第8話「vsボス【空亡騎士】」

 さて、作戦は伝え終わった。

 ここはDランク。全滅──俺が死ぬことだってありえる。

 だというのに、何でだろうか。


 恐怖は勿論ある。

 だけど、高揚感もあるんだ。

 これは挑戦だ。

 自分の力が何処まで通じるか。


「行くぞ」

「ワウッ!」

「了解」


 ボスが居る部屋へ続く扉は荘厳だった。

 決して綺羅びやかな訳ではなく、そこに触れるのは許されない。

 そう不思議と感じ取れるデザイン。

 だが、俺はそれに手を伸ばす。 


 ヒンヤリとしていて、硬い。心臓が高鳴る。

 開けてはいけない。開けるな。

 そんな心を封じ込め、俺は門を開けた。


 門は想像以上に軽かった。この門には簡単に開けられるような仕掛けがあるらしい。

 部屋は想像以上に明るかった。

 そして部屋の中心に、奴は居た。


 事前情報通りだ。 


 奴はくすんだ灰色の鎧を着た騎士。

 鞘なんてつけておらず、剥き出しの剣を杖のように地面へ指して直立していた。


 その大きさはおよそ5以上はあるだろうか。だけど見た目で騙されていけない。

 奴に中身はない。鎧の中身は何もなく、空虚な空間が広がっている。

 だから、【空亡騎士】。


「大丈夫だ。まだ起きてない」


 ヤツは普段寝ている。

 そもそも生命なのかすら分からないから、機能停止といっても良いかもしれない。

 とにかく、奴が動く条件は一定距離以上近づくか、攻撃するかのどちらかだ。

 俺たちはまだその間合いに入っていない。


「アイテムコイン『チャージセレクト』」


 アイテムコインを使用する。

 『チャージセレクト』。

 これは簡単に言うならば高火力の一撃を放てるようにする特定の銃につけられるパーツだ。

 【アギダイン】は緊張した様子を見せずに、冷静に位置につく。


 彼の立ち位置は敵の正面が見える離れた位置だ。ここからなら敵を狙いやすいだろう。

 そして、秋月丸はソレよりも前【空亡騎士】が起きるギリギリのラインで待機していた。


 秋月丸はともかく【アギダイン】の冷静すぎだろ。

 初めてのボス戦なんだからもっと緊張しろよ。いや、されても困るけど。


「準備はいいか」


 銃とは不思議な武器だ。なんで銃身が伸びるだけで威力が変わるのだろう。

 チャージセレクトがついたDPG44は銃身が長く、太い。

 持って歩くにも不便そうなデザインと重さのソレは地面に一時的に固定されている。


「合図を」

「3」


 予想に反して、【アギダイン】がもう引き金を引いた。

 え? 早くない? 

 合図は0変わりのGOでだよ?


「2」


 だからって今更辞められない。

 ギュインギュイン。ガチャ、ガチャと、DPG44から音が鳴る。

 

そして銃口から眩い光を放っていた。

 そうか。引き金を引いてBAN! じゃないのか。知らなかった。


 なら秋月丸はどうだ。【アギダイン】のすぐ隣で走る準備をしていた。

 その視線の中心は【空亡騎士】の右腕に注がれている。

 そこに、恐怖はない。獰猛な笑みを浮かべていた。


「1」


 なら、俺は。

 秋月丸が俺をチラリと見た。

 俺は、笑っていた。


「GO!」


 DPG44のチャージされた最高火力が、【空亡騎士】の右腕に衝突した。

 タイミングはバッチリ。どうして初めて使う武器でタイミングが分かるんだよ。


 だが、【空亡騎士】の右腕は硬かった。

 右腕は大きく後ろに逸れる。

 

 腕の一部があの一撃で破壊されているが、まだ動く。一部が欠けただけだ。

 流石はボス。こちらの最上級の一撃にも当たり前のように耐えてきた。


 だが、まだだ!

 スキルコインを俺は取り出した。


「『春風健脚』」


 奴の眼が光り、無事なもう片方の手で地面に刺さった剣を引き抜くのと、秋月丸が奴の右腕を千切るのは同時だった。


 『春風健脚』。風に乗るように素早く軽やかな動きで動けるようになるスキル。


 それを発動させた秋月丸はダメージを負った右腕を蹴り飛ばしたのだ。

 やつに痛覚はないのだろう。

 右腕が取れたことを痛がりもせずに、左手だけで剣を持った。


 本来ならば簡単に両手で剣を持てたのだろうが、片手ではそうはいかない。


 秋月丸に向かって振りかざされた剣は、キレが無かった。

 そんな剣ならば、秋月丸は容易に避けることが出来る。


 避けられた剣は地面に衝突する。

 巨大な剣はキレがなかったとしても、強力な破壊力を宿し地面を粉砕した。

 その威力を見るとまるで鈍器のようだ。


 まだ作戦通り。

 【アギダイン】と秋月丸のコンボで奴の右腕を屠る。

 そうすれば奴の攻撃も鈍る。

 ここまでが第一段階。


「第二段階、いくぞ」


 返事はなかった。

 たった一撃で限界を迎えたチャージセレクトは、DPG44から外されていた。

 それもそうだ。あの籠もった熱ではもう次は打てない。しかも撃った衝撃で多少変形もしていたしな。


 今回の【アギダイン】は後ろから常に援護する役だ。

 あの足、キャタピラでは俊敏な動きには期待出来ない。

 だから彼は遠くから銃でペシペシと撃っていた。


 『DPG44』は遠距離用の武器ではない。

 正確な狙いは付けられないのだろうし、威力減衰もあるのだろう。


 先程のような鎧を砕くほどの威力はなく、精々動きを阻害する程度の威力しかない。

 だが、それでいい。

 『春風健脚』の効果はだいたい2分。まだ長く見積もっても90秒はある。


 素早い動きで執拗に秋月丸は【空亡騎士】の左腕を蹴っていく。

 残念ながらそれでも威力は足らない。


 このまま何十回も蹴っていけばいつかは破壊できるかもしれないが、【空亡騎士】の攻撃がそうはさせない。

 当たり前だ。前衛は秋月丸のみ。なら秋月丸だけを狙えばいい。


 ペチペチしてくる【アギダイン】もいるが、初撃以外取るに足らない攻撃してこない存在だ。せいぜい動きが少し鈍る程度の攻撃。

 だから、俺が出る。


「こっちだよ騎士様!」


 全力で走って【空亡騎士】に近づいていく。奴の眼から漏れる赤い光が一瞬俺を睨んだ。

 それでいい。もっと俺を見ろ。


 本来ならば、【空亡騎士】は3キャラ以上で挑むべき強敵だ。

 だが、俺には3キャラも用意する金が無い。

 【アギダイン】に用意すべき銃だって、スナイパーライフルとかだったんだ。

 

 だが、それすらも用意すらも俺は惜しんだ。

 なら、どうするべきか。


 俺が囮になればいい。

 一撃当たれば俺は死ぬ。

 だが、くらわなければ死なないのだ。簡単は話だ。


 俺の夢を叶える途中に、命をかける場面なんていくらでもあるだろう。

 それがちょっと早くなっただけだ。

 背後から凄まじい風と粉塵が俺の背中を押す。

 無謀に囮をやっているわけではない。


「見えてるぞ!」


 俺には視界共有がある。

 後方で全体を見ている【アギダイン】の視界は、しっかりと俺たちを写してくれてる。

 これならば敵の攻撃を見るために、後ろを振り返る必要もない。ただ全力で走るだけだ。

 同時にしっかりと召喚者としての役目も果たす。

 コインをホルダーから取り出した。


「『狼尾鉄破』」


 スキル、『狼尾鉄破』。

 硬化、巨大化した尻尾による斬撃。

 そして秋月丸は現在『春風健脚』によるスピードが加わっている状態だ。

 攻撃力はより増しているだろう。


 問題は、これをしっかりと当てないと勝ち目がないことだろう。

 だから秋月丸は動けない。


 【空亡騎士】がもっと姿勢を低くして、秋月丸を意識の範囲外に置くまで。

 そのために俺がいる。

 走る。

 俺の視点よりも【アギダイン】の視点に集中しながら、ただひたすら走る。


「やっほぅーーー!」


 何でも良いから喋ろ。恐怖を誤魔化せ。

 【空亡騎士】の足の間を走り抜けた。狭いせいか一瞬でも歩みを止めると死んでしまいそうだ。


 それは気のせいじゃなかった。

 【アギダイン】の視界は俺が通り過ぎた後に足が閉じられるのを視ている。

 【アギダイン】では俺が生きているか分からないのだろう。

 彼の視界が、揺れた。


「動くな!」


 少し、少しだけ動いた【アギダイン】を叱咤する。

 ダメだ、そこを動くな。

 【アギダイン】の役目はそこで奴の攻撃を妨害する事と、この部屋全体を見渡す事。

 確かに直接的ダメージはあまり与えられないかもしれないが、彼こそが俺の生命線だ。


「役目を果たしてくれ!」


 俺の言葉に従い、【アギダイン】はしっかりと停止して銃を撃ち続ける。

 そして、この言葉は秋月丸にも届いていた。

 【空亡騎士】の首まで秋月丸が跳んだ。


 そして、秋月丸が回転した。 

 その尾は通常時とは違く、青く体躯に似合わない巨大さで、鉄の様に無機質でまるで鎌の様な形をしている。

 鎌の尾が【空亡騎士】の頭に掛けられた。


 【空亡騎士】の頭がズレていき、ドンッ! と地面へ落下する。

 先程も言ったとおり、【空亡騎士】には中身がない。


 だから顔を落としたからって決して死んだわけではない。

 だが、視界は固定される。

 先程まで見下ろしていたはずの視界が地に落ちるのは、さぞかし見ずらいだろう。


 敵の注意を俺が引きつけ、【アギダイン】が妨害。そして秋月丸が【空亡騎士】の首を切る。

 第二段階完了。


 それにしても、役目か。

 俺はあと何秒役目を果たせるだろうか。

 所詮は一ヶ月鍛えた程度の体力。全力で走っていられるのも長くない。


 既に呼吸が辛い。

 【アギダイン】の視界に映る俺の走るフォームが崩れ始めている。

 そろそろ、決めなくてはならない。


 メダルを一枚取り出す。これが秋月丸の最後のスキルコインだ。

 俺の所持金では、これだけしかコインは買えなかった。


「『牙狼一閃』」


 秋月丸に牙が生えた。まるで吸血鬼のような二本の長い牙。

 カッコいい俺の相棒の準備が整った。


 俺は少しだけ走るスピードを緩める。奴の攻撃を誘うためだ。

 目論見通り、奴の攻撃が振り下ろされる。

 ……間に合うか?


「うおおおお!」


 巨大な剣は俺の背後スレスレに振り下ろされる。

 大丈夫だ、俺は生きてる。


「やれぇ!」


 俺の指示の必要もなく、秋月丸は動いていた。

 狙いは奴の右腕と肩の接合部。

 そこが一番脆い場所だ。


 軽い身のこなしで秋月丸は【空亡騎士】の左腕に飛び乗り、駆け出した。

 そして、接合部付近で回転するように牙を食い込ませる。


 バキ。

 そんな音と共に【空亡騎士】の左肩が欠けた。


 だが【空亡騎士】の左腕は健在だった。

 確かに、秋月丸の牙のせいで肩付近の部分がゴッソリ欠けている。

 それでも動きに支障はない。


「【アギダイン】ッ!」


 【アギダイン】の銃撃が【空亡騎士】の左肩に集中する。

 しかし、全くダメージが入っていない。

 まだ想定内だ。


 確かに最善ではない。

 だが最悪でもない。

 想定の範囲内。ただちょっと悪い方向に行っているだけだ。


「『電気ショック』『オーバーロード』。ぶちかませぇ!」

 

 バチバチと電気が【アギダイン】の体に迸り、DPG44に収束していく。

 呼応するように【アギダイン】の視界の端に映る損傷率が伸びていった。  


 それもそうだ。

 なんせ、『電気ショック』を『オーバーロード』により無理やり体内を通して、DPG44に流しているのだから。


 【アギダイン】はこういう風な利用を想定された体の作りになっていない。

 なので【アギダイン】は自滅をしているようなものだ。


 DPG44もこんな使い方を想定されていない。

 黒かった銃身がバチバチと雷を放ち、限界寸前だ。


 そして、雷を纏った五発の弾丸が放たれ、DPG44は壊れた。


 一発目の弾丸。外れ。

 二発目の弾丸。当たったが胴体にだ。

 三発目の弾丸、当たり今度こそ左肩だ。

 四発目、五発目、外れ。

 弾丸が【空亡騎士】の肩を抉り、剣ごと左腕が落ちた。


 問題があるとしたら、腕が俺の真上に落ちてきていることだろう。


 ダメだ、走っても間に合わない。

 このまま何もしなければ死ぬ。

 死んでたまるかっ!


「秋月丸っ!」


 秋月丸が跳んだ。

 もうメダルはない。

 秋月丸にかかっているメダルの恩恵は『春風健脚』のみ。


 それで見た目通りの大質力を持つ金属の塊に挑む。

 傍目から見れば無謀な挑戦だろう。

 【アギダイン】の視界が全速力で俺に近づいてきている。


 だが、その必要はない。

 俺はメダルも構えずに唱えた。

 【Bウルフ】はスキルメダルなしではスキルを発動できない。

 そんな常識を打ち砕く一撃。


「狼尾鉄破!」


 秋月丸尻尾が向きつで巨大な形へと変化する。

 今度は鎌の鋭さの様な欠片はない。

 言うならば大鎚。


 秋月丸の大鎚は【空亡騎士】の腕を剣ごと吹き飛ばした。

 おかげで俺は五体満足で立ち止まる事が出来る。


 少し離れた場所に落ちた【空亡騎士】の左腕と、未だに強く握られている剣を見る。

 そして、千切れた左腕も含め、【空亡騎士】の全てがすっーと消滅していく。 


「っセーフ!」

「ガウッ」


 ボス討伐完了。

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