第3話 賢者の木は吸収する
落ちた雫は女性の口元に落ちて、そのまま身体中に染み渡る。しだいに恐怖と苦痛に歪んだ顔が、少しだけ楽になった様に和らいだ。
「これで少しはましになったかな……」
『先程も言いましたが、雫の効果は薄く、せいぜい痛みを緩和出来る程度です』
「それでもいい。ただ見てるだけなんて出来ないから。少しでもこの人のためになったのならそれでいい」
陽は落ちて、大地は漆黒の闇に包まれる。なおも、雨は相変わらず降り続いている。大樹は女性を少しでも守ろうと枝をしならす。
それから数時間、女性は眠ったままだった。時折苦しみ出す女性を見かねて、大樹はそのつど生命の雫を女性に与えた。
→→→→→…………。
視界が漆黒から、ぼんやりと明かりで見え始めた。しだいに大地に日が昇り、昨日の雨は嘘の様な晴天で、差し込んだ光が女性を照らす。
光が目に入ると、眩しさから、ゆっくりと女性は目を覚ます。
「………わたし……生きてる?……」
女性の声に、夜通し看病していて、いつの間にか眠っていた大樹は目を覚ます。
「………おっ!目を覚ましたみたいだな!」
起きあがろうとする女性だったが、体に力が入らず起き上がれない。
「……痛っ……そうだ私、魔物に襲われて……」
女性の服は泥で汚れ、あちこち血が滲んでいる。
「よーし待ってろ!今生命の雫を垂らすからな!」
めいいっぱい絞り込んだ雫を枝先に集中させ、女性を狙う。
「今だ!!」
「くしゅんっ!」
直撃寸前のところで、女性のくしゃみに吹き飛ばされる雫。
「なっ!?ぐぬぬっ!!」
大樹は諦めんと、雫の次弾を装填せんとするが、なかなかうまく絞り込めない。
「あれ?なんで雫が出せないんだ?」
『体内魔力が底をついています。スキル、生命の雫は微力ではありますが魔力を消費しますので、連続の使用は厳禁です』
「だからそう言うの早く言えよ!てか俺の魔力どんだけ低いんだよ!」
『MP魔力量は6です』
「ろーーーくぅ!?」
2人のそんなやり取りの事など知るよしもない女性は、痛みに耐えながら、ポケットに手を入れ、中から金色のペンダントを取り出した。
「結局、あなたに会うことは叶わなかった……。これは自業自得ね……」
女性が手にしたペンダントに写る写真。そこにあった人物を覗き込む大樹。
その写真には、女性と騎士の格好をした男性が写っていた。
「写真の女の人はこの人だとして、隣の男は……?、どっかで見た事あるんだよな……」
『………この男性は、炎から我々を守って下さったランスロット様に酷似してします』
脳裏に浮かぶ騎士の姿。
「それだ!あん時の騎士だ!」
炎の中、最後にこちらへ向かって悲しげな顔をしていた男が脳内に蘇る。
「あなたがお城へ行ったあの日………、きっと私は本当は行かないでって思ってた…………。
でもあの時のあなたの目は…………、村や私の事じゃなくて………、もっと違う遠くの何かを見てた……。だから言えなかった……」
女性の瞳から、涙が一筋流れた。
「お城が炎に包まれたって聞いて………、いてもたっても居られなくて………。反対するみんなを押し切って………、ここまで来た……」
周りに誰も聞いている者はいない。それでも女性は、まるで誰かに残す遺言のように、息も絶え絶えに話続けた。
「……それで魔物にってわけか……」
「結局、あなたには会えなかったけど………、きっと無事だよね………。きっとどこかで………!?」
「ゴホッ!ゴホッ!」
咳混じりに血を口から吐き出す。吐き出した血を両手で受けながら、女性はまた、涙を流した。
『生命反応がさらに低下しています。残念ですが、まもなく彼女は………』
「なあ!本当に他に出来る事ないのかよ!、俺賢者の木なんだろ!?何かあるんじゃないのかよ?、隠された力とか、すげースキルとか?」
『残念ながら、これ以上我々に出来ることはありません』
「……なっなぁ、実はあるんだろう?、隠してるだけなんだろ?、勿体ぶってないでさ、教えてくれよ?」
『……ありません』
「っ!?」
歯痒い、歯痒くてたまらない。目の前で今にも事切れそうな人に、なす術なく声も手も届かない。
「………私、誰よりもあなたの事愛してた………、大好きだった………。神……、様……、もし……、もし願いが叶うのなら………、もう一度……、あなたに……、会いた……、かった………」
その言葉を最後に、女性はゆっくりとお腹に手を当て目を閉じた。微かに灯っていた命の火が一つと、目に見えない程小さく弱い火が一つ今、最後に眩く煌めいて消える。
『彼女の生命反応が消えました』
「…………」
『………。彼女の名前はテレサと言うそうです。手に握られているペンダントにテレサという名前と、ランスロットという名前が彫られているのが確認できます』
なすすべなく、救えなかった命を前に無力な自分を情けなく思えてしょうがない。しばしそのまま、無言で打ちひしがれた。
『どうやら彼女は、そうとう無理をしてここへやって来たのでしょう。近くに村などありませんし、持ち物を見る限り、準備もろくにせず飛び出してきたのでしょう』
魔導書は、このキャメロットの外から女性が来たとすると、ここへ到達するまでには、それなりの準備が必要だと考えた。
さらに護衛もつけず、女性一人でなど、危険すぎると。
「……もう少しだったのにな、会えるの……。まぁ、ランスロット死んじゃってんだけど……」
『………提案なのですが、こちらのお二人を埋葬という形で、スキル、『ドレイン』を使用してはいかがでしょうか』
「ドレイン?、吸収するって事か?」
『それに近い行為です。お二人の遺体を全て養分という形で木に吸収させます。本来ならば、魔物や捧げられた供物などを得るためのスキルですが、いかが致しますか?』
正直なところ、養分にするという行為には戸惑いがあった。しかしながら、このまま遺体を放置するわけにもいかない。
それに、あと少しの所でこのまま2人が離れ離れというのは悲しい。供養という形で、2人が自分の中ではあるが、一緒になれるならと、それもいいと思った。
「……ドレイン……、するよ。それが俺に出来る最後の事だから」
『了解致しました。ではさっそく、ドレインを開始します』
大樹の足元がモゾモゾと動き出す。地面がヒビ割れ、割れ目に2人の遺体は飲まれるような形で沈んでいく。
「せめて俺の中では合わせてやってくれよな……」
ドレインし終えると、大樹の中に新たなスキルが浮かび上がった。
『………スキル、思いの伝達を習得。スキル生命の雫がレベル2へ上昇、スキル吸収がレベル2へ上昇しました』
スキルを使用中、大樹の中に一瞬だけ2人の思念のような映像が流れ込んできた。
その場所は名も知らぬ村のようで、そこで2人が赤ん坊を抱え仲良く談笑している場面だった。村の入口で立ち尽くす大樹、それに気付いた2人は微笑み返し、大樹に一礼する。
大樹は無言で涙を流した。そのすぐ後に、2人は彼方へと映像を切り取るように消える。
「礼を言われるような事はしてないさ……。俺が出来る事を、俺がしたい様にしただけさ……」
我に帰るも、己の無力に気を落とす大樹に、太陽は容赦なく光を差し込む。見上げた空は雲一つなく、透き通った青空だった。
→→→→→…………。
時を同じくすること、ブリタニア国内某所。
「………依然としてアーサー王とグィネヴィア王妃の行方はわからぬままか……」
「左様にございます。国内くまなく捜査しておりますが、依然として有力な情報は得ておりません」
とある某所な一室の、漆黒の会場で行われる密かな会談。テーブルには青い炎がゆらゆらと怪しく灯っていた。
「噂では、円卓の騎士が動いているという情報もございます」
「ふっ、それは厄介な事だ。そちらも早急に探し出して始末しなければ……」
この場にゆらめく悪意の種火がやがて、アヴァロ大陸全土を脅かす事になるとは、今はまだ誰も知る由もない。
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