第2話「帰還後の初戦闘」

 秋月丸の牙が風船に食い込む。

 風船の一匹の、落書きのような眼が『><』と変化した。

 そして、牙が風船の胴体に一筋の傷が生まれる。


 食い千切られた傷から空気が漏れ出し、風船は萎んでいく。

 そして、光の粒子となって消え去った・

 まずは一匹倒したぞ。


「右に避けろ!」


 仲間がやられたというのに、仲間の動きは鈍かった。

 一匹は上に。もう一匹は左から。

 秋月丸の視界だけでは捉えきれない動き。


 だが、俺の視界はしっかりと風船を一望している。

 秋月丸が上空から振ってくる風船を避ける。

 そして地面に衝突して目が☆マークとなっている風船に向かって噛み付いた。


 光の粒子となって消えていく。

 これで二体目。


「前からくるぞ!」


 正面から最後の一匹が猛スピードで突っ込んできている。

 大人の男でも油断していると一歩下がってしまう程の威力だ。

 子供だったら転んでしまうだろう。


 ……そう考えると弱いな。


 秋月丸は最小限の動きで、つまりは紙一重で躱す。

 そしてすれ違いざまに爪で一閃を刻み込んだ。


 これで三体とも討伐完了。

 ドロップ品は0。

 弱い。物足りない。

 これじゃあ拍子抜けだ。


「おお」


 視界の共有を切り、隣を見ると真那が感嘆の声を上げていた。


「凄い! 凄く様になってたよ!」


 パチパチと手を叩きながら凄い褒めてくる。

 自分達が結構強くなっていることは自覚してたけれども、こうも褒められると照れてしまう。

 だけどちょっと過剰じゃないか?

 小学生でも倒せる相手だぞ?


「そうか?」

「うんうん。一体何処でそんな動き覚えたの?」

「まぁ、あれだ。この一ヶ月間で頑張ったんだ」

「へぇ」


 少し真那の声が低くなる。どうしたのだろうか?

 真那の顔を見ると少し悪そうな顔をしていた。


「何も覚えてないんじゃなかったんだ」


 ……。

 やらかしたぁぁぁ!


 警察にすら嘘つき通せたのに、まさかこんな場所でバレるか!?

 ……そうだよ、こんな場所だ。

 人気がない場所だからこそ話せることもあるんじゃないだろうか。


「秋月丸、辺りに人がいないか見てきてくれ」

「ガウッ」


 戦闘が終わったのに、戦闘が終わっていないかのような声色を出す。

 秋月丸も、真剣モードで周りに人がいるか駆け回って警戒を始めた。

 そして、長い付き合いなのは真那も同じ。


「ど、どうしたの?」


 少し怖かった表情が困惑へと代わり、キョロキョロと周りを見ている。

 大方、周りに敵がいるとでも勘違いしているのだろう。


「大事な話がある」

「だ、大事な話」


 俺の声色から真剣な話だと気がついたのだろう。

 真那も真剣味を帯びた顔つきになり、怖じけるようにおずおずと頷く。


「まずはそうだな。凄く衝撃的な話とちょっと衝撃的な話。どっちから聞きたい?」

「何そのいい話と悪い話みたいな言い方。それにどっちも衝撃的だし」

「それでどうなんだ?」

「じゃあちょっと衝撃的な話で」


 そっちを選んでくれたかと、ホッとする。

 自分で選択肢を与えたがすごく衝撃的な話は、衝撃的すぎて信じて貰える気がしないからだ。

 それに比べてこっちは簡単で簡潔に伝えられる。


「俺、Bランク冒険者目指します!」

「へー。ふーん。頑張って──ええええ!?」


 ワンテンポ遅れて驚きの声が上がる。

 Bランク冒険者。

 そう言葉にすると凄さが伝わりにくいかもしれないが、こう言ったら分かりやすいだろう。


 プロ冒険者。


 古今東西、プロというのはどんなものでもなるのは難しいだろう。

 世の中には本業が冒険者な人が少ないが存在する。


 そして、冒険者だけで生計を建てられるのラインがBランクと言われているのだ。

 Cランク以下でも冒険者として金を稼いでいる人もいるが、そういうのはモデルだとか、ブロガーだとか、他の職と掛け合わせている事が多い。


「Bランクだよ!? どれだけ危険か分かってるの!?」


 Bランクとなればそれ相応の危険度を誇るダンジョンにも潜ることになるだろう。

 FランクやEランクはぶっちゃけお遊びみたいなものだが、Cからは死亡率が高くなっている。 


 Bランクともなれば人なんて一撃で屠れれモンスターが闊歩している場所だ。

 真那の心配も最もだろう。


 それが分かっているから、親にだってこの事は話していない。

 ダンジョンに今来ていることすら親にも伝えていないのだ。

 それがその道のプロを目指すなんて言えるはずがない。


「それでもなりたいんだ」


 真那が目を見開く。


「どうして急に……」


 痛い程に動揺が伝わってくる。

 一ヶ月前、遭難前まではダンジョンに潜ることさえ億劫になっていた俺がこんな事を言うのが余程不思議なのだろう。


「……これだけでもお腹いっぱいなのに、これより凄い事ってなんなの?」


 この話は一旦置いとくということだろうか。

 しかし、どう伝えたものか。

 事前に言おうと思っていたわけじゃないので伝え方が難しい。


 ストレートに言ってもいいが、受け止めきれずに妄言を吐いているなんて判断をされてしまうかも知れない。

 それか行方不明期間中に頭が狂ったと思われるか……。

 しょうがない。多少ボカして話すか。


「俺はこの一ヶ月で様々なことを学んだ」

「それでプロなんかになりたいって言い始めたんだね」

「ああ。それで俺は──」


 絶対に信じてもらえないだろうし、仮に信じてもらえたとしても証明は難しいだろう。

それでも、親友には話しておきたかった。


「──世界の秘密を知ってしまった」

「……頭大丈夫?」


 案の定、驚愕とかではなんく真那の表情に浮かぶのは憂慮。

 言葉こそ結構失礼なこと言っているが俺を思っての言葉だろう。


「うん、病院に行こう。ていうかカウンセラーとか来なかったの? 一ヶ月の記憶

喪失って設定なんでしょ?」

「病んでるわけじゃないし」

「病んでなくても厨二病にはなってるよ」

「厨二病じゃねぇよ! あーもう。せっかく受け入れやすいように分かりやすく一言でまとめたのに」

「あー僕で良かったら聞くよ。うん」

「哀れんでるよな? それ完全に哀れみから出た言葉だよな!」

「まぁまぁ、落ち着いて」


 信じてもらえないのはしょうがない。

 それに、知った所で何か得するかと言われると0と言っていいだろう。

 知ったところで信じれる話じゃないしな。


「……。まぁいい。なら俺がこの一ヶ月何処で何をしてたか。何でプロになりたいなんて言い出したかだけ教える。世界の秘密は教えない」 


 これなら興味も出るだろう。 



 この一ヶ月何をしていたかを話し終え、俺達は出口へ向かった。

 出口もダンジョン内には複数ある。

 ここから一番近い出口までは徒歩十分といった所だろう。


 ヴァレリーは飛ぶ音がうるさいので、地面を歩く形で移動してもらっている。

 地を歩く姿もカッコいい。日光に照らされて光を反射させるあの甲殻がポイントだ。


「陽清が言ったんじゃなかったら信じられないよ」

「しょうがないだろう。事実なんだから」


 真那の口数は少ない。

 俺の一ヶ月間が本当なのか、それとも俺の妄想なのか判断がつかないのだろう。

 信じてくれたのは本当だろうが、それはあくまでも俺が嘘を言ってないという点だ。


 俺の言っていることが真実とは限らない。

 俺が夢を夢と思っていなかったり、洗脳されている。そんな話と同列に語っていい程に突拍子のないものだ。


「おっ。着いたな」


 出口は入り口と同じ様な形をしている。

 というか同じだ。

 石のようなもので出来た門。

 その中心は眼が痛くならない程度に光って奥が見えない。


 何故門が石なのか。

 そもそもこの石が何という種類なのかは良く分からない様だ。

 分かっていることと言えば、物凄く固く、経年劣化が少ないとか。


「じゃあ先行ってるぞ」

「うん」


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


【無鈍】ダンジョン 成果

  

 無し


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 門を通ると、何処かで見たような部屋に出た。

 【無鈍】ダンジョンの入口があった部屋に似ている。

 後ろを振り返ると、似たような門があり前のように鈍く光っていた。


「帰ってこれたのか」


 当然のことなのだが、やっぱりちょっとだけ不安もあった。

 この光に飲み込まれたら見知らぬ土地に転移してるのではないかと。

 そんなことなく安堵の息をついていると、背後から音が聞こえた。


「あっ。陽清も同じ場所に出たんだ」

「そうみたいだな」


 出口を通ると、出る場所は3箇所ある。

 この部屋の左右の部屋にも似たような門が合ったはずだ。

 ランダムで出る場所は選ばれるようだが、偶然同じ門だったらしい。


「んじゃ、秋月丸とヴァレリーには戻ってもらうか」

「そうだね」


 真那はポケットから紐で繋がれたメダルを取り出す。

 するとヴァレリーは光だし、メダルの中に消えていった。


「何時見ても不思議だよね。こんな小さなメダルにどうやって入ってるんだろう?」


 物理法則が行方不明になっているような現象だが、見慣れた俺達の反応は薄い。

 メダル。冒険者が使っているような印象があるがそれは間違いだ。

 メダルというのは世界の隅々に浸透している。


 例えば労働力。

 他の国への長距離移動をする際などは、動物タイプのメダルキャラを使って移動することだってある。

 と言っても、車とかの手段も有るのだが。


 有名なやつだと飛竜便だろうか。

 流石に車も空は飛べないからな。


 ダンジョンに潜る従者。

 俺はこの言い方は好きでなく仲間と言っているがそれだけの関係性じゃないのだ。


 例えば秋月丸なんかは元々、祖父が番犬としてメダルショップで買ってきたものだ。それが父へ受け継がれ、今は俺の元にある。


 そのため俺は勿論、真那も生活の何処かでよく見慣れているのだろう。

 不思議そうにはしているが驚きはない。

 俺も秋月丸を首からぶら下げたメダルの中に戻す。


「じゃあ帰るか」


 俺と真那の家は隣同士だ。

 なので帰るときも基本的に一緒だ。小中とも登下校は一緒だったし、高校も同じ所を受験した。


 真那のほうが俺より頭いいから同じ高校ではないと思っていたけど、まさか同じ高校を受験するとは思っていなかったな。


 こうやって歩くのも当たり前のことだと思ってたし、なにか思うことなんてなかった。

 けどどうしてだろうか。

 この時間が凄く嬉しく感じてしまう。


「何かニヤけてるけど良いことでも合ったの?」

「いいや、いつもどうりだ」


 いつもどうりなんて、一ヶ月前は無理だと思ってた。

 真那とは二度と会えず、馬鹿みたいな話はもう出来ない。

 だから気がつけたのだろう。日常の尊さに。


「ねぇ、見て」


 真那がビルに取り付けてあるモニターを見て足を止めた。

 モニターに映るのはテレビへたまに出る冒険者ギルドの偉い人だ。

 普段はもう少し顔色が良かった気がするが、今回は顔色が悪い。


「3ヶ月前に東へ探索へ出た探索隊ですが、本日の15時を持ちまして、全滅と判断させていただきます」


 何人かの通行人の足が止まった。普段ならば目も向けないだろうに。

 全滅。つまり、死んだのだろう。しかもこの話し方だと、遺体すら回収で規定なさそうだ。


「AランクとBランクで構成され、メンバーは──」 


 並べられていく名前の中には聞いたことがある人もいる。

 例えば、【炎散の魔術師】なんて呼ばれる男。

 彼は炎に関するメダルキャラを好んで使用し、炎の雨を降らすことで有名なAランク冒険者だ。


 大会などへの参加も積極的にしており、メディアへの露出も多かった。

 ネットに動画のアップロードをしたりしていて、ファンも多い。

 ワイルド系な顔をしていて男女問わず人気者だった。


 その男の名前は道明寺紅蓮。

 今、俺が持っている冒険者の心得の本の著者だ。


「……ねぇ、改めて聞くよ。陽清はB級冒険者に何でなりたいの?」


 その問いかけの答えは既に伝えていた。

 否定して欲しいのだろう。

 誰だって友人に危険な目には合って欲しくない。

 だからこそ俺は目を見て、はっきりと答えた。


「探索隊に入って、外の世界に行くためだ」


 寂しそうに真那が笑う。

 そんな顔にさせたのは俺だ。

 探索隊、探索部隊など名称は複数あるが彼らは全員、地図の外側を探索する冒険者達のことだ。


 世界は思いの外広く、俺が住む国以外にも国があるのは勿論、様々な場所がある。

 世界地図を開けばそれは一目瞭然だが、決して地図に描かれている事が世界の全てじゃない。


 今埋まっている地図は、世界の何%なのかすら判明していない。

 それ程までに、人類は世界を知らなかった。

 今回全滅のニュースがあったが、これは前例がない事でもなく何度か聞き覚えがある。

 きっと死亡率は低くないだろう。


「そっか。こんなニュースを聞いても一切揺るがないんだね」

「ああ」

「応援はしないよ」


 親友が初めて見せる拒絶。

 別に俺が間違っている訳でもないが、真那が間違っているわけでもない。

 悲しいと感じているのはお互い様なんだろう。


「この話はいったんお終い。さぁ、歩いた歩いた」


 暗くなっていても仕方がない。お互いに気分を切り替えて歩きだす。

 だけどその間に冒険者について話すことはなかった。


 ◆

 

 家に帰った頃には夕方になっていた。Eランクダンジョンが家の近くになく電車で時間がかかったというのも一つ。

 そもそも警察への用事などで行く時間が遅かった。


 母はパートで帰ってくるのは30分後くらいだろう。

 親といえば、俺がダンジョンへ行っていた事をこのまま隠しておくべきだろうか。

 本当は話すべきなんだろう。けどそんな事をしたら止められてしまう。


 悩んだまま俺は二階にある自分の部屋に入っていく。

 今日は体力的にはあまり疲れなかったが、精神が疲れた。

 親友とはちょっと嫌な雰囲気になるし、警察と話す事になるし。


「あ──」

「誰だっ!」


 背後から突然気配がした。

 反射的に相手を床に組み敷く。

 相手が動けない様に、そして脅迫の意味を込めて腕を相手の首に押し付け、相手が立ち上がれないように胸を抑える。


「へっ?」


 女の声だ。

 そう認識すると同時に、手に柔らかい感触を覚えた。


 俺の背後を取ったのは俺よりも年下に見える女の子だった。

 しかも美少女と言っていいだろう。少なくとも、俺の部屋にいるような人間じゃない。

 胸に触れていた手をどかす。


「誰だ」


 声を低くして脅すように話しかける。

 こういうのは初手が大切だと聞いたことがある。

 相手にいかにコイツはやる時はヤル奴だ。そう思わせることで恐怖心を煽るらしい。


「顔を赤くしても迫力ないでござるよ」

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