第7話 賢者の木は再建を見守る

 握りしめる拳に力が入り、『ビキビキ』と音を立てる。


 ベディヴィアの怒りは無意識に周囲を威圧し、その場のあらゆるも物、例えるなら『人・物・大地・空・あるいは空気』を震わせる。

 威圧とは対象を押さえつけるエネルギーのようなもの。それがベディヴィクラスが発するものとなれば、周囲に与える影響は凄まじい。

  彼女の脳裏に浮かんだ憎しみの対象。抑えきれる事のない怒りが引きがねとなり起こった感情の爆発。

 普段ならば抑え込めるはずの怒りが、ここへ来て一気に爆発する。

 控えていた彼女の部下達も、凄まじい威圧に圧倒され動けずにいた。


 「なんだなんだなんだ!!、目に見えない壁みたいなのに押し潰されそうな感覚!。てかめっちゃチクチク痛いんだが!」


 ベディヴィアの黄金の槍に比べれば、さほどでもないといった感じだったが、それでも大樹の体を軽く、くの字に反るほどのエネルギーだった。

 枝はバサバサと音をを立ててしなり、体のあちこちは『バキバキ』と音を立てる。


 『さすがはベディヴィア様、お見事にございます………。あっ、ちなみに残りHPは0.5です』

 

 「1にも満たないのかよ!」


 ついで程度に言われた事が、1番重要な情報だった事に驚きを隠せない。


 いつもそうだ。


 しかしながら、命が残りわずかと言われたところで、目の前の騎士の怒りは鎮まらない。


 「だけどこのままじゃ本当にやべぇ!」


 大樹必死に考えた。死の間際で思考は加速し、ありとあらゆる事が、予測されるパターンが頭の中で駆け巡り、組み上がる。


 「考えろ!考えろ俺!何かあるはずだ!何かスキルとかないか!何か!何か!」


 『残り0.1です』


 危機回避集中モードから、『終わった』という言葉が頭の中いっぱいに広がる。よくよく考えればそんな一発逆転のスキルなんてあるわけがない。


 そう、例えば彼女に、『止めてもらえませんか?』と『伝えるようなスキル』が。


 「やめてもらえませんか………。伝える………。待てよ!ある…あるぞそんなスキルが!」


 脳裏にスキルを浮かび上がらせる、『思いの伝達』もうこれに賭けるしかないと。


 『のこり0.……』


 視界が白い霧に覆われていくようにかすんでいく。『死』が、すぐそこまで迫っていた。



 「あのーー!!止めてもらえませんかーー!!」


 思いっきり腹の底から叫んだ。声が出るわけではないが、その思いはスキルで変換され、ベディヴィアに向け飛び立つ。


 届くかどうかはわからない。だがやれる事はやった。

 しだいに視界は白に染められた。祈るように、大樹は目を閉じる。


 「!?」


 ベディヴィアは何かを感じ取ると、すぐさま怒りを鎮め、冷静さを取り戻した。


 「今誰かが私に何かを……」


 怒りで支配された状態の彼女に、微かにではあるが、声が届いた。

 それははっきりとは聞こえなかったが、なぜか止まってくれと、そう言われたような気がしてならなかった。


 冷静になって辺りを見ると、足元はひび割れており、倒れ込む部下達が目に入る。


 「………。情けない、また怒りに支配されていたのだな」


 冷静さを取り戻したと確信した騎士達は、一斉にベディヴィアの元へ駆け寄ると、心配そうに次々にベディヴィアへ声を掛けた。


 「ふっ、『また』お前達に迷惑をかけたようだ、本当にすまない」


 頭を下げるベディヴィア。騎士達は驚き頭を上げるよう促す。


 「頭をお上げ下さいベディヴィア様!」


 「そうです!我らはベディヴィア様の近衛騎士。我々に気を使う必要はありません」


 「………。すまない、感謝する」

 

 目の前の部下達を目にして、自分はどれだけ恵まれた存在だろうと痛感する。だが以前はもっと多くの部下に支えられていた。

 あの日、あの夜に、城とベディヴィアを守り散っていた彼ら彼女らを思うと、また怒りが込み上げそうだった。

 しかし、残った彼等を見て、再度沸き立つ激しい怒りを鎮めた。


 「……なんとかなったのか?」


 『残り0.01。むしろ生きている事が不思議なくらいですが……』

 

 「だよな、あっちの世界に行きかけてたからな………。むしろ半分行ってた気がする」

 

 安堵したいところではあるが、残りのHPはわずか、次何かあれば確実に死ぬだろう。

 目の前の女性の状態を恐る恐る確認する大樹。目に入ったのはなんとも微笑ましい光景だったが、ベディヴィアに対する恐怖心から、彼女を直視する事は出来ず、むしろ少し見ただけで死に直面したように、胸に動悸が走った。


 『もしやベディヴィア様に恋をしているのですか?』


 「んなわけないだろ!、怖いんだよ!みりゃわかんだろ!!」


 「………。そうですか残念です。とても素敵な方だと思うのですが」


 確かに美人だし、背は小柄な、ちょうど大樹好みの身長で、胸はそこそこある。外見はクールビューティーという感じだが、なによりそれにも増して恐ろしい。


 「てか、あんなに強いならこの城守れたんじゃないのかよ?」


 『……敵はそれ以上に強大だった。そういう事なのです』


 ふーん、と納得したのか微妙なところで、同時にあれ以上の怪物がいるのかと少々不安になった。


→→→→→…………。



 それからしばらく経って、ベディヴィア達はしばし休憩を挟み、休憩を終えると騎士達は持参していた手荷物の中からテントを取り出し設置を開始した。


 大樹を中心として城側に一つと、そこから木を囲むように2つ設置された。


 城側に設置されたテントは少し大きめで、ベディヴィア専用といった感じだった。


 夜中に作業が行われたという事もあり、設置してすぐに、見張りの2人を残して就寝したようだ。それを見届け、静まり返る夜に大樹も電池が切れると眠りに入った。


→→→→→…………。



 昨日の疲れか、目覚めたのは次の日の昼をゆうに超えていた。そして大樹は目を覚ましてそうそう驚く事となる。


 目の前には、昨夜のテントとはうって変わり、木枠で作られた簡易的な家のような物が一つ、あと少しというところまで組み上がっていた。


 寝る前はテントだったのに、覚めたら立派な家になっている。まるで未来に飛ばされた気分だった。


 驚いたのはそれだけではない。それはこれをやっているのがたった5人だという事だ。


 中でもベディヴィアの働きは凄まじく、指示を出しながら、キャメロットから少し離れた森より切り出した木材を自らがまとめて4〜5本担いで運び、それを部下達が組み上げている。

 その凄まじいスピードに、しばし唖然として見ていた大樹は、時と共に少しずつ出来上がるその建物に感動していた。

 

 「すげーよな、俺にはあれやれって言われたって出来ないよ」


 『人には得意不得意があります。出来ないのは、たまたま得意じゃなかっただけなんです。そして苦手なそれを磨くか磨かないかでまた結果は変わるんです』


 「じゃあ俺にもできるようになるのかよ?」


 『その結果に向けて、あなたがどれだけ努力できるか……。ですがね』


 しだいに日は落ち、辺りはしだいに暗闇に包まれる。

 ベディヴィアは一本の木から作り出した巨大な『たいまつ』に火を灯し、かつて城の正門があったであろう場所の地面にそれを刺す。


 いままで夜は完全な暗闇で、誰もいなかったこの場所に、今は明かりが灯り、人がいる。

 

 この世界にきて、孤独だった大樹にとっては、突然舞い込んだ、ささやかな幸せのように感じた。


 「よし、これで今日の作業行程はほぼ終了した。あとはこの『魔導具』を周囲に設置して最後だ」


 ベディヴィアは5本の短い槍のような道具を取り出し、部下達に一本ずつ手渡した。


 「それでは今から、最後の仕上げにこの魔道具を各自所定の場所へ設置してくれ」


 各自了解すると、各々所定の場所まで移動した。

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