第一章 賢者の木は建国する
第13話 賢者の木は現状と変化を整理する
=====…………。
(トントントントンッ)
響き渡るはカナヅチを叩く音。一年前まで何も無かったこの場所に、次々と新たな建物が生まれていた。
「今日もいい天気で、気持ちのいい朝だ」
その場所の中心に存在する一本の木。その木の木陰から空を見上げる男は、雲一つ無い青い空と、日々変わりゆく風景に胸躍らせた。
国……、とはまだ呼べないが、かつて廃墟同然だったその場所に、多くの人が集まり、様々な建物が建設されていた。
「こんなところにいたのか。探したぞ旦那様」
木陰の男に声を掛けてきたのは、銀色の長い髪を靡かせ、獣のような耳を頭に生やしたスタイルの良い女性。
「なんだアルファか……。てかその旦那様ってのやめてもらえないか?」
「何を言う!、私と旦那様は『特別な契約』を結んだ仲。それすなわち、私と旦那様は、他の者とは違う!一線を超えた存在!」
「いっ、一線!!」
『ほ〜それは興味深いですね』
アルファの言葉に驚く男の前に、突如一冊の黒い本が現れる。
「なっ!『魔導書』!盗み聞きするんじゃねぇ!!」
中に浮く魔導書を捕まえようと、男は手を伸ばす。それをひらりとかわして宙を舞う魔導書。
「楽しくやっているようだな『大樹』いや、『賢者の木』様と呼んだ方がよかったかな?」
突如現れたのは隻腕の騎士。
「ベディヴィアさん!?どうしてここに?」
「『例の件』で、今から出発するのだが、その前に挨拶をと思ってな」
「ほぉ〜、お主例の件とは口実で、本当はひと目旦那様に会いたかっただけではないのか?」
「なっ!?何を言うか!!」
顔を真っ赤にしてアルファに言い返すベディヴィア。
「残念じゃが旦那様は私の物だ!誰にも渡さない!」
大樹の腕に抱きつくアルファ。女性に耐性の無い大樹は、腕に当たるアルファの胸の感触で赤面し言葉を失う。
「ち、違うと言っているだろうが!!」
『ベディヴィア様とアルファ様は恋敵と……』
自身の知識の1ページに、深く刻み込む魔導書。
しばしベディヴィアとアルファの攻防は続いた。その2人の口論を遮るように、1人の男がさっそうと駆け寄る。
「お話の途中申し訳ありません。ベディヴィア様、そろそろ出発の時間にございます」
「……っ!?かっ、カインか。すまない我を忘れていた」
それからベディヴィアは急いで待たせていた部隊の元へ走った。
去りゆくベディヴィアにアルファはベロを出して威嚇する。それを見て負けじとやり返すベディヴィア。
魔導書から見る2人はまるで子供のようだった。
「べーっだ!!さぁこれで邪魔者は居なくなったぞ。ワシと旦那様2人だけの空間じゃ!」
『いや私いますけどね』
「きゃー!どうする旦那様!まずワシか?それともワシ?やっぱりワシか?」
『おーい私居ますよ!それと、そろそろキモイですよ』
自分の世界を爆発させるアルファに、魔導書は狂気と嫌悪を抱いていた。ところで熱い好意を向けられた大樹はというと、長時間抱きつかれた結果、自我を保てず失神していた。
気を失った大樹は、賢者の木に戻り、現状を振り返る。
まず最初に自身について。
なぜ木としてではなく、人間として存在できるのか。
これについてはまだ詳しくわかっていなかった。ある日突然、人型として木から離れ行動できるようになっていた。
行動できる範囲は限定されていて、この国……、村の範囲内。つまり外には出られない。
無理矢理出ようとすると体が土に還ってしまう。
あと朗報で、ちょっとだけ大きく成長する事が出来て、若干緑が出始めている。
これと同時に魔導書も、本という形で出現した。
魔導書いわくこの現象は、『対話』という上位スキルと、ある『力』が共鳴した結果なのではないかと言う事だった。
ある力については教えてもらえなかったが、いずれ時が来ればと言われて『また』終わった。
次にアルファについて。
正式に眷属として、俺と契約を結び、数十匹のキラーウルフを連れて、俺を守る事を第一使命として従ってくれている。
最初は近くに出現した魔物を片っ端から退治、その他食料などの調達など、彼ら彼女らの機動力を活かした仕事をしてくれていた。
ところがある日、俺が人型になったと同時に、アルファやキラーウルフ達も人型に変わちまった。
これについて魔導書は、俺の眷属になったことが深く関係しているとの事だった。
その日からだ、アルファがいつも以上に俺にくっ付いて来る様になったのは。
元が魔物とは思えないくらいのスタイル抜群のお姉さん。マジで女性耐性がないからくっ付かれると麻痺したように動きが止まる。
キラーウルフ達も、男女半々といった形で、人型になっている。
男は狩に、建設に。女は食料配給や、なぜか俺の身の回りの警護、世話などをしてくれている。なお、獣形態には自由に変われるようだ。
ちなみに女のほうが、男連中の何倍も強いから驚きだ。女は強しなのだ。
次にベディヴィア達について。
復興当初は右往左往して、なかなか激しく駆け回っていたが、最近では各所に散っていた仲間達を少しずつ呼び戻し、落ち着いて復興に尽力している。
ベディヴィアは復興の最高責任者として、日々様々な問題に取り組み、場合によっては自身で復興の最前線で活躍したりしている。最近では少なくなったが、たまに何日か外へ出て情報を収集したりもしている。
最初に連れてきた配下だった4人の騎士は、カインを筆頭に国の最前線防衛騎士として活躍。徐々に集まった仲間達と共に、キラーウルフ達を入れて騎士団を編成。この国の治安や守りの要となっている。
最後にこの国について。国と呼んではいるが、まだまだそんな立派なものとは呼べない。
敷地の各地には今も、瓦礫や廃墟が無数に存在している。国の要である城も、まだまだ手付かずのままだった。
そして、今もオレ達は、隠れるようにひっそりと暮らしている。何度か小さな危機にさらされた事はあるが、目立った問題は未だない。それはいい事なのだが、同時にいつかはやってくるその日に対して恐怖を覚える。
だがそんな俺の心配をよそに、暮らしている皆んなは日々笑顔を絶やさない。そんな風景を、この場所の中心で俺は今日も見ている。
→→→→→…………。
「おっ?やっとお目覚めか?」
目を覚ました大樹は、自身の木の下で、アルファに膝枕をされて横になっていた。
「なんだろうな。最初はこんなになるなんて思っていなかった……。それがだんだん変わっていって……、なんだが怖くって」
「未知の未来を嘆くより、変わりゆく今を憂う方がいい。先の事なんてわからない、だから変わりゆく今が大事なんじゃ」
「変わりゆく今か……」
アルファは大樹の髪を優しく撫でる。いつの間にか日は沈み、ゆっくりと夜の静寂が近づく。
アルファの膝の上で、大樹は今一度瞳をとじた。
→→→→→…………。
『これまでの事、そしてこれからの事も、全てあなたにはお見通しの事なんでしょうね』
賢者の木の頂上付近。夜の暗闇の中、月明かりに照らされ、魔導書を持った少女は1人空を見上げる。
『私は『彼』を選んだ事を後悔しておりません。彼ならきっといつか……、きっと……』
少女の頬に一筋の涙が流れた。その哀しげな彼女の姿を見守る者はいない。
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