのは決して安くはない。使わずに済むなら使わないのが一番財布に優しいだろう。

 だが、俺が毎回スキルメダルを使ったのには理由がある。


「最適化出来てないんだ」

「最適化?」

「スキルメダルって感覚に逆らわなければ、最低限の性能は保証されるだろう?」


 だが、メダルを使ってないのだから自力で出すスキルにはその最低保障がない。 現状では秋月丸がメダルを使わないスキルの発動では不発の時もあれば、メダルを使用していては発動できないような素晴らしい出来の時もある。


 だからこそスキルの感覚を覚えるように、一度はメダルを使っているのだ。


 ゲームで言えばちょこっとの補正がつけられて初心者はありがたい機能だが、上級者になると邪魔になるみたいなものだろう。

 理由を話すと忍者は納得言ったように頷く。


「最後の『狼尾鉄破』が何やら形がおかしかったのはそれが理由でござったか」


 本来、狼尾鉄破は尾を大きな刃の様にして攻撃する技能だ。メダルを使用してもある程度弄る事が出来るため、最初は鎌の形に変形して秋月丸は攻撃した。

 しかし、二回目のメダルを使用していない狼尾鉄破は刃物ですら無く、大鎚であった。


 もはや同じ技なのかすら怪しいが、メダルを使用しなければこんな事も出来るのだ。 

 メダルを使用して同じ事が出来ないか試したことがあるが、補正のせいで難易度が高くなっていて少なくとも俺と秋月丸では出来なかった。


「これを加味しても評価ってのは変わらないのか?」

「変わらないでござる。例えば、ボスを倒した時ドロップ品を確認したでござるか?」

「……? してないけど、それは別に問題なくないか?」

「拙者が盗むとか考えないでござるか?」


 その考えはなかった。

 そうか、ここはダンジョン。誰でも入れるような場所。

 忍者みたく誰でも隠密出来るとは思えないが、隠れるのが得意なキャラでも使ってドロップメダルを掠め取る奴が出てもおかしくないだろう。

 改めて俺は冒険とダンジョン探索は違うと思い知らされた。

 モンスターだけを俺は警戒していた。


「人が敵になることもあるのか……」

「まぁ、そう重く考える必要はないでござるが、警戒するに越したことはないでござるよ。ホイッ」


 忍者が小さい物を俺に向かって投げてきた。

 キャッチしてその正体を見るとそれはメダル。


「ボスのドロップ品でござるよ。鑑定してみたらどうでござるか?」

「ドロップしてたのか!」


 まさかドロップしていなかった俺は素直に喜び、言われるがままに鑑定をする。

 鑑定の仕方は簡単だ。

 メダルを握り、このメダルの事をもっと知りたいと思えばメダルの情報が頭に流れ込んでくる。


「っっ!」


 鑑定した結果がまさかの物で俺は思わずメダルを落としそうになってしまい、空中でキャッチした。


「どうしたのでござるか?」

「あ、当たった」

「ん?」

「Cランクメダルキャラだ!」


 最低でも100回周回しないと出ないだろうと思っていたキャラがいきなりドロップした。

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【赤塚】ダンジョン 成果

  

 消費スキルメダル───Dランク×10

 消費アイテムメダル──Eランク×1

          ──Dランク×1   

   

 獲得スキルメダル───Eランク×5

         ───Cランク×1

   キャラメダル───Cランク×1         


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