第5話「ござるじゃない忍者は忍者じゃない」

 何故俺は忍者と一緒にラーメンなど食べているのだろうか。


「随分と一杯食べるんですね」

「今日はいっぱい動くからな。逆に忍者はそんな少なくて良いのか?」


 俺はラーメンチャーハン餃子セット。

 夢のようなセットだ。

 対して忍者が頼んだのは普通のラーメン。女子だからカロリーでも気にしているのか?


「……聖羅です。そっちで呼んでください」


 そう言って彼女はラーメンを静かに食べ始めた。


 ……何こいつ!?

 おかしくないか? なにかおかしくないか?


 服装も普通になったし、口調も普通になってしまった。それでいて呼ばれ方が忍者ではなく名前になったら普通の女子みたいじゃないか。


「変だぞ、どうしたんだよ」


 あまりの変化に俺が気味悪がっていると忍者は俺に顔を近づけてくる。

 止めてくれ、忍者だって意識しないと恥ずかしくなるからもっと離れてくれ。


「忍者は忍もの。こうやって人に紛れるのも忍者の技の一つでござるよ」


 そう囁かれた。

 こんな至近距離で囁かれるのは俺は嫌いだ。なんかむず痒くなる。

 ラーメンを食べたせいで上がってしまった体温を冷ますように襟をパタパタした。


「分かった。それで、聖羅はその量で足りるのか?」

「問題ないですよ。少食なんです、私」


 私。拙者じゃなくて私とくるか。

 キャラが違いすぎないか?

 忍者の時はどこかお調子者みたいな雰囲気があったが今は完全に清楚な後輩みたいな感じだ。


「それで、何でついてきたんだ?」

「お腹が空いてしまって」

「そっちじゃない。ダンジョンの方だよ」

「私が作るのは先輩が強いって前提のものです。けどそれで死んでしまったら嫌じゃないですか」


 忍者の懸念は分かった。俺の強さに懐疑的なのだ。いくら俺が一ヶ月間どんな生活をしていたのか少し知ったとはいえ、強さの保証まではない。


「だから今日は着いて行って実力を見ます。そして、実力に見合ったロードマップ

も作らせてもらいます」

「報酬の持ち合わせがない」

「これは私がやりたいんです。それにあの話で充分貰いましたから」


 俺としては嬉しい話だが、少し申し訳ない。

 忍者は勝手にやるからなんて言っているが結構な労力が必要となるだろう。

 こうして俺の実力を見るために、半日も時間を犠牲にすることもなかったはずだ。


「ありがとう」

「えっと、どういたしまして?」


 俺らは依頼人と忍者という関係性だ。

 こうして仕事の話がなければ話すこともない。

 互いに黙ってラーメンを食べていく。


 しかし量の差もあり、忍者は先に食べ終わってしまった。

 彼女はスマホを弄り暇をつぶすつもりらしいが、その目線が一瞬チャーハンや餃子に移っていた。


「食べるか?」

「……ありがとうございます」


 少しの葛藤の末、忍者はチャーハンと餃子を少しずつ口に運んでいく。

 そんな事もあり、全てを食べ終わった。レシートを持ち会計に行く。


「会計はしておくぞ」

「お願いします」


 会計を済ませ、外に出ると忍者が俺に向けて手を差し出していた。


「どうした?」

「自分の分のお金です」

「なら受け取らないぞ。報酬の足しとでも思ってくれ」

「……わかりました」


 ちょっと納得しては無さそうだったが、下がってくれた。


「じゃあ次はメダルショップ行くか」

 

 ◆


 メダルショップ。

 俺たち冒険者にとって、宝物の山と言っていいだろう。

 名前から分かる通り、ここはメダル専門の販売店だ。

 さて、こんな場所に何をしに来たのかと言うと、勿論メダルの購入だ。


「それで、先輩は一体何を買うのですか?」

「キャラメダルとスキルメダルとアイテムメダルの三つ買おうと思ってる」

「マジックメダルは買わないんですか?」

「買えるわけ無いだろ、あんな高いもの」


 メダルにも幾つか種類がある。大きく分けて4つだ。


 一つ目がキャラメダル。

 秋月丸やヴァレリーがいい例だろう。


 二つ目がスキルメダル。

 今回買う予定の一種だ。


 三つ目がアイテムメダル。

 これは道具類がメダルの中に収納されている。


 四つ目がマジックメダル。

 今の俺が手を出せる値段じゃないので考えないようにしよう。


「キャラメダル買うんですか。確かに、犬一匹じゃこの先大変ですものね」

「犬じゃなくて狼な」


 忍者の言う通り、俺の仲間は秋月丸一匹のみ。

 これじゃあBランクに上がるなんて夢のまた夢だろう。

 だからこそ、俺は新しい仲間を求めてここに来た。


「どんなメダルキャラが欲しいんですか」

「そうだな、一応目星はつけてあって──」

「あ、ちょっと待って下さい。当ててみます」


 うーんと悩む忍者。

 そういう普通の女子っぽい動作は止めてくれ。

 ポンと手をたたき、彼女は近くにあった一枚のメダルを指差した。


「【ヴァレリー】ですね。男の子はこういうの好きですからね」


 どうです? 正解でしょ? とでもいいたげなドヤ顔。

 だが、残念だったな。その予想は外れだ。


 確かに【ヴァレリー】はかっこいいし、空飛べるし、土潜れるし、カッコいいしで最有力候補でもあった。

 しかし、俺の求めている最大の要素を持っていない。


「正解はコイツだ」


 俺が指差したのはメダルキャラでも、ちょこっと人気なメダル。

 【ヴァレリー】とは雲泥の差だが、その分値段は安い。

 そもそも、【ヴァレリー】は高すぎる! 

 DランクなのにCランクキャラの最安価くらいするじゃないか。


「ロボットですか……」


 その声色には何処か否定的な意味が込められている気がしてならない。

 俺が選んだのは機械の体を持つメダルキャラクター。

 【アギダイン】だ。


「何か気になることでも?」

「ただ、音がなっちゃうので隠密には向かないなって」


 いくら今が女子高生モードだとしても、忍者視点で物は考えるのか。

 確かにそういう視点で見ると、このメダルキャラは少し頼りないかも知れない。

 だがそもそもの話、俺には隠密の技術なんてなしい、メダルキャラにもそんな事は求めていない。


 むしろロボットなんだからウィーン、ガシャって動いて貰っていいくらいだ。

 それで右手をミサイル、左手をマシンガンにして戦うのが浪漫という物。

 まぁ、これは妄想。

 【アギダイン】の腕はもっと簡素の物だし、足もキャタピラみたいになってるからそんな音はならないらしい。


「スキルメダルはクイズとかせず買うぞ。早くダンジョンに行きたい」

「はーい」


 人気が少ないからか、それともこちらの話を聞いている人がいないと判断したのかは分からないけれど、コイツちょっとずつ忍び部分が混ざってきてないか?

 

 ◆


 やってまいりましたDランクダンジョン【赤塚】。

 Dランクダンジョンの中でも人気があるわけでもなく、冒険者ギルド赤塚支部の中に入っても人は少ない。


 FランクやEランクダンジョンと違い、Dランクからは入る前に受付で書類に一々サインしなければいけない。

 死ぬ危険があるのだから当たり前の事かも知れないが、少し面倒だ。


 内容を簡単にまとめると、ダンジョン内に入って死んでも文句言わないでね。との事だ。

 サインをしてようやく俺たちはダンジョンの入口へ移動することが出来た。


 前回の【無鈍】ダンジョンの入口と非常に内装が似ている。冒険者カードを通さないと入れないなどと、ちゃんと統一しているのだろう。


「集合地点を決めましょう」

「じゃあ第二層中心の入口。2番ゲート集合で頼む」

「分かりました。……集合前に死ぬとかは止めてくださいね」

「怖いこと言うなよ」


 一拍置いて深呼吸をする。

 いまだにダンジョンに潜る前の緊張感には慣れないし、慣れてはいけないのだろう。

 胸にぶら下げているメダルを固く握りしめる。


「出て来てくれ、秋月丸」


 Dランクダンジョンでは入った時点でそこは戦場だ。来たばっかりだからといって目の前に敵が居ない保証はないのだ。

 過去に、ダンジョンに来たら目の前にモンスターが居たという事例もある。

 召喚された秋月丸はここがダンジョン前だということを理解すると微かに笑みを浮かべた。


 俺とは随分と違う反応だ。だが、その笑みが欲しかった。

 緊張が解けていく。

 そうだ、ここからはダンジョンだ。


 冒険が待っている。

 危険もあるだろうが、仲間と一緒に笑い合えるそんな冒険が。


「行くぞ」

「ガウッ!」


 光に俺が包まれていく。いったい、どんな光景が待っているのだろうか。


 光が収まっていくと、広がっている景色は一面の青だった。

 青色の草。青色の木。青色の土。


 ここは青の森だ。


 別に青が嫌いな色というわけではないが、こうも一色に染まっていると気持ち悪いことこの上ない。

 直ぐに動ける体勢で辺りを警戒する。このエリアは目に痛いが、敵のわかりやすさで言えばこのダンジョン一見やすい場所なのだ。


 このダンジョンに住むモンスターの中に、青色の奴も擬態できる奴も居ない。


「いない……よな」


 秋月丸に確認を取ると、鋭い鼻でも敵は感知出来なかったのだろう。首を横に振る。


「よし。なら──」

「あれ? 陽清殿?」


 ドキリ。心臓が跳ね上がる。

 反射的に振り返り、視界に入るのは忍びとしての衣装であろう、初めて会った日と同じ格好をしている忍者だ。


「同じゲートだったんでござるね。これは幸先の良い。合流地点に行く必要がなくなったでござる」


 先程までの清楚後輩に戻ってくれという気持ちと、コイツはこっちの方が落ち着くよなって気持ちに挟まれ非常に心地が悪い。

 陽気な笑顔に、先程までの警戒で尖っていた心が溶けていく。


「キャラは出してないのか? 危ないぞ」

「出してるでござるよ。実は拙者、結構やり手なのです」


 いったい何処にいるというのか、そう聞こうとした瞬間に秋月丸が高速で振り向いた。 

 その視線の先は、俺の背後。


 敵か!

 後ろに振り返るとそこには俺の拳よりデカイ雀が飛んでいた。


 いつの間に。いつから。どうやって。

 様々な疑問が湧いてくる。


「味方のチュンチュン丸でござるよ。私ほどではござらんが、隠密の凄さは今実感していただいた通りでござる」


 味方か。俺も秋月丸も警戒を解く。

 確かに、こんな見た目のモンスターが生息しているという情報はなかった。


 それにしても隠密か。

 俺には全く無い技術だな。

 金を払えば教えてもらえたりしないだろうか?


「それじゃあ拙者は隠れて見ているのでご自由に頑張ってファイトでござる」


 忍者はさらば! と木の陰に隠れた。

 それだけで隠密になるのかよ。と苦笑しそうになるが、木の裏側に回って驚愕した。


 そこには既に忍者の姿はいなかった。

 いつ、どうやって姿を消したのか。

 忍者恐るべし。 

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