第6話 賢者の木は隻腕の騎士と出会う

→→→→→…………。 


「間違いない、この場所だ……」


 月明かりに照らされ、姿をあらわにしたのは白銀の鎧に包まれ、右目に眼帯をした金髪の女騎士。


 ゆっくりと大樹に向かって歩みを進める。


 先程まで爆睡だった大樹だが、魔導書の声で渋々目覚め、眠気目でぼんやり映る謎の一団を確認すると発狂する。


 「だあぁぁぁぁぁぁ!敵しゅゅゅゅだあぁぁぁぁぁ!しぬうぅぅぅぅぅ!」


 凄まじい奇声をあげ、危険な気配と魔導書の警告で爆発し、眠気を吹き飛ばし絶望する。


 そんな大樹などいざ知れず、女騎士はジリジリと距離を詰める。


 歩み寄る女騎士の後ろからは、突如別の鎧に身を包んだ騎士4人が現れ、周囲を警戒するように散らばった。


 「ぜぇぇぇぇったい囲んで『ガンッ』だ!囲んで『ガンッ』だよぉぉぉ」


 『落ち着いて下さい。それに、彼女はもしや………』


 ついに女騎士は大樹の前へ、辺りを警戒していた騎士達も、四方から大樹を取り囲む。


 大樹はぐるっと周囲を一見し、ある事に気づく。それはあからさまに騎士達5人の配置が特殊な位置だったためだ。


 「間違いない!魔法陣だ!こいつら5人で大魔法唱えて俺を消すつもりなんだ!」


 大樹の想像では、この陣形で騎士達が複数人で詠唱し、強大な魔法を放つといった場面だった。


 『ですから彼女は……』


 「こうなったら俺にも考えがある!、残念だったな!今お前がいる場所!、すなわちその場所は、俺の必殺技の射程内!!」


 「『ドレインだぁ!!』」


 騎士達が取り囲んだ場所。それは偶然ではあるが、大樹のドレインの最大射程内だった。


 すぐさま地面に張り巡らせた根っこをフル稼働。ドレインを唱えんと、地面がウネウネと唸り、騎士達は足元から地面にゆっくりと沈み始める。


 「このまま地面に引きずり込んでやるぜぇ!ケケケケケッ!!」


 もはや賢者の木ではなく、悪魔の木と化した大樹。

 半ば暴走気味に、唯一の攻撃手段である『ドレイン』を発動、最初で最後の抵抗に出る。

 「こっこれはいったい!」


 「まずい!このままでは地面に引きずり込まれる!」


 慌てふためく騎士達。しかしその中で、冷静に状況を見定める者がいた。


 「何かに取り憑かれているのか賢者の木よ?……。ならば致し方ない、『奴ら』が迫っている。時間は限られているので、急いで私がお前を正気に戻そう!」


 女騎士はその場で腰を低くし、深く右手を引いて構える。

 足は地面に囚われているため、踏み込む事は出来ないが、足が固定されている事は好都合であった。一気に引いた右手を前に繰り出す。


 「『黄金の槍!!』」


 繰り出された右手のその一撃や凄まじく、大樹本体への直撃こそしないものの、空を突いた一撃で発生した衝撃波は凄まじく、木(大樹)を『くの字』に折り曲げる勢いだった。

 

 「ガハッ!!」


 凄まじい衝撃で身体中がバキバキと音を立てる。同時に激しい激痛に襲われ意識を失いかけた大樹。同時に、不思議な事に、大樹の中の恐れや怒りと言った感情を完全に吹き飛ばした。


 『さすがはブリタニアで1、2を争う力の持ち主。片目片腕を失いながらも、その猛々しくも優しき拳と共にアーサー王を支えた円卓の騎士の1人……』


 女騎士の突き出された拳は、黄金の義手。月の光を反射し、宝石のように光り輝く。


 『ベディヴィア様!!』


 一同を飲み込まんとしていた地面は元に戻り、周囲を囲んでいた騎士達は、警戒しながらベディヴィアの元に集まった。


 「ベディヴィア様!これはいったい!?」


 「恐るるな。これは間違いなく賢者の木。邪念に飲まれようとしていたが、それは今私が正気に戻した」


 大樹に近づくベディヴィア、他にも異常はないかと、木の表面をくまなく触り、確かめる。


 「グググッ……なんかくすぐったい……」


 まるで体を『さわさわ』と撫でられるような感覚に、むずむずと体をくねらせる。


 「むっ!、木がざわついている……。『黄金の槍!!』」


 「グハッ!!!」


 すかさず2発目を繰り出すベディヴィア。不意をつかれた大樹は、激痛にもだえる。


 『パンパカパーン!スキル打耐性(中)を獲得しました』


 「……ふっ、不幸中の幸い……。なのか……」


 正直幸いなどではない。お腹を完全にノーガード状態で、プロボクサー以上のパンチを受けると言うのは下手をしたら最悪死ぬような事だ。死にかけたのだ。


 しかしそんな一撃を2度受けて、気絶しない自分には驚くばかりだ。


 「ふむ、これでよいだろう」


 ベディヴィアはくまなく調査し、異常無しと満足すると、部下の騎士達に再度周囲の警戒と調査をするよう命令した。


 「………。ランスロット、使命をまっとうしたのだな……」


 ベディヴィアの足元に刺さる剣。それは城が燃えゆるあの日、大樹を命かけて守った騎士の剣だった。


 膝をついて剣に祈りを捧げるベディヴィア。悲しみや悔しさではなく、指名を果たした者への敬意を表したものだった。


 それからしばらくして、辺を調査していた騎士達が一斉にベディヴィアの元へと戻った。


 「報告致します。追っての気配、潜伏している敵兵、及び罠や探知系魔法の類も確認出来ませんでした!」


 「よし、了解した。貴様らも夜間の行動に疲れを出しただろう。しばしの間、この場にて待機せよ」


 「はっ!了解致しました」


 騎士達は一礼すると、それぞれ警戒は解かず、一定の距離をとって休憩を始めた。


 「いててっ……なんなんだこの怪力お姉さんは?」


 『ベディヴィア様です。円卓の騎士の1人で、主に作戦の参謀や、時には戦闘の最前線で活躍された方です』


 「それがなんでいきなり現れていきなり殴るんだよ!痛いとかじゃないぞ!下手したら死ぬからな!」


 外傷は一切無い。だがミシミシと内部にはかなり痛みがある。


 『理由はわかりません。ですが大丈夫です、殺すつもりならもう死んでいます。それにHPはまだ2残ってあります』


 「死ぬ寸前じゃねぇか!」


 狙ってかたまたまかわからないが、そもそも低いHPを、あの凄まじい一撃でギリギリ削って残したのは神業である。

 2発殴られた事で耐性は付いたが、痛みは未だ消えない。

 それから恐れのためか、先程下手に動いて死にかけたので、ノーリアクションでベディヴィア達を観察した。


 「被害は出ているようだが、お前が無事で何よりだ。私はまんまと『奴』にはめられ、ここへ戻って来た時にはすでに城は炎に包まれていた……」


 「被害って、今だよ!今!」


 「私はなす術なく撤退を余儀なくされたが、他の円卓の騎士達の安否と王と王妃の行方は未だわからぬままだ……」


 拳を握りしめるベディヴィア。偽の調査を依頼され、調査途中に火急の知らせと急ぎ戻ったが、その時はすでに城と城下町は炎に包まれていた。


 戻ったベディヴィアを待ち構えていたように、叛逆した国の兵士達に襲われ、その時は応戦虚しく、ただただ逃げるしかなかった。

 

 ベディヴィアはブリタニアをしばし離れ、数ヶ月の間、残った部下の騎士達と共に、追ってから身を隠して来た。

 やっとの思いてここへ戻ってきたのだ。


 しかし、ベディヴィアはここへ戻って来た時は大いに驚いた。なぜなら焼け落ちたと思っていた賢者の木がまだ残っていたからだ。

 おそらく炎を免れたのは、ランスロットが命を掛けて守ったからだろうと、この剣を見ればすぐわかった。

 ランスロットの力で、この場所を敵の目から遠ざけるよう結界を張っていたのだと。


 「私がここへ戻ったのは、この場所を『奴』への反撃の拠点とするため。賢者の木を旗印とし、散った円卓の騎士と、王と王妃を探しだし!必ずや『裏切り者』に刃を突き立てるためだ!」


 彼女の思いは空と大樹に響き渡る。大樹は垣間見た、ベディヴィアの目に、激しい怒りと闘志が燃え上がるのを。

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