第5話 賢者の木は極貧のHPと知る
「それでは行くドリ。ここが無事だったらまた来るドリ!」
「無事だったらってえらい物騒な事おっしゃいますね!」
不安になる大樹を尻目に、最後のドリバードは空高く飛び去った。
『ドリバードの言っていた、こちらへ向かって移動する人間というのが気になりますね』
「……まあ動けないから何が来ても関係ないんだけどね……」
今更何が来ようと関係ない。なぜなら動けないのだから、だって木だもの。
だが不安にはなる。いくら自分がスキルで斬属性耐性と炎耐性を持っているとはいえ、それ以外の攻撃は?
斬られるのに耐性があっても、突いたり叩いたりはどうだろう。『耐えられない……』間違いなく激痛とともに絶命するだろう。
炎以外の属性はどうだろう?雷や氷とかあって、さらには闇とか光とか言い出したらとてもじゃないが耐えられない。
不安な予想が後を立たないが、そもそも今の自分はただ運が良かっただけで、最初の一撃でやられていたかもしれない。運良く生き延びて耐性を得たが、次は無いかもしれない。
考えたくないが考えてしまうという最悪のジレンマに大樹は陥ってしまった。
「ん……待てよ……そもそも俺ってどうなったら最後なんだ?」
不意に浮かんだ自分の死について。そもそもどうなったら死ぬのだろう。真っ二つに斬られたら死ぬのだろうか?だが自然界の木はそのていどでは死んだりするのだろうか。
引っこ抜かれたらどうだろう。この前水分が無くなりかけて死にかけたと魔導書は言っていた。
引っこ抜かれて水分が補充できなくなったら死ぬのだろうか。
だがそもそも引っこ抜くというのは難しいかも知れない。自分で言うのもなんだが、けっこう深く大地に根を張っている。
「だけど根っこに木を枯らす薬剤とか撒かれたら……」
『正確に申し上げると、『HP』いわゆるヒットポイントがゼロになれば確実に絶命します』
「えっ?HPだって?」
『左様です。HP、いわゆるヒットポイントとは、この世界に存在する全ての生物や特定のアイテム、時には武器や防具など、様々なものに与えられている命の灯火です』
大樹は驚いた。まさにゲームの世界だと。だが武器や防具までHPが割り振られているなんて。だが武器などにしてみれば、HPというより耐久値と言ったところがわかりやすい。
そしてこれは後で聞いた事なのだが、HPがあれば、仮に体が粉々に吹き飛んでも大丈夫らしい。どのように再生するかはなってみないとわからないと言われたが、HPが尽きぬ限り死ぬ事は無いのだと言う。
本当なのだろうか?………。正直試したくは無い。
「ちなみにHPってどうやって確認するんだ?」
『現在の賢者様では確認する事は出来ません。ですのでわたしが数値化したものをお伝え致します』
ゲームでよく見るHPは、様々な形で目につくようになっている。ここはゲームの世界ではないが、見えるようになるなら便利であることに変わりはない。今は確認できず、今回は数値で教えてくれるらしいが、はたしていくつくらいなのだろうか。
木は長寿のイメージがあるから、初期値でも意外に高いのではないのか。
想像を膨らませ期待する大樹だったが、結果は予想外のものだった。
『現在のHPは16ですね』
「……!?、16……」
16と聞かされて茫然とした。ゲーム感覚で言うとかなり初期値で低いように思える。しかしここは異世界、そもそも基準が違うかもしれない。
だがなぜだろう、認めたくないが、なぜか凄く低い気がしてならなかった……。
「……ちなみにそれって、その……低い?」
思い切って魔導書に問いかける大樹。嫌な予感しかしないが、それでも聞かずにはいかなかった。
『この世界の一般的な人間の平均HPはおよそ80前後です。ちなみに一般的な木々についてはですが、だいたい30〜50後半といったところでしょうか』
「低くない、俺低くない!人の平均を遥かに下回ってるんだけど!何?何?一般的な木にも負けてるし、俺産まれたての新芽かなんかなの?」
『新芽ですか……。あながち間違ってはいませんね』
「否定してよ!嫌よ新芽!毛は無いけど図体はデカイよ!」
確かに頭付近はいまだ寂しい限りだが、木としては一般的な木より少し大きいように感じる。
『オホンッ、冗談はさておき。HPに関しては、徐々に成長過程で平均以上……むしろそれ以上になるので問題ないでしょう』
「成長過程って、それどれくらいかかるんだよ」
『そうですね……1年か10年か、それとも100年先か……』
あまりの先の長さに絶句する。その間にHPがゼロになったらどうするのか……。
転生前の世界ではゲームとか漫画を読むのが好きだった。特に異世界で第2の人生を無双したり、ハーレム作ったりなどの話が特に好きだった。
自分もこんな体験してみたいと、よく考えもしたものだ。それがまさかこんな形で、しかも前代未聞の木なんて……しかも死にそう……。
「……まるで張り付けられたままで何百年もギリギリの極貧生活を強いられているようだな俺……」
『……大丈夫です。私がいますので』
「……。ありがとよ」
慰められたような、地獄のような現実を叩きつけてきたような、何とも言えない感じだった。
それからしばらくして、大地には日が落ち、辺りは静寂と暗闇に包まれる。
元の世界のような人工的な明かりは何一つ無い。それでも完全な暗闇というわけではなく、うっすらと辺りは確認出来る。その暗闇を照らすのは唯一の月が照らす光だった。
夜になると、焼け落ちた城がとても神秘的に、そしてどこか寂しそうな顔を見せる。
「あの城ってどんな城だったんだ?」
『キャメロット城にございますか?。あちらの城にはブリタニアの王、『アーサー』様が『円卓の騎士』と呼ばれる配下の騎士を従えて治めておりました』
「ふ〜ん。んで、そのアーサーってのは、どんな奴だったんだ?」
『……。アーサー様は……』
→→→→→=====。
蘇る魔導書の記憶。記憶の中のアーサーは、城内庭園の中央にある『私』を、それはそれは大事にしてくれた。
『○○○!、今日は年に一度の聖霊祭、お前が主役の晴れ舞台じゃ!。皆で盛大にもてなしてやるから覚悟せい』
庭園の中央で、黄金の鎧を見に纏った一国の王は私に問いかける。
「それは嬉しく思います、アーサー王」
『はははっ!!そうであろうそうであろう!。よし、しばし待て皆を呼んでくるでな』
時には円卓の騎士の者と共に。
『ほう、出陣前の祈りを捧げておるのかランスロット』
私の前で膝をつき、祈りを捧げる聖騎士。しっかりと祈りを捧げると、ゆっくりと立ち上がる。
『はい、間もなくキャメロット近郊に現れた無数の魔物の調査をするべく出陣致します』
『うむ、しかしただの調査と侮る事なく、注意を怠らぬようにな』
『はい!、必ず無事に帰るとお約束致します』
それから騎士は王に一礼し、その場を後にした。
時には王妃と2人で楽しそうに私の前で語らう。
『それがその……、先日言っていた魔導書か?』
『はい。古よりの魔法やスキルなど様々な事が書き記されております』
庭園で語らう王と王妃、王妃の手には、漆黒の一冊の魔導書が握られていた。
『まさか、お前にそんな趣味があるとはな。良ければ、今度それを読み聞かせてはくれないか!』
『かしこましました。わたしでよければいつでも、殿下』
時折語らう2人の姿に、微笑ましく、時間が永遠に引き伸ばされているようにゆっくり感じた。
この当たり前に続くと思っていた時間は、ある日突然、炎の中へ消える事となる。
もっとも残酷で、悲しみに沈む1日へ。
だがあの日の事はあまりよく覚えていない。……思い出そうとすると、炎が記憶の邪魔をして、断片的にしか思い出せない。
だが、はっきりとこれだけは覚えている。
炎の中から私を守ってくれた騎士の事。
そして、キャメロットを炎に沈めた、裏切り者を……。
→→→→→…………。
『とても……とてもお優しい方です……』
「………。それだけ?」
『はい、それだけです』
心のどこかで、またあの日のような日々が戻る事を夢見る魔導書。しかし今は、心の片隅に留めるようにそっとそれをしまう。
→→→→→…………。
夜もふけて、深夜といった時間帯だろうか、大樹はイビキをかきながら熟睡中。
そんな大樹をよそに、魔導書は何者かの気配を感じ辺りを警戒する。
『………!?起きてください賢者様。何者かがこちらに接近してきます……』
「……無理〜〜……。あと6時間〜〜……」
何者かはゆっくりと確実にこちらへ歩みよる。その者達は月明かりに照らされ、徐々に姿をあらわにした。
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