第2話 賢者の木は雨に打たれる

 →→→→→…………。



………それから大樹が目を覚ましてから数日が過ぎた。未だに大樹は自分の現状を受け入れられていなかった。


 「……木って、……木って、そんなのないわ〜。せめて生物にしてくれよ、人型の〜。ないわ〜」


 腕である枝をバサバサと動かしながら、荒れ果てた場所で、1人ポツンと声を荒げる。


 「てか何、賢者の木って何!!、賢者の木とかたいそうな名前なのに、生えてる場所の周囲廃墟だぞ」


 大樹から見て正面は、見渡す限りの荒れ果てた大地と、その中にポツンポツンと建物らしき残骸が見受けられた。

 後方には焼け落ちた城であっただろう建物があり、その姿はまさに巨大な廃墟といった感じだった。


 「……人、来ないかなぁ……、でも俺の声は聞こえないんだろうな……」


 理由が全くわからないが、襲ってきた鎧の男といい、ランスロットと言う騎士にもこちらの声は届かなかった。

 

 『現在通話機能は失われております。復旧にはしばらく時間がかかると予想されます』


 「えっ!俺喋れるようになるの!マジで!……てか通話機能って、まるで電話みたいだな」


 通話機能と聞いて、自分が機械なのか木なのかわけがわからなくなった。


 『はい、さらに翻訳スキルを習得すれば、人間のみならず、動物やモンスター、魔物や人外、ノミ畜生まで会話可能です』


 「最後のノミ畜生が気になるが、その?、スキルってやつを習得出来れば、なんとでも会話出来るって事だな!」


 『はい可能です。全てのノミ畜生まで』


 何だか例えのノミ畜生というのが引っかかるが、とても魅力的な話ではあった。


 「……お前、ノミ畜生になんか恨みでもあるのか……」


 ひとまず会話ができるのは通話機能とやらが回復してからとして、その会話するためのスキルとやらはどうやって習得するのか疑問に思う大樹。


 そう言えばと、次に目覚めた時、いくつかスキルを習得した事を思い出した大樹。思い出すように頭の中に思い浮かべると、習得したスキルが浮かび上がってきた。


 『・スキル炎耐性。炎によるダメージを一定値軽減する。※ 一部特殊な場合は例外とする』


 『・スキル斬属性耐性。刃物による斬撃を一定値軽減する。※ 一部特殊な場合は例外とする』


 『・スキル聖騎士を喰らいし者。称号、聖騎士を得ると共に、武器種、聖剣を装備可能。さらに武器種、聖剣を装備した場合に、ステータスが大幅に上昇』


 先程まで全く理解出来なかった事が、新たに刻まれていく事のように理解出来た。


 「……こんなのゲームとかラノベの設定にあったよな……。まてよ、もしかして俺強いのか?。いきなり初期レベルめっちゃ高い、レアスキル持ちってか!!」


 気持ちを昂らせる大樹。しかし次の瞬間、思いは完全に打ち崩される。


 『現在の賢者様のレベルは2にございます』


 「へ?……2!?……。いや2って……。生まれたての新芽じゃあるまいし……、えっ………マジなの……」


 先程のスキル同様、今度は勝手に頭に浮かび上がってくる文字には、『賢者の木、レベル2』と書かれていた。


 事実を目の当たりにし、大きく枝をしならせ、がっかりする大樹。レベルが低いのもショックだが、唯一習得したスキルも受け身なものばかりなので実用性が無い。

 しかも聖剣を装備可能とは、この状態でも可能なのかと言うほどである。


 「はぁ〜……。もうレベル低いのは諦めるけど、何かね、その〜地面から這い出て移動とかできるようになるスキルないの?」


 『ござーせん』


 「ムカッ!!」


 大樹は魔導書から軽くあしらわれ腹を立てる。

 

 そんなやり取りが続き、10日ほど経ったある日。


 (ピチャ)


 それまで快晴だった空は、黒く厚い雲に覆われ、しだいにポツポツと雨音が大地に響く。大樹がこの世界に転生して初の雨が降り始めた。


 「あ〜気持ちいい。なんかちょうどいい温度のシャワーを浴びてるみたいだ」


 生きていた頃の、お風呂で使うシャワーとまではいかないが、これはこれで良いものだった。


 『体内水分量も底をつきかけていたため、ちょうど良いタイミングです』


 「そう言われると、最近喉が渇いた感覚と、体が乾燥していくような感覚があったな」


 『はい、あと数日遅ければ枯れていたでしょう』


 「いやそれもっと早く知らせろよ!!」


 凄まじいほどに重要な事を絶妙なタイミングで知らされ驚きを隠せない。

 すかさず意識的に、足元からストローで水を吸い上げるイメージで、雨水を体中に染み渡らせた。


 「喉の渇きみたいなのは治ったけど、味がしないのは悲しいな……」


 水なので、味がしないのは仕方がないが、水よりもジュースのような甘い飲み物が好きな大樹にとっては苦痛であった。

 それと同時にもといた世界で飲んだ数々の飲み物達が、走馬灯のように頭を駆け巡る。

 やけ水を飲むように、こん限り足元から水分を吸収する大樹だったが、次の瞬間、予測していなかったとある味が、痛みの様な感覚と共に蘇る。


 それはあの時の、口の中に溢れる鉄の味。


 「これって、血の味!!」


 すぐさま足元を確認するが、血など流れてはいない。


 『どうやら雨水に血液が少しばかり溶けているようです』


 「つまりどっかで血を流している奴がいるって事か?」


 周囲を見渡すが、血を流しているものは見当たらない。激しさを増す雨が、視界を奪い、それ以上遠くまでは確認できなかった。


 それからしばらく時間が経ったが、雨は勢いを弱める事なく降り注ぐ。

 しだいに平地だった場所に、雨水が次々に流れ込み、辺りは湖のようになっていた。


 「止まないなぁ〜。もしかしてこのまま雨が止まずに降り続いて、最悪俺腐ったりしないだろうな」


 『生命力の強い木ならとむかく、死にかけの体にこれ以上余分に水分を摂取すれば最悪の場合……。そもそも腐食への耐性は取得しておりませんので、万が一がございます』


 「お前さらっと怖い事言うな……」


 体内への水分補給はすでに完了し、もうお腹いっぱいという程になっていた。必要以上には体が受け付けない事が、吸い続けているうちに分かった。

 今は足の膝の辺りまで水に浸かっている感覚で、少し気持ちが悪かった。


 「……痛い……」


 背後から不意に聞こえた女性の声。


 「ん?何か言ったか魔導書」


 『………どうやらお客様のようです』


 視界を背後に集中させる大樹。そこには腰の辺りと、口から血を流しながら、こちらにゆらゆらと向かってくる女性が確認できた。


 「おいおい血だらけじゃないか!!」


 「……助けて……誰か……」


 (グルルルッ!!)


 女性を追いかけて来たように背後から、突如オオカミのような赤く血走った目の動物が現れた。


 「!!」


 はっと驚く女性。力を振り絞り、大樹に向かって小走りに駆け寄る。


 「なんだあれ!オオカミにしちゃ、牙も爪も長くねぇか!?」


 外見はテレビなどで見た事のあるオオカミそのもの。色は黒で、特徴的なのが、爪と牙がが異様に鋭く伸びていている事。


 『あれは魔物、『ソードウルフ』ですね。このような荒れ果てた地などによく現れます』


 「なるほどな……。って!あの女の人襲われてんだろ!何とかならねぇのかよ!」

 

 『現状では我々に出来る事はありません』


 「そんな!」


 魔物は女性に素早く駆け寄ると、鋭い牙と爪で襲い掛かる。


 「キャッ!」


 襲い掛かる魔物の攻撃を受け転倒し、倒れるように、大樹の足元へ転がり込む。


 (グルルルッ!)


 ついに女性を追い詰めんと、魔物はとどめを刺すため距離を詰める。


 絶体絶命。


 転倒した衝撃もあいまって、すぐに立ち上がれない女性目掛けて魔物は飛び出した。


 「やめろ!!」


 大樹が叫んだ次の瞬間、空から激しい閃光が魔物目掛けて降り注いだ。


 次の瞬間には、魔物は焼け焦げ、辺りに倒れていた。


 「……助か……った……」


 女性はそれを確認すると、木によたれかかるように気を失った。

 

 「なんだ……今の……」


 『…………』


 「そっ、それはとむかく!」


 大樹は自身によたれかかった女性に対し、稼働範囲全開で枝を伸ばし、女性を雨から守る。


 「俺に出来るのはこれくらい。せめて雨に少しでも濡れない様に……」


 全開で枝を使うも、緑一つ無い痩せ細った枝では、雨をしのぐと言うより、無いよりかはマシといった程度だった。


 『この女性、生命反応が微弱です。このままだともって数時間といったところでしょうか……』


 大樹にも見てわかるくらい女性は衰弱した様子で、それ以上に魔物から受けた傷であろう傷の深さや、多数の出血から長くは持たないであろう事は理解出来た。


 「……それでも、何もしないまま見てるだけなんて、俺は出来ないよ……」


 『………スキル、生命の雫を使用しますか?』


 「生命の雫?」


 先程確認した時にはそんな記述は無かったと思い出す大樹。


 『まだまだ微力のため、効果は薄いですが、痛みを和らげる程度の効果はあります』


 何も出来ないもどかしさからか、藁にもすがる思いでそれを試したいと思う大樹。


 「……たのむ……」


 『了解しました。スキル、生命の雫を使用します』


 スキルの使用と共に、体内の水分が練り上げられ、枝の先へ絞り出すように集まりだした。しだいに枝先に一粒の雫が生まれ、女性に向かって流れ落ちた。

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