第11話 賢者の木は魔物の王と出会う

 押し寄せる魔物の群れの中に、一頭だけ、他の魔物とは個として生命反応量が違う存在が、中央の大樹に向かっていた。


 ベディヴィアもこの存在にはいち早く気づいていた。すぐに対応しようとするが、他の魔物に邪魔をされて近づく事が出来ない。


 「何故このタイミングで上級クラスの魔物が!しかもあれはソードウルフの上位個体、『セイバーウルフ』!!」


 ベディヴィアが目視した個体は、ソードウルフよりも一回り大きく。牙もさらに鋭く尖り、体に生える毛の一本一本が刃物のように鋭い。


 「このままでは突破されて中央に!、まて、勝手にそう思ってはいたが、何故こいつらは真っ直ぐ中央に向かっているんだ……」


 焦れど魔物の侵攻は防げず止まらない。何とか阻止しようと、雑魚を各個撃破するベディヴィア。なおも中央へ向かうセイバーウルフ達にどこか気持ちの悪い違和感を感じていた。

 ベディヴィアの違和感はこの後、大樹にとっての悪夢になるなど誰も知る良しも無かった。


 →→→→→…………。



 「陣形を崩すな!各自、確実冷静に撃破せよ!」

 

 『了解!』


 数は多くはないものの、倒しては次が現れとキリがない。

 徐々に中央の騎士達は披露し、陣形が崩れ始める。


 「くっ!これではキリがない!」


 「弱音を吐くな!ベディヴィア様は、最前線で戦っておられるのだぞ!」

 

 声を荒げる騎士達、それは虚しく深夜の闇へと木霊する。先の見えない攻防は徐々に激しさを増して行く。


→→→→→…………。



 ベディヴィアはなおも前線で足止めをくらい、セイバーウルフの侵攻を防げずにいた。


 後方の部隊に危険を知らせようとも、雑魚が邪魔してうまくいかない。


 「致し方ない……!、悪いがこの先には行かせる事は出来ん!」


 ベディヴィアは腰を低く落とし、右手の隻腕を深く引く。


 「『黄金の槍!!ゲイボルグ』」


 隻腕から放たれた黄金の衝撃は、一本の槍を形成。周囲の魔物を貫きながら、後方のセイバーウルフへ向かう。


 「グルルルッ!」


 しかしセイバーウルフに当たる直前、主人を守るようにソードウルフ数体が盾になる。

 それによって威力と勢いは激減し、槍は消滅する。


 「馬鹿な!かすりもしないだと!」


 その刹那、ベディヴィアを危険な存在だと察知したセイバーウルフは、素早く移動し、鋭い剣のような尻尾で、ベディヴィアを弾き、数メートルほど弾き飛ばす。


 「ぐっ!なんてスピードだ!、真紅の瞳の無い今の私では見切れない!」


 先程のカインに使用した真紅の瞳は、連続して使用する事は出来ない。一定時間以上のクールタイムを要しなければ、無理に使用すると体への負担が大きい。

 

 弾き飛ばされたベディヴィアは、着地に失敗し、地面に叩きつけられる。

 

 衝撃は大きかったが、すぐに立ち上がる。それでも激しくよろめくベディヴィアに、追い討ちをかけるように、セイバーウルフは鋭い爪で襲いかかる。


 「化け物め!」


 →→→→→…………。



 それからしばらく、中央へ来る魔物の数は激減し、騎士達が現在対応している魔物で最後のようだった。


 「魔物来なくなったな!……。ふぅ〜俺のドレインが炸裂したおかげだな」


 『炸裂とは1匹も仕留める事が出来なかった者の使う言葉ではないですね』

 

 結果的に1匹も範囲内に現れなかったため、おのずと結果は0である。


 「まっ、まぁ〜……、いいじゃん。とにかく魔物はいなくなったって事で、俺らの勝利だろ」


 『調子いいですね、何もしてないのに』


 「なんですと!!」


 そんな大樹達をよそに、騎士達は地面に倒れるように座り込んだ。

 まだまだ油断は出来ないが、現状追加の追ってが来ない今が、一瞬でも体力を回復できるベストなタイミングである。


 (バキバキッ)


 響き渡る異音。


 同時にその場の全ての者に突如漂う緊張感。すぐさま騎士達は、披露した体に鞭を打って立ち上がり、周囲を警戒する。


 「ぐあぁぁぁ!」


 騎士の一人が突如胸を切り裂かれ負傷する。胸の鎧を貫通するほどの鋭い爪痕。大量では無いが、出血も見られた。

 負傷した騎士を下がらせながら、周囲を警戒。しかし敵の姿は無い。夜の静寂に、たいまつの火がパチパチと音を立てる。


 「ぎやぁぁぁ!」


 また一人、姿の見えない何かに胸を切り裂かれ、倒れ込む。


 「どうなってんだ!あいつらやられてるぞ!」


 『……この反応……!間違いない、先程感じた統率者クラスの魔物です!』


 魔導書の感知によって存在は確認できたが、いっこうに姿は見えない。

 大樹は360度全体を見渡すが、それでも魔物の姿は捉えられなかった。


 「ぎゃぁぁぁ!」


 ついに最後の一人が倒れ、騎士達はなすすべないまま全滅する。

 そして、今起きた事は全て大樹に見せる演出のように、主役が暗闇からゆっくりと現れた。


 (ドンッ)体に微量の衝撃が走る。大樹に向かって、なんらかの塊が投げつけられたようだ。


 「グヘッ!っ何だ?」


 投げつけられた塊は、全身血だらけで意識を失ったベディヴィアだった。


 「なっ!騎士のねぇちゃんじゃねーか!」


 死んだように横たわるベディヴィアに、魔導書はすぐさま生命反応を確認する。


 『大丈夫です!まだ生きています!、ですが……』


 視線の先、それは静かにこちらを見つめていた。

 そして大樹と魔導書は気づいた。その静かな視線に乗せられた、激しく溢れんばかりの殺意を。


 「これってあれだよな……。完全に俺達だよな……」


 『……どうやらそのようです。ここに根して動けないのを呪いたいくらいの殺気です……』


 獲物を追い詰め、次に確実に仕留めるという体制で、静かにこちらに歩み寄るセイバーウルフ。

 

 どう足掻いても勝ち目はない。


 いつ襲って来るのか。まるで死刑執行を待つように、緊張感と底知れぬ恐怖が体を支配する。


 「汝が我が同胞を葬りし者か?」


 突如大樹の脳内に女性の声が響く。


 「何だ?誰の声だ!?」


 「答えよ、罪深き愚か者よ」


 今度ははっきり聞こえた。そして理解した。その声の主は間違いなく、目の前に対する魔物だと。


 「もう一度問う。汝、我が同胞を葬りし者か?」


 恐怖が体を支配して、うまく言葉が飲み込めない。魔物が何を言っているのか、何を伝えようてしているのか、頭の中でぐちゃぐちゃになって整理できない。


 『………。お聞きしたい魔物の王よ。我が同胞とはいったい誰の事ですか?……』


 その直後、大樹の腹部あたりに激痛が走る。


 「ぐぅぅぅ!?……痛ってぇぇ……」


 魔物は鋭い爪で、木をえぐり取るように斬り裂いた。斬属性に対する完全な耐性がある大樹を、耐性を無視してダメージを負わすなど、普通はあり得ない。


 「質問をしているのは我だ、我が問いだけに答えよ!」


 『ですからわからないのです!、同胞とはいったい何の事ですか!?。本当に私達は知らないのです!』


 「グルルルッ!!」


 魔物の殺気がさらに増し、大地を震わせる。


 「なっなぁ魔導書………。こんな時になんなんだけど、俺の命って、あとどのくらいだ?」


 『限りなく0に近い状態です。生きるか死ぬかは、あの魔物の手に委ねられている。と言ったところですかね……』


 「そっ…、そうか……。わかった……」


 今度は本当に死ぬかもしれない。今にも意識を失いそうな痛みと絶望の中で、完全に戦意喪失していた。


 「なっ…、なぁ……。聞こえてるならさぁ……、教えてくれよ……。俺馬鹿だから、何が何なのかわかんねぇよ……」


 「………。あくまでしらを切るか。ならばもうよい、粉々になるまで、貴様を引き裂いてやろう!!」


 大樹の返答に、怒りが爆発する魔物。もういいと言わんばかりに、トドメの構えに入る。


 「まっ……、待て……」


 突如ベディヴィアがゆっくりと立ち上がり、大樹を庇うように両手を広げて立ち塞がる。


 「………。私が今聞こえているのは、幻聴……、なのかも知れない……。だが!、もしこの会話が本当なら……」


 満身創痍、立っているだけで限界だった。しかしある思いが、ベディヴィアを奮い立たせる。


 「この木だけはやらせない!!。この木は、この場所は………!!!」



 『『ブリタニアの騎士が、国を、王を、友を、愛する者を!!、必ず護ると、己に誓いを立てた場所なのだから!!』』


 体はすでに限界、力は無く、弱々しく、大樹の前に立つその女性の瞳には、諦めなど、微塵も感じさせ無かった。

 

 

 

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