第26話 賢者の木は後を追う

 凄まじい気迫。倒せと言われて踏み出そうにも、一切隙がない。むしろ踏み込んだら最後、そんな気がしてならなかった。


 「へっ、本気なんだな……」


 「もはや引く事は不可能!大樹殿、覚悟を示しましょう!」


 「ここであの方を越えなければ、この先の困難を越える事はできないでしょう!大樹君!」


 「ああっ!行くぜ!!」


 大樹が踏み込んだタイミングで、ジャンヌ、スミスも別方向からベディヴィアに仕掛ける。


 『距離を詰めすぎてはいけません!まずは空閃斬で牽制を……』


 「相手の力量も計れぬのに、一気に仕掛けるとは愚策だな」


 ベディヴィアは大樹が空閃斬を放つ前に一気に距離を詰め、隻腕をみぞおちへ叩き込む。


 「がはっ!?」


 続けてジャンヌとスミスが左右から同時攻撃を仕掛けるが、軽くかわされる。


 「黄金の槍」


 ベディヴィアの隻腕から放たれた衝撃波は、一刃の槍となってジャンヌを貫く。


 「ぐっ!」


 手加減では無い本気の一撃が、ジャンヌの鎧を砕き、宙に浮かせ吹き飛ばす。


 「デーモンテール!『火打』!」


 地面をなぞるように斧を這わせ、火花を散らせ燃え上がらせ、それをそのまま叩き付ける。


 「自慢の斧はこの程度かスミス」

 

 燃え上がる斧を片手で止めると、自身より一回り大きいスミスを斧はごと持ち上げ地面に叩き付ける。


 「ぐうっ!」

 

 一瞬の間に、3人はなす術なく敗れた。だが、本来ならば立ち上がる事すら困難であろう一撃を受けてなお、3人は立ち上がる。まだその目には諦めの文字は浮かび上がっていない。


 「手加減をしたわけでは無い……。どうやら覚悟は、本物のようだな」


 (ジャキッ)隻腕の拘束具を外すベディヴィア。


 「ならば次は確実に沈める。それから目覚めるまで、少し頭を冷やせ……」


 腕を覆っていた重厚なパーツが剥がれ、剥がれた箇所から黄金の魔力が溢れ出す。


 『『黄金の騎士』、ベディヴィア様がアーサー王から頂いた『二つ名』……』


 「あれはまずいです!お二人共、私の近くに!早く!」


 慌てて2人を呼び寄せるジャンヌ。只事ではない状況に、起き上がり間もなく、痛みに耐えながら足を動かす大樹とスミス。


 「我らをお守り下さい!、聖女の盾!」


 「……『エルドラグ』!!」

 

 黄金の眩い光に包まれた瞬間、そこから3人の意識は途切れた。微かに大樹の瞼に残ったのは、悲しくもどこか安堵したようなベディヴィアの顔だった。


 →→→→→…………。



 街の外れ、誰かの気配を感じ、ある者は振り返る。


 『お一人で行かれるのですね。本当に、不器用な方だ……』


 「魔導書様……。今回の失態は私の責任。それに私は、もう誰も失いたく無いのです」


 優しくも、どこか悲しい目をしていた。同時に魔導書の脳裏に蘇る、自身前で膝を折り祈る少女の姿を。

 少女は涙し、語りかける。「どうか私からこれ以上何も奪わないで下さい」と。その願いは聞き届いたかは定かでは無い。

 その時の少女の目が、あまりにもベディヴィアとリンクしていた。


 「そしてどうか、私の頼みを聞いて下さい。決して追って来てはならない、お前達はこの街をどうか守ってくれと……。そして……」



 「『……振り返るなと……』」


 それだけ伝えると、ベディヴィアは街を後にした。


 →→→→→………。



 「……!?……!!」


 薄ら目に、誰かが自分に喋りかけている。


 「……さい!!」


 「……起きてください!!大樹殿!!」


 激しく揺さぶられる体。薄ら目で見えたのは、必死で起こそうとしているジャンヌだった。


 「ジャン……ヌ?」


 ゆっくり体を起き上がらせるが、お腹の辺りに酷い鈍痛が響く。


 「ぐっ!、いてぇ……」


 「無理もありません。ベディヴィア様の本気の一撃を食らって、我々全員、『半日』も眠っていたのですから」


 それを聞いて大樹はハッとなる。正直何が起こったか全く思い出せないが、半日も意識を失っていたのは衝撃的だった。


 「しかし大樹殿!、それどころではないのです!ベディヴィア様が!ベディヴィア様が!」


 『お一人で鉱山へ向かわれました』


 「!?」


 自分達が救援へ向かう事を許可しなかった張本人が、倒れている間に一人で救援へ向かっている。正直わけがわからなかった。なぜ一人で向かう必要がある?なぜ自分達では駄目なのか。


 「俺達じゃ、足手まといって事かよ。俺達は必要無いって事かよ!」


 「……大樹殿……」


 「それはどうかのぉ〜」


 声を荒げる大樹に割って入るアルファ。


 「奴は、お前さん達だからこそ、ここに残したんじゃないかのぉ」


 「そんな、何を根拠に……」


 「根拠か……。ほれっ」


 アルファは大樹に一枚の紙を投げ渡す。


 「それは奴がワシに残した置き手紙じゃ。しかしどうにもワシは字が上手く読めなくてのぉ。だからこれは『まだ伝わってない』のよ」


 そう言うとアルファは後ろ手で『バイバイ』と手を振りながらその場を去った。


 『アルファ様……』


 「……アルファ様へ、この手紙を託します……」


 ※アルファ様へこの手紙を託します。

 

 私は私の立場故に、その場における最大の選択をしなければなりません。たとえ1を見捨てる事になっても、100を救うのであれば、私はこれを選択せねばならないでしょう。この選択を、他は快くは思わない事でしょう。私もこの判断を、正しくも間違っていると、矛盾した事と認識しております。ですので私は現在をもって自身の立場を退き、1騎士として、責務をまっとうします。敵はあまりに未知で強大。刺し違えたとしても、必ずや仲間を救出してみせます。つきましては私にもしもの場合は、貴殿にこの街を、『新しく芽吹いた彼ら』を導いて頂きたく、勝手な私をどうかお許し頂きたく申し上げます。


 「……なんだよこれ……」


 『ベディヴィア様は、自身を追うなと、そして最後に、振り返るなと、そう言って街を後にされました』


 「なんだよそれ!!」


 怒りが込み上げ、手紙をぐしゃぐしゃに握り潰す大樹。

 おもむろに立ち上がり、1人街の外へ向かって歩き出す。


 『何をするつもりですか!?』


 「決まってんだろ!カインを助けに行くんだよ。そんでもって『あいつ』をぶん殴る」


 『ベディヴィア様の真意があなたにはわからないのですか!』


 「わかんねぇ、だから行く」


 大樹は歩みを止める事なく進む。そんな彼の後方から迫り来る無数の足音があった。


 「私もご一緒させて下さい。ベディヴィア様の意に反する事であっても、『部隊長』が出撃するのに、我々が止まる事など出来ません」


 『ジャンヌ様!あなたまで』


 ジャンヌと共に、十数名の騎士が名乗りをあげた。皆の思いは大樹と同じく、友のため、仲間のため、恩師のためにと様々な強い意志がそこにあった。


 街の入り口とも言える場所に、待っていたと言わないばかりに男がいた。


 「行くんですね大樹君」


 「ああ。それはスミスもいっしょだろ」


 「はい。その通りです」


 スミスも加わり、今まさに翠の魔導部隊として出撃しようとしていたその時。


 「待って下さーい!」


 大きめのリュックを背負ってこちらに駆け寄る少年。


 「ぜぇ、ぜぇ、ぼっ僕も!部隊に加えて下さい!」


 「お前はたしか?」

 

 「はい!第一医療部隊所属のエイルです」


 息を切らしながら、大樹に向かって敬礼するエイル。


 「私を皆さんの部隊、翠の魔導部隊のサポートととして加えて下さい!」


 「……行ったら無事に帰れないかも知れねぇぞ」


 「それは覚悟の上です。そして、その可能性を上げるために私が行くんです!」


 現在の翠の魔導書部隊において、エイルのような医療技術者が加わることは大変ありがたい話だが、同時にリスクもある。

 医療部隊員というのは、戦う事が主ではない。回復や後方支援などを行う者とは異なり、前線ではなく事後で瀕死や傷ついた仲間の治療が主な仕事である。


 「君の支援はありがたいが、回復を施せる者は部隊にもいる。正直足手まといになるのではないか?」

 

 「スミスさんのおっしゃる通りですが、私は戦えます!」


 そう言うとエイルはリュックをゆっくりと下し、同時にスミスに殴りかかる。一瞬の事に少し動揺したスミスだが、間一髪のところで拳をかわしていた。


 「私は医療部隊所属であって、前線でも戦える『医療戦士』です」


 医療部隊でも数人、エイルを含め姉のエイアもこの医療戦士である。医療戦士とは、その名の通り、医療を専門としながらも、前線で戦う事も可能なハイブリッドであり、エイルはどちらかというと、戦う事のほうが主だっている。


 「やるねぇエイル君!」


 「はい!決して足手まといにはなりません。ですから私をどうか、どうか連れて行って下さい!」


 「エイルはどうしてそこまでしてついて来たいんだ?」


 「アルファ様からお話を聞きました。私はベディヴィア様は間違っていると思います。自身なら犠牲になっても構わないというのは、ベディヴィア様を思う人を裏切っているように感じるのです」


 それを聞いて大樹はエイルに手を伸ばす。


 「だったら俺達と一緒に、あいつをぶん殴ってやろうぜ」


 エイルは大樹の手を掴む。


 「はっ、はい!よろしくお願いします!」


 「よし!行こう!」


 大樹は高々と拳を上げる。その場にいた全員が続けて手を上げ声を上げる。準備は整った。後は鉱山へ向かうのみ。

 

 その時だった。


 『本当に行くのですか?』


 「何だよ魔導書、今更だろ」


 『いや、もうお止めはしませんが……』


 「なんなんだよ、俺はとまらねェぜ」


 『いやあの……』


 大樹が勢いよく街の外に足を踏み出した瞬間、大樹の体はボロボロと崩れ土に還る。


 『だから言ったのに』


 大樹は街の外には出られないという事を、すっかりと忘れていたのであった。

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転生したら木になってました!?世界を支える賢者の木 甘々エクレア @hakurei

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