第51話




「もしもし?」


「あ、もしもしあっちゃん?今平気?」


「うん。どうかした?」


奈々はタイミングを計ったかのようで内心ドキドキする。何か地雷踏んでたらどうしよう。だけど内容はいつも通りだった。


「あのね、今週の金曜日空いてる?こないだダーツ私のせいであんまりできなかったからまたダーツ行きたいなって思ったんだけど」


その提案は勿論受けたかったがその日はひいちゃんが来る日だった。ちょうどよくタイミングが回ってきたのに奈々の誘いを断るのは初めてで気が滅入る。致し方ない。


「あぁ、実は金曜日は友達?とお泊まりする予定なんだ。あの、会社の先輩なんだけど……ごめんね奈々?」


「そっか。大丈夫だよ。また次に誘う」


「うん、ごめん。………それで、あのさ?その日私の家に泊まりに来るんだけどいい?長い付き合いだから、前からお泊まりとかしてたんだけど…」


奈々の声音は変わらないがどう反応するか分からない。大丈夫かなと思っていたら奈々はあっさり返事をした。


「そんなの別にいいよ。楽しんでね。でも、あんまり飲み過ぎないようにね?」


「え、うん。分かった…ありがとう」


「ううん。……それって花火一緒に行ってた人?」


「うん。そうだよ。実は奈々の事話してるから付き合ってるの知ってるんだけどいつも応援してくれるんだよ」


ひいちゃんには奈々と付き合ってから助けてもらってばかりだ。真実しか言わないからダメージを受ける時がほぼだけどよき理解者であり塩を撒くような応援はしてくれている。

ひいちゃんの正確な指摘がなかったら私は奈々と普通のお付き合いなんかできなかっただろう。いわば真顔の神よ。


「そうなんだ。私も友達にあっちゃんの事話してるんだけど皆いいねって言ってくれる。昔は付き合う度に別れたら?ってよく言われてたけど大違い」


皮肉のようなそれはまぁ、妥当な話で笑ってしまった。あんな話を聞いて言わなかったらおかしいよ。


「いや、私も友達だったら言ってたよ元カノは特に。でも、私自身は言われてなくてほっとしたわ。これからも言われないように頑張るね」


「あっちゃんにはそんな事言わないよ。皆応援してくれるから……よく冷やかされるし」


「えぇ?そうなの?」


冷やかしなんて相手が私で何を言うんだろう。

吹っ飛ばされないようにね、とか?

率直な疑問に奈々は笑って話した。


「うん……結婚すれば?とか、早く一緒に住めば?とか。でも、まだ付き合って短いし、私は日本にいない時があるから無理だよって言ってるのに皆気が早くて…。何回も無理だよって言ってるのにいつもその話になっちゃう」


「…あぁ、うん。そうなんだ…」


笑って話されたそれに私は何て返事をしたらいいのか分からなかった。同性だからちゃんとした結婚をしたいなら海外に行かないとならないし、ましてや同性の結婚式なんて日本じゃまれだろう。

これが同性カップルの壁なのかと感じながらも私は奈々に聞いていた。笑って話していても分からないから聞かないといられなかった。


「それにあっちゃんの写真見せてってよく言われてね…」


「奈々あのさ」


「ん?なに?」


「奈々は結婚とかどう思ってるの?」


奈々はいつも通りだった。


「私は考えてないよ。親にも言ってないし、言っても反対すると思うから。だから、私は事実婚みたいになれたらいいなって思ってる。そういうのに拘って回りに押し付けても私達の好きな気持ちとかはなにも変わらない訳だし、私は結局はそういうのって自己満足なのかなって感じるからずっと一緒にいてくれるならそれでいいと思う。やりたい人はやればいいけど同性で結婚しても別れる人は別れるからそこは異性と同じなんだよ。結局お互いの気持ちだからわざわざそこまでしなくてもって感じかなぁ…?だいたい他人の恋愛なんかそこまで回りの人は興味ないからね。同性愛者ですって興味ない人に言われてもで?って話だろうし。…あっちゃんはどう思う?」


「私は………うん。奈々に一理あるかなぁ…」


奈々はとても大人な回答をしてきてなるほどと感心してしまった。要は私達二人の話だから回りに言ったところでって話なんだよね結局。二人の域を出ちゃうと詰まる話自己満足とか承認欲求とかになってくるからそれをしたところですごく生きやすくなる訳でもないし嬉しくなる訳でもないと奈々は言っている。


これは同意見だった。回りがなんて言ったって自分のアイデンティティーと好きな気持ちは変わらないのだ。しかも好きな人以外に認められたり喜ばれたりしても嬉しいけど好きな人ほどじゃないし、逆に軽蔑されて反対されても好きな人にされるより傷つかないし好きじゃないならほっとけばいい話だ。そして家族に理解を求めても劇的に何か変わる訳でもない。

家族は特に反対されて大変な思いをするくらいならお互いのために話さなくていいんじゃないかとさえ思う。職場の人間関係みたいに一緒にいる以上上手くやっていかないと自分が不利になるだけだもの。

だから嘘も誤魔化しも愛想笑いも時には必要になってくる。



これは考え方でだいぶ変わってくる話だが、極論を言えばわざわざ自分の好きな人を話さなきゃならない決まりはなくて認めてもらう決まりもない。



だって二人の話なんだから。

普通二人の間に誰かいたら邪魔だよ。


「結局私達の事だし、誰かに認めてもらいたいって気持ちもないし認められてもねぇ……。悪いけど奈々よりは嬉しくない」


「彼女の特別特権だね」


奈々が嬉しそうだから私は笑顔になった。


「うん。奈々は本当に大人だね。誰かに流されてないし自分がちゃんとあるのは良いとこだと思う。私奈々のそういうとこ本当好き」


「この前は不貞腐れてたのに今日は誉め殺し?あっちゃん次はなに貢がせたいの?」


「愛情。いっぱい返すからいっぱい貢いで?奈々一番貢いでくれるんでしょ?」


冗談だけど冗談に愛情を乗せた。

愛情が大きいと冗談も冗談じゃなくなるのが笑えてしまう。奈々は笑いながら応えてくれた。


「勿論。あっちゃん返せないんじゃない?私すごいよ?」


「私で楽しむくらいだしね。どうせ楽しみながら倍返させるでしょ?たちの悪い借金取りには負けないぞ」


「それなんの話?誰かの間違いじゃない?」


「間違いじゃないです。私の恋人の話です」


「え?なんか声が遠くなってきて聞こえないよ。なに?」


奈々は冗談でさえも上回ってくる。

なんてやつだと思うけど好きだなと思う私はいいカモだよ。


「奈々のバーカバーカバーカ。好きですー」


「あ、今好きって言った?好きは聞こえた」


「奈々携帯ぶっ壊してあげようか?それか耳掻きでもしてあげようか?」


「んー、あっちゃんの匂い嗅ぎたい」


「さっきから会話噛み合ってないからやっぱり携帯ぶっ壊そう?私が殴ってあげる」


「だめ。あっちゃんの写真なくなっちゃうもん。それにやっと声聞こえてきたから大丈夫だよ」


笑いながら話す奈々はいつも通りで唸りそうだけど唸らなかった。唸ったら負けよ。負けてるけど。

私は棒読みで言ってやった。


「良かったねー。安心したー」


「うん。あっちゃんの写真見てたら直った。あっちゃんのおかげかな?」


「え?ちょっと待ってどの写真見てんの?本人の前で本当やめて恥ずかしいから」


突然の告白は絶望そのものだった。全部私からしたら最悪の写真だからやめてと思っても奈々はどこ吹く風だ。


「あっちゃん目の前にいないから見るよ。やっぱり寝てるの可愛いんだよね。ルイみたい」


「ルイ?なにそれ?誰?」


「昔飼ってた犬。ルイはボルゾイって犬種ですごく大きいけど甘えん坊でよくそばに来るから一緒に寝てたんだけど私より大きく感じると思う」


「そんなでかい犬飼ってたの?」


まさかの犬で驚くも奈々よりでかいのには共感を覚える。私はでかいのが取り柄。


「うん。本当に大きいから見たら驚くと思う。それに足が長くて毛並みが綺麗で馬っぽいけど転んだりすると心配してくるから優しいんだよ。私が散歩してるのにいつも私を気にしてくれたし。だからあっちゃんの事好きなのかな私」


「まぁ、好きならなんでも嬉しいけど犬と一緒だったの?」


「だってルイは頭が良かったから落ち込んでたりしたら慰めてくれたしいつもそばにいてくれたんだよ。そんな人中々いないじゃん。それにあっちゃん慰め方上手いよね?慰め方が正確だし優しいし、信憑性のある事言うから信じちゃったら好きになっちゃったし。あっちゃんああやってお持ち帰りしてるんでしょ?」


「本当に心配だっただけだよ。普通あんな公の場で泣かないだろ。皆見てたよ奈々の事。引いてたよ」


私が奈々を持ち帰るつもりだったらただの糞野郎だ。

それにしてもそんな頭のいいでかい犬がいるのに感心する。どんな犬か今度奈々に見せてもらおう。


「あの時はいろいろもう終わりだと思ったんだもん」


「気持ちはよく分かるけど人生そんな簡単に終わらないから大丈夫」


「……うん。今はあっちゃんがいてくれるからいつも嬉しいし……。だから、次会う時は期待してるね?」


「え?なにを?」


「いろいろ」


「…………うん……」


え…………。まさかの返事に全く検討もつかなかった。いろいろ?しかも期待?抽象的でどれを指してるのか分からねぇ…。とりあえずこれからも頑張るのは決まってるけどあとはなにをどうしたらいいの……?具体的な発言をして本当に。私はでかいだけなのを理解して奈々……。

重圧に負けそうになりながらどうにか応えようとしたが奈々はまた重圧をかけてきた。


「あっちゃんまた考えてる?」


「え、……うん、そうだけど…………」


「そんなに深読みしないでよ」


「うん……しないつもりではいるよいつも」


「楽しみにしてるだけだよ私は。金曜日は会えないから」


そうか、これはつまり甘えたいとかそういうのかな?奈々のヒントにピンと来て私は不安が消えた。

考え過ぎはよくないよ私。変に空回る。


「じゃあ、酒飲みながら奈々にずっとくっついてるね」


「ルイと一緒。ルイも私がいるとずっとくっついてた」


「好きだからいいの。さすがにキスとハグはできないでしょルイは」


「ルイは可愛いから私がしてたよ?」


「なに?犬の癖に贅沢。じゃあ、今度こそ強引に襲う」


「こないだの忘れたの?しながらあんなに心配してたのは誰?」


奈々に痛いとこを突かれる。あれはもう本当にダサいとしか言いようがない事件だったけど名誉挽回のチャンスはまだある。次は頑張るが今は撃墜されてしまったので私は向きになって言った。


「私だけどもう切る。今、都合が悪くなった」


奈々は私のダサい言い訳に笑っていた。




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