第12話 賢者の木は対話する

 「貴様、死に損ないの分際で、立つだけで精一杯だろう。なぜそこまでして邪魔をする」


 ベディヴィアは今度ははっきりと魔物の声が聞こえた。視界はすでにぼやけているが、声を放つ相手の姿は捉えていた。


 「なっ、なぁ……、騎士のねぇちゃんよ……。もし聞こえてるんならさ、あんただけでも逃げて……、くれよ……」


 自身も絶命寸前で、激しい痛みに耐えながらベディヴィアを気遣う大樹。しかしその直後に襲った激しい痛みに耐えきれず、意識がもうろうとする。


 「……。誰かは知らんが……、ぐふっ……。気遣い無用だ……。これは、己に誓った責務……。我が信念による使命……」


 大樹は薄れゆく意識の中に、あの時の映像が飛び込む。似ている、あの激しく燃え盛る炎の中、自分を守り抜いたあの騎士に。


 「立ち塞がるのなら貴様も共に逝くがよい。貴様の立てた誓いに、無力な己を呪いながら死ぬ」


 魔物はベディヴィアと賢者の木にトドメを刺すべく爪を振り下ろす。

 死を覚悟してなお、ベディヴィアは瞬きひとつせず、最後まで木の前に立ち、両手を広げる。


 「アーサー王……。ギィネヴィア様……」



=====…………。



 男は思う。自分が木ではなく、あの凛として立ち上がる騎士のようであったのならと。


 今の自分のような無力な存在ではなく。剣をふるい、雄々しく立ち向かう力があれば………。


 しかしそれは叶わない。


 無力な自分への、最後の思いの一雫が溢れ落ちる。



 『条件達成!ワールドスキル、『創造主』を発動致します』



 (ガキンッ)


 死を覚悟していたベディヴィア。しかし未だ訪れぬ最後に驚愕する。

 何が起こったのかはっきりとは見えないが、何者かが自分の前で魔物の一撃を受け止めている。

 同時にどこか懐かしい匂いと気配を感じるが、それもぼやけるようにハッキリと思い出せない。


 「……!?……。ラン……、ス……」


 ベディヴィアはそれを最後に地面に倒れ込んだ。

 倒れた彼女の前には、ベディヴィアと同じ円卓の騎士のみ身にまとう事を許された鎧に、限られた者だけが扱える白銀の聖剣を手にした男が1人。

 魔物の爪を剣で受け止め、そのまま弾き返す。


 「貴様何者だ!?。どこから現れた!。気配はあの木に酷似しているようだが!」


 「残念ながらあまりおしゃべりをしている時間は無いんだ!。悪いが次で決めさせてもらう」

 

 「ふざけるな!!我が同胞の仇!討たせてもらう!!」


 魔物は男を鋭い牙で食い千切ろうと、大きく口を開け一気に飛び掛かる。

 

 「聖剣アロンダイト!!、泉の盟約に基づき、我が敵を討ち滅ぼせ!」


 「『ダークネス・ネメシス』」


 聖剣から溢れ出した禍々しいオーラは、鋭い無数の刃となって魔物を次々と斬り裂く。


 「グオォォォォ!」


 魔物は倒れ込むが、すぐに立ち上がる。しかし、黒い刃が体に纏わりつき、体の自由を奪う。


 「これ以上、お前を苦しめるつもりは無い。なぜならお前は、仲間の仇を取りに来た優しき王であるのだから」


 男の言葉に、もがく事を止める魔物。おそらく再度立ち向かっても勝ち目はないだろう。どこか次元の違う存在感を男に感じていた。


 抵抗する事を諦めた魔物に、男はうんと頷くと、剣を納めた。その後、男の体は光の泡となって木に還る。


→→→→→…………。



 激しい夜の攻防から数時間が経ち、日が昇り、夜はすっかり明けていた。

 

 朝日が眩しく差し込むと、死んでいたように眠っていた大樹は目を覚ます。


 「なっ……、なんだ?……。足元があったかい……」


 足元を見る大樹。そこには何故か見覚えのある少し大きめな白い狼が、纏わりつくように眠っている。


 「ギャー!!バケモンだぁぁぁぁぁ!!」


 大樹の声に、白い狼は目を覚ます。


 「目覚めたか主人殿よ」


 「しゃっ!喋った!?」


 『落ち着いて下さい。この魔物に今や脅威はありません』


 脅威は無いと言われても、よく見ると昨夜自分ヲを昇天寸前まで追い込んだ化け物。姿を見るだけで恐怖が蘇る。


 「嘘つけ!、餌かなんかにして、後で食うつもりなんだろ!」


 『木なんて食べませんよ……』


 白い魔物はゆっくりと立ち上がり、大樹の前に座って頭を下げる。


 「我はお主に負けた。ゆえに我は、我の信念に従い、お主に忠誠を誓う」


 「ふぇ!?」


 まったくもって状況が理解できない。あの時、あの薄れゆく意識の中で、死ぬ事を予感していた。意識が途切れて、目が覚めたら襲って来た魔物に忠誠を誓われるなんてどういう状況だ。


 『この魔物はセイバーウルフのアルファ。ウルフ族の族長で、このブリタニアの地を治めているそうです』


 「………。この地を納めし族長さんが、なんで俺に?」


 「騒がしい奴なんだな貴様は……」


 突如横から横槍のように話に飛び込んできた女性。目の前の事がまだ理解出来てない大樹に、さらなる衝撃を与える。


 「うえっ?」


 そこに居たのは、生傷で体中痛々そうに目立つベディヴィアだった。


 「まさか賢者の木に人の意識があったとはな……。そこの魔物に聞いただけではまだ半信半疑だったが……」


 「おっ、俺の声聞こえるんですか?」


 「ああ。はっきりとな」


 感無量だった。この世界に来て、初めて人と交わした言葉だった。

 未だ体は動かずとも、この世界へ来て初めて外へ向けて飛び出した言葉は、ありし当たり前だった世界を脳裏に蘇らせた。


 「泣いているのか主人殿よ?」


 「だっ、だっでよ、なっなんかうれじぐで……」


 木から涙は出ないが、込み上げる感情を堪えきれず泣いてしまう。

 この時の大樹を、その場にいた者は誰もそれ以上触れず、彼の気の済むまで優しく見守った。


 『やれやれ。困った賢者の木様です……』


 それからしばらくして、大樹は泣き止むと、大樹はベディヴィアとアルファから様々な事を聞いた。


 この土地の事。かつては巨大な王都が存在し、多くの民が暮らしていた事。


 そしてある日突然現れた裏切り者によって国が崩壊してしまった事。


 その生き残りであるベディヴィア達が、その裏切り者を討つべく、仲間を集め、もう一度この場所で、国を立て直すため行動を起こした事。


 長々と話を聞いたが、正直難しい事は頭になかなか入らず、要点だけを押さえて理解した。


 そして、アルファがここを襲った理由。それは大樹が1人の女性を守るために殺めてしまったあの同胞の行方を知るためだった。

 

 だが、アルファにとって初めは小さな綻びのようだった怒りが、何者かの仕掛けた血の匂いによって増してしまい、最終的には我を忘れる形で、怒りに身を任せてしまったらしい。


 そして俺にはまったく覚えが無いが、アルファは打ち負かした俺に従うという形で、仲間?になってくれた。という感じだ。

 

 打ち負かしたと言うが、『その時』の事は魔導書に聞いても詳しく教えてくれない。『いずれ時がくれば』とか言って話をはぐらかす。


 会話が出来る事に関しては、アルファを眷属という形で仲間とした事が関係しているらしい。


 後で確認すると、思いの伝達というスキルが、アルファによって『対話』というスキルに変わっていた。


 内容は人、魔物など、様々な種族と対話出来るようになるというものだ。

 だが制限もあって、俺の木の周辺でないと会話は出来ないという事だった。


 それでも十分すぎるスキルだった。他にもいくつかスキルを習得したが、それはまた今度にしたい。この対話スキル、何気に魔力を消費するのだ。


 それからベディヴィアは魔道具を修復し、裏切り者のカインてやつを別個に拘束した。

 拘束されたカインは、これまでの事をまるで覚えておらず、まるで人格が変わったように謝り続けていた。


 ベディヴィアは国の復興という大義を掲げて、今日も忙しく走り回っている。


 徐々にではあるが、隠れ隠れ散ったかつての仲間達が集い初め、国の復興……?。見た感じ国というか村だが、その姿が変わっていく。


 村って言ったらベディヴィアは怒るのだが、俺を、賢者の木を中心に少しずつ変わっていく。


 初めは何も無かった場所が日に日に変わっていく。そんな場所の中心で、俺は今日も生きている。




 そして………。一年が過ぎようとしていた。

 

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