第9話 賢者の木は裏切り者に出会う

 「結界の効力が無くなったって、それはつまり!?………。どうなるんだ?」


 『………。すぐにどうにかなるとは言いません。ですが、このまま放置すれば、ソードウルフのような魔物をこちらに招く事になります』


 「なっ!?それじゃあテントで寝てる奴らあぶねーじゃん!」


 大樹の頭でも、このままでは危険な状態になりつつあるという事は理解できた。しかし理解出来たところで対処はできない。


 そして危険な状況はもう一つある。それはあの男、カインだ。目的は未だに不明だが、ベディヴィアを眠らせ、未だ姿を眩ましている。

 もしかしたら、この結界を停止させたのも奴の仕業ではないかと睨みをきかせるが、たとえそうだとしても手が出せない。


 『とっ、とにかく今出来る最大限の事をやりましょう。ベディヴィア様や他の騎士達に危険が迫っているという事を伝えるのです!』


 「伝えるってどうやって?」


 『それはもちろん!、持ち前のスキルでビビッと!』


 「ないよ?」


 『パンパカパーン!スキル……何とか出来るを習得致しました!』


 「えっないよ?」


 『ですから……。その……』


 いつもは冷静な魔導書が、取り乱すように慌てている。何とかしてやりたい気持ちは伝わるが、やはり無力。

 そもそも頼みの綱の魔導書も、冷静を欠いた今の状態では頼りになりそうにない。


 「ちくしょう!とりあえず考えろ!何かあるはずだ、何か……」


 意識を集中させ、無い頭を振り絞って考えるが、そんなに簡単にいいアイディアなど思いつくはずがない。焦っている時はなおさらだ。

 最悪の結末まで、あとどれほどの時間が残されているのかなどわからない。だが確実に、もうすぐそこまで迫っている。猶予は無い。


 →→→→→…………。



  全ての仕込みを完了させ、最後の仕上げにと、賢者の木へと向かうカイン。


 「全て絵に描いたように完璧だ!そして仕上げに賢者の木を葬って終わる」


 カインは懐から、緑色の液体の入った瓶を取り出す。


 「あの方によれば、賢者の木は炎への耐性があるらしい。だから木を始末するには、燃やすより枯らすほうがいいそうだ」


 あまりに万事上手く進むため、カインの顔から不敵な笑みが未だ絶えない。

 完璧なシナリオに、優越に浸りたいところではあったが、少々急がなければならない。それは先程まいた血を嗅ぎつけて、魔物達が集まってくるからだ。


 さらに騒ぎを聞いて、眠りに入っている騎士達が起きるやもしれない。

 

 「くくくっ、騎士共が起きる頃には、この辺りは魔物共が押し寄せているはずだ!。頼みの綱のベディヴィアは薬で起きる事は無い。対処する間も無く全員食い殺されるだろう」


 全て順調、仮に騎士達が目覚めたところで、無数に集まる魔物共を対処できるはずがない。ましてや寝起きの冷静さを欠いた状態では対処は不可能に近い。


 男は完全なる勝利にさらに笑みを浮かべる。そしてついに、最終目的の賢者の木を眼前に捉える。


 「さぁ、最後の仕上げといきましょうか!」


 →→→→→…………。



 大樹は考えど考えど、いい策など出はしない。焦りに焦るが、無情にもその時は来てしまう。


 「!?奴だ!、おい魔導書!奴が現れたぞ!」

 

 ジリジリとこちらにきみの悪い笑みを浮かべながら近づく男。


 『何をそんなに慌てているのですか?。カイン様がどうかなされたのですか?』

 

 先程の慌てた様子など無かった事のように、いつもの冷静な口調へ戻る魔導書。


 「だから!、今最大級で1番怪しくて1番危ない人物がこっち来てんの!」


 『怪しい人物?。何を言っているのですか、カイン様とても素晴らしい騎士様です!怪しいわけがありません』

 

 「なっ!?。どうなってんだ魔導書!」


 先程までと完全に変わってしまった魔導書の対応に、困惑する大樹。そんなやりとりなどいざ知れず、男は大樹の元に向かう。


 「さあ仕上げだ!」


 カインは瓶の蓋を外し、賢者の木に向かって放り投げた。瓶から出た緑の液体は木の根本にかかると白い煙を上げる。


 「ぎゃー!何か投げた!ギャー!何か液体かかった!!てか煙出てますけどぉ!!」


 『栄養剤でしょう。我々の事を気にかけてくださったのですよ。なんとお優しい方』


 「んなわけあるか!成分調べろや!。絶対怪しいぞ!」


 魔導書は何をそんなに慌てているのか全く理解できない様子で、仕方なく『はいはい』と、木にかかった成分を調べだす。


 『はい、出ましたよ。えーっと、これは魔力の注入された『猛毒』のようです』


 「それみろ!やっぱ危険なやつじゃねーかよ!。てか痛てんだよ!、ジリジリ染み込んできて何か溶けるみたいに熱いんだよ!」


 『はははっ、とても効能の高い物を我々に下さったんですね。なんと素晴らしいお方』


 「効能の高い猛毒だわ!!」


 大樹にかかった毒薬は、ゆっくりと根元に浸食し、大樹の体を枯ら始める。


 「ギャー!枯れてる枯れてる!」


 『何を慌てているのですか、ちょっと効能が良すぎて枯れただけでしょう。慌てるほどではありません』


 「ちょっとじゃねーわ!だいぶ枯れとるわ!てか現在進行形だわ!」


 ただでさえ細く痩せ細った大樹の体は、次第に老化が進むが如くしおれだす。


 そんな大樹を尻目に、カイン徐々に枯れていく賢者の木にさらに追い討ちをかけんと、もう一本の瓶を取り出す。


 「これでトドメです!終わりですね賢者の木!」


 カインは瓶を大樹に向かって放り投げる。任務完了と言わないばかりに、最後に最高のしたり顔。


 しかし、完全に賢者の木を捉えて飛んで行った瓶は、木に当たる前に真っ二つに割れ、中から溢れ出す液体と共に地面に落ちる。


 「なっ!?何故瓶が!」


 その刹那、カインは背後から凄まじい殺気に襲われ、すぐさま前方へ回避、後ろの殺気に向けて防御体制をとる。

 バカなと、振り返るとそこには、先程薬で眠らせた、起きるはずのない女が立っていた。


 「ばっ、ばかな!、薬の効果はまだ切れないはず!何故貴様がここにいるのだ!」


 「………。見つけたぞカイン、いや、偽りの騎士よ!」


 今夜のひときわ明るい月あかりに照らされ現れたのは、怒りの感情を完全に剥き出しにする事なく、爆発寸前ではあるが、嵐の前の静けさの様な殺気を放つベディヴィアだった。


 「くっ!」


 カインはすぐにこの場は危険だと判断し、逃走を試みる。しかし、瞬時に現れた空を斬る斬撃によって、退路を塞がれてしまう。

 振り返るとそこには、義手を手刀のように構えて、こちらを睨み付ける女騎士の姿があった。


 「どこへ行く!、貴様には聞きたい事が山ほどあるのだがな」


 「なっ、何をおっしゃっておられるのですベディヴィア様。私をお忘れですか?。カイン、副団長カインにございます」


 (ヒュン!)


 言葉虚しく、ベディヴィアの手刀から放たれた斬撃が、カインの頬をかすめる。


 「くだらぬ事を申すな!、もう惑わされたりはせん!」


 こちらの嘘が見抜かれている。しかしカインは疑問に思う、それは薬で眠っているはずのベディヴィアが何故ここにいるのか。

 他の騎士達とは違う、さらに睡眠効果が高い薬を使用していたはずだ。

 そして最大の疑問。何故レアスキル、『擬人』の影響を受けないのか。


 「答えろ!、貴様は何者だ!。誰の命を受けて動いている!!」


 沈黙を続けるカイン。下手には動けないが、このまま沈黙を続けるのは危険だった。

 目の前の存在も十分危険だが、それと同様、先程まいた仕込みによって、ここが危険な場所へと変わるからだ。


 「そうか、沈黙が貴様の答えか……。ならばもういい、全力で貴様を叩きのめし、その後でゆっくり聞くとしよう」


 瞬き程の刹那、ベディヴィアは一瞬でカインの元へ移動し、義手から繰り出される重い一撃を腹部に撃ち込む。


 「がはっ!」


 鈍い痛みと激しい衝撃によって、地面に倒れ込むカイン。もだえる彼を上から見下すように覗き込むベディヴィア。


 「終わりだ!」

 

 止めの一撃が繰り出されるその瞬間、カインは不敵に笑う。


 その笑みに、危険を感じたベディヴィアは、すぐさまカインから距離をとった。

 

 「くくくっ……。出来ればこれは使いたくなかったのですが、相手があなたなら仕方ありませんね」


 カインは両手を合わせ、魔力を集中させ、詠唱を始める。そうはさせまいと、一気に踏み込みベディヴィアだったが、少し遅かった。


 カインは左手を依代に、異界から呪われし魔剣を召喚。ベディヴィアの一撃を弾き返す。


 「『裏切りの大剣アベル!』これであなたを殺して差し上げます!」


 この世の物とは思えない禍々しき姿の魔剣。しかし、その魔剣を前にしても、一切物怖じしないベディヴィア。ゆっくりと拳を構え、腰を低くし、深く息を吸った。


 「こい!」

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