第25話 賢者の木は治療する
地下の資源の回収に、何度目かの出発をする時の事だった。
近郊の鉱山へ向かったカインの部隊が、予定日を過ぎても戻らない事を不審に思ったベディヴィアは、万が一の可能性に備えて数名の騎士を鉱山へ向かわせようとしていた。
「……おかしい、あれからすでに2日経っている。鉱山へは半日で着く距離、ここまで遅いわけがない」
鉱山までは半日で着く距離の道のりだが、街の外で魔物に襲われる可能性や、何かトラブルに巻き込まれる可能性も無いわけではない。
鉱山の調査任務を行うため、帰りは日没を避け、街への帰還は後日という事になっていた。
緊急の場合には任務を中断して街に引き返す手筈となっているが、それを加味しても帰還が遅すぎる。
「どうしたんだ?何かトラブルか?」
「ああっ、大樹か。出発前にすまないな、何たいしたことでは……」
「ベディヴィア様!」
嫌な予感とは的中するものである。
慌てて駆けてきた騎士は、街の近くで倒れていた仲間を発見。その者は薄れゆく意識の中、自分は鉱山へ向かったカインの部隊の者だと告げ、至急応援をと言うと、そのまま意識を失ったという。
「報告ご苦労。その倒れた騎士は今何処に?」
「『救護隊』が騎士団本部の医療施設へ移送しました」
「わかった。私もそちらへ向かう」
急に物騒な話へと変わった現場で、大樹は言葉も出ずに立ち尽くした。
「大樹、お前も私と共に来てくれ」
「……おっおう……わかったよ」
部隊は一時出発を取り止め、ベディヴィアの指示があるまで待機となった。現場指揮を任されていたスミスとジャンヌも、ベディヴィアの指示で同行する事となった。
騎士団の医療施設。医療技術としてはまだまだ発展途中だが、『薬、回復魔法』を駆使して仲間を助ける医療部隊が存在している。
通常は騎士団本部の医療施設にて待機しているが、有事の際には部隊に同行、もしくは現場に急行するこの部隊こそ、部隊の生死を分ける最後の砦なのである。
大樹とベディヴィアが医療施設へと向かうと、とある一室から慌ただしい声が響く。
「『エイル』!魔力増進剤を急いで投与して!体内魔力量が著しく低下してる!」
「了解『エイア』姉さん!」
白衣に身を包んだ緑色の短髪女性と、それを手伝う大樹と背丈が同じ位の少年。意識を失い倒れた騎士に、必死に処置を施している。
「この斬り傷、ただの斬り傷じゃないわね。傷は浅いのにこの症状、傷口から魔力が外に流れ出してる」
「傷口を縫合して、魔力の流出をふせげば!」
「無理ね。試してみたけど、特殊な刃物で斬られているから傷口が塞がらないの」
「そんなぁ……」
2人が必死に治療を行うも、騎士の意識は戻らない。そればかりか、体内魔力がどんどん抜けていくため、このままでは命が危ぶなかった。
『生命反応著しく低下。このままですと命が危ないです』
「このまま見てるだけなんてな……。あの時と一緒じゃねぇか!」
目の前で失われてしまいそうな命に、あの時の女性、テレサという女性の事を思い出す。
同じだった。目の前にして何も出来ない歯痒さは、あの時のあの光景と同じだった。
『……一つ試してみたい事があります』
「試してみたい事?」
『はい。剣を出して下さい』
なぜ今剣を出す必要があるのか疑問に思いつつも、魔道書に何か考えがあるのだと疑わず、剣を手に取る。
『ドレインを剣に付与出来るなら、生命の雫も付与する事が可能なはずです』
「でもそのスキルって、たいした効果は無かったはずたろ?」
『今のあなたなら、それ以上の効果を引き出せるはずです』
「……ちんたらしてる暇は無いんだ!それでやってみよう!」
大樹はドレイン空閃斬を使用する要領で、剣に生命の雫を使用し付与する。
「大樹!お前いったい何を!」
医療現場での大樹の異様な行動に一同驚き、静止するよう促すが、彼の真剣な表情から冗談事ではないと察し、彼に任せてみようと望みを託した。
必死に治療にあたるエイルとエイアも、大樹の行動に気づき警告する。
「あんた何やってんだい!一思いに楽にしようってかい!」
「大樹さん落ち着いて下さい!」
「2人ともすまない。ちょっとだけ俺を信じてくれ」
大樹の必死の言葉に、エイルはエイアに目で合図を送ると、2人は一時治療を中断し、患者から離れた。
『やり方は同じです。あの傷口目掛けて放って下さい!』
「わかった………『ライフドロップ』!」
とっさに頭の中に浮かんだスキルを使用し、剣に載せて放つ。
剣から放たれた優しい光を纏った生命の一雫。傷口に当たると傷をみるみる塞ぎ、患者の体力を回復させ、状態異常を取り除く。
「うっ……こっ、ここは?私はベディヴィア様に……」
先程まで絶望の淵へ立っていた騎士とは思えないほど回復し、計器による体の異常値は全て正常に戻っていた。
「スゴい力だ……」
「見蕩れてる場合じゃないよエイル!患者の状態を確認するんだ!」
「わっわかったよ姉さん」
詳しく調べるが異常は見られない。むしろ今にも立ち上がって歩いてしまいそうなくらい元気になっていた。
「ったく、すんごい力だねあんた」
「いや、ははっ……うまくいってよかった」
先程のスキルの使用で魔力をだいぶ消費してしまい、その場にへたる大樹。そんな大樹の肩を叩いてベディヴィアは騎士を助けた礼を言う。
「ベディヴィア様。至急カイン様の救出をお願い致します!」
「……いったい鉱山で何があった?、詳しく話してくれ」
「はい、かしこまりました」
それから騎士は話し始める。
騎士はあの時、カインに応援要請を頼まれ、数人で鉱山を後にしようと出口へ向かっていた。すると出口付近で謎の集団の偵察部隊に見つかり、やもえず戦闘に突入。
なんとかその場を勝利で収めたが、相手は1人、こちらは3人で、数では勝っていたのにも関わらず、かなりの手練れで苦戦を強いられた。
怪我を負いながらも、なんとか鉱山を後にする事が出来たが、異変に気付いた追手に2人が捕まり、自分は逃げ延びたが、さらに追ってきた敵の部隊長らしき二刀流の男の一太刀を受け負傷。
次第に薄れ行く意識の中、なんとか逃げ出し、馬を奪って街の近くまでやっとの思いで辿り着いた。
「その謎の部隊、もっと詳しい情報は無いか?」
「はい、どの国の兵士とも違うようで、特徴的だったのは赤い鎧。鎧には何かの紋章のようなものが刻まれておりましたが、詳しくは何も……」
各国の騎士や兵士は、統一された装備などを身に纏っている場合が多い。特に鎧や武器、兜など、様々ではあるが『国紋』と呼ばれる国特有の紋章が刻まれている場合がほとんどだ。
小国や独自で国紋を刻んだ場合は、どこの兵士か確認するのは難しいが、大国の場合、見れば誰でもわかるくらいに知れ渡っている。
「ただ、相手の部隊長らしき人物は男!かなりの手練れで、二本違いの剣を持った、眼鏡が特徴的な奴でした!」
2本の剣と眼鏡男と聞き、スミスはあの時の男を思い出した。
「その男の剣!『青』と『赤』が特徴的で変わった形ではありませんでしたか!?」
「はっ、はい。言われてみれば確かに特徴的な変わった剣でした」
「……間違いない、街を襲い、父を殺したあの男だ!」
スミスはあの時の事を思い出し、怒りが込み上げる。
「という事は、モードレッド卿の配下である可能性が高くなったわけだ。おそらくその部隊も、奴の手の者……」
ベディヴィアはそう言うと、部屋を後にするように立ち去ろうとする。
「ベディヴィア様!何とぞカイン様を、仲間をお助け下さい!」
「……すまない。救援は出せない」
「!?(一同)」
「捕まった2人を含め、カイン達の生存はかなり低い。救出に向かおうにも、奴の配下に対抗できる戦力も、現状さける人員もいない……」
「俺達がいる!」
声を上げたのは大樹、そして彼に賛同するように、ジャンヌ、スミスが名乗りをあげた。
「ベディヴィア様、私も彼と一緒に、救援へ向かいたいと思っております!」
「部隊長が行くならもちろん私も行く。それに二剣使いは私の父の仇です!」
「……」
立ち去ろうとしていたベディヴィアは足を止める。
「救援は出さない。以上だ」
それだけ告げると、またベディヴィアは歩き出す。
「カインを見殺しにするのかよ!アンタそれでも『円卓の騎士』かよ!」
大樹の言葉にハッと何かを思い出して再び足を止める。
「カインが生きている保証は?」
「そんなの行ってみなきゃわかんねぇ!」
「本当に奴の配下だったとして、勝てる勝算はあるのか?」
「それもやってみなきゃわかんねぇ!」
「そんな無茶苦茶な話が通用するとでも?」
「やってやるさ!俺達が!」
「『私ほどの実力も無いヒヨッコが!自惚れるなよ!貴様らが行くのは救援ではない、ただの犬死だ!』」
突如浴びせられる殺気混じりの怒号。周りにいた者は皆、畏怖して恐縮する。
ただ、3人を除いて。
「どうしても救援へ向かいたいと言うなら、この私を倒して行け!」
本気のベディヴィアに、大樹、ジャンヌ、スミスはとっさに武器を構える。それを覚悟と受け取ったベディヴィアも拳を構える。
構えたベディヴィアから殺気混じりの闘気が溢れ出し、床や壁はベキベキと音を立てる。
「殺すつもりでかかって来い!お前達が相手にするのは……」
「『円卓の騎士だ!』」
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