第48話



「あっちゃん頑張ってね?」


「うん……」


ちょっとお腹痛い気がするのは私だけだと思う。

このスキンシップもブルもプレッシャーで手汗をかいていた私はまずスキンシップからどうにかしようと考えた。ちゃんと応えないと奈々は私をよく見てるから敏感だし感じ取られてしまう。

でも、普通に人がいるからキスとかはできないし状況的に肩に手を回すのが無難と言うか普通?だと思いますが肩に手を回すってウザいんだよねぇ……。


これは嫌いな人は怒って嫌悪感を催してしまう。なんだてめぇ?ってレベルのかなりまずいやつだからやんない方が無難だ。行動するって反応を求める事だからできるだけ嫌な思いはさせちゃダメなのよ。となると背中に軽く手を添えるのが最善の手だと思った。

これならまぁ、まだましなのでは?あんまり下心も感じないしコイツきもとはまずならないと思う。私達の関係性なら。


そこまで考えて投げきった私はブルには当てられなかった。


「あっちゃん惜しかったね」


「え、ああ、そうだね」


「取ってくるから待ってて?」


「あ、いや、いいよ奈々。私が取り行くから待ってて」


私は奈々よりも先に急いでダーツを回収しに行って帰ってくると奈々はまた手を出してきた。だけど私はさっきよりも手汗をかいていて握れなかった。なんて気まずいのかしら…。


「奈々、今手汗酷いから…」


「そんなの気にしないって前言ったよ私」


「うん…ありがと」


奈々に笑顔で手を握られて横に立つ。

奈々は嬉しそうだから私は何も言えなかった。確かに前に言っていたけどいろいろ起き過ぎてべとべとなんだよね………。キモいだろ私……。奈々はまた狙いを定めだした。


「やっぱり苦手?手繋いだり、くっついたりするの。ちょっと困ってるでしょ?」


ダーツを投げながら奈々に普通に聞かれて私は咄嗟に否定した。奈々には正直にはっきり言わないと誤解が生じる。


「そうじゃないよ。どうしたらいいか分かんないだけ。私はこういう距離感でいた事ないから……どうしたらいいかなって思って」


「そんなの好きにしていいんだよ?私は嫌な事ないから」


「うん……」


そう言われても手はべとべとだし頭がついていってないし私はこういう事やってこなかったし………。

ダーツを投げ終わった奈々は私に視線を向ける。


「また考えてる。もう離すからそんな顔しないで?そういう顔させたい訳じゃないから」


奈々はさっと手を離してダーツを抜きに行ってしまった。まずいと思っても帰ってきた奈々は私から少し距離を取りながら笑顔で言った。


「次あっちゃんだよ?頑張ってね?」


「うん」


「体を動かさないように投げればブルに当たるよ」


「うん。ありがと」


奈々はいつもと変わらない。だけど私が情けないせいでまたこれだ。こんなんじゃ良くなるものもならないよ。私はダーツを投げようとしていたがやめた。


「奈々……」


「ねぇねぇ、お姉さん達今日二人なの?二人とも凄い可愛いね。良かったら一緒にやらない?」


言いかけてちょうど邪魔が入った。

おいおい今は勘弁しろよぉぉぉ。ここでナンパとか空気読んでよ?!私は今人生で大事なとこなのになに呑気にナンパしてんの?と思っても見知らぬ男二人はそんな事思われてるとは思ってもないだろう。


「なんでも奢ってあげるしどうかな?しかも俺に勝ったらシャンパンサービス。どう?二人は彼氏いんの?」


タイミングが悪すぎて呆れてため息が出る。頭がお花畑で幸せだなおい。へらへらしてんじゃねぇよとイラつきながら私は笑顔で言った。


「あのさぁ、悪いけど…」


「普通に彼氏いるから無理なんだけど。迷惑だからやめてくれる?気分悪いんだけど」


そうしてまた遮られた私は驚いた。奈々が心底不快そうに言うもんだから空気が一瞬ではりつめた。奈々がこんなに嫌そうにするのを初めて見たが迫力が凄くてナンパ野郎と同様に面食らってしまう。なんて威圧感なのかしら怖すぎ………。


「……あぁ、ごめん気付かなくて。二人とも可愛いからそうだよね。じゃあ、俺ら戻るよ」


ナンパ野郎達はそそくさと一瞬で撤退したが奈々の不快そうな態度は変わらない。奈々はイラついたように言った。


「なにあの目。ヤりたいなら風俗行ったらいいのに。本当気持ち悪い。最悪」


「……まぁ、そんなに怒んないでよ奈々?」


私はどうにか怒りを静めようと出たが無駄だった。


「だって最初からこっちじろじろ見てたよ?あっちゃんの事もじろじろ見てたし、本当イライラする。もう帰ろう?」


「え、うん…」


奈々のイラつきは収まらないみたいで奈々に手を引かれて店を出た。今日はスキンシップのせいで何も見えていなかった私は奈々の観察眼に内心感心していた。もしかしたらわざとやっていたのかもしれないが奈々が珍しくイラついているので聞けるはずもなく黙って着いて行く。この後は優馬のとこに行く予定だったのに奈々は駅の方に歩いていた。


「…奈々?優馬のとこ行かないの?」


「行きたくない。そんなに行きたいなら行っていいよ?私はもう帰るから」


やっと足を止めた奈々はいつもとはまるで違う。考えられないくらいピリピリしていて威圧的だ。それに対してこんな所もあるのかと受け入れられてる私は奈々をこのまま一人で返したくなくて空気を読まずに笑って言った。


「じゃあ、うちで飲み直さない?私まだ一緒にいたい」


「………ごめん、また今度にしよう?また嫌な事言いそうでやだ。私は気にしないから優馬のとこに行ってきて?」


気を使ったように笑う奈々。もう私の気遣いに気付いて冷静になっている。気遣いなだけあって気持ちの切り替えも言い方も上手いがここで引きたくない。


「別にいいよ言って?奈々の話なら何でも聞きたいもん。それに電話でお酒買ったって言ったじゃん?あれ一緒に飲みたいし」


「……」


奈々は困ったように笑って何も言わなかった。

でも、これは迷っているみたいだから私は奈々が頷いてくれるように耳元に顔を寄せて言ってみた。


「あとキスしたい。キスしてハグできないと寂しくてやだ」


これは本当だし、私は今日奈々に何もできていない。

顔を覗き込むと奈々はいつものように笑ってくれた。


「あっちゃんこんなとこでなに言ってるの?」


「だって今日一回もしてないよ?会った時にハグしたけどそれだけだし…」


「私くっついてたじゃん。手握ったら困ってたくせに」


「まぁ、そうだけど…奈々好きにしていいって言ったじゃん。だから好きにしたい。これから。やだ?」


どうにか取り繕って我が儘みたいに言ってしまったが奈々がいつもの雰囲気に戻っている。奈々はおかしそうに笑うと今度は奈々から耳打ちしてきた。




「キスとハグだけ?」


それだけ言って顔を離す奈々は嬉しそうだった。


「それだけだったら行かない」


やっぱり上手な奈々に私は笑ってしまう。

奈々には本当に乗せられてしまうと言うか乗るしかなくなってしまう。この子は私の扱いをよく分かっている。


「そんだけな訳ないでしょ。する意味も入ってたよ?」


「じゃあ、何してくれるの具体的に?」


「ここで言わせる気?通報されて捕まるよ私」


「捕まる前に一緒に逃げるから平気だよ。早く行こ?」


「うん」


笑って手を引いてくれる奈々はやっと行く気になったみたいでほっとする。もう私は全然ダメだなと思いながら私達は笑いながら家に帰った。


奈々はその後すっかり機嫌が良くなっていて帰路も楽しく話せていたし家に着いてからもいつもの奈々だった。

私はその様子に安堵しながら奈々のために買った酒をグラスに注いで乾杯すると一口飲んでから奈々に言った。


「これ、帰ってきたサプライズと奈々の誕生日のあと祝いも込めてだからおめでとう奈々」


「うん。気使ってくれてありがと。年取るのやだけど嬉しい」


「奈々は年取っても可愛いじゃん」


ここでいい雰囲気だったのに私は次の言葉で唖然としてしまった。


「もう二十九だよ?大台間近だよ私」


「え?………奈々私と同い年位だと思ってたのに二個上なの?」


「え?そうだったの?私もあっちゃんと同じくらいだと思ってた」


奈々も驚いているけど衝撃過ぎて殴られた感がある。なんてこった…。私はまずは思い付いた事を言おうとした。


「あ、じゃあさ、奈々さんって呼ぶ?今さらだけど…」


「え、やだよ。今のままでいいよ。そんなの気にしないで?」


「え……うん。分かった」


「それより他にないの?」


「え?」


もっと何かそれとなく言おうかなと思っていたら逆に聞かれて戸惑った。他ってパワーワード過ぎて分からないんだけど……。奈々はお酒を飲むと私の手を握ってきた。


「したいって言ったのにまだキスもハグもしてない」


「そんな慌てなくても今からするよ」


催促がかかった事で私は年の話なんか置いといて奈々にキスをしながら抱き締めた。奈々はそれにしっかり応えてくれる。それが嬉しくて長くキスをしてから顔を見合わせる。


「好きだよ奈々」


「私も。やっぱり二人きりの方がいいかも。デートも好きだけど二人じゃないとキスもハグもできないし、ナンパウザいし」


「すごい怒ってたもんね?あんな怒るの初めて見た」


さっきは空気が悪かったけど今は空気が変わる事なく話せる。奈々は軽くキスをしてから言った。


「だって自分の彼女を舐めるように見られたら気分悪いもん。しかも私は元々レズだし、男に言い寄られてもウザいだけだよ」


「ふふふ。じゃあ、綺麗な女の人に言い寄られたら?」


「断るよ?ナンパがそもそもウザいからやだもん。私あのヤりたいみたいな目が苦手なの。軽い感じがして無理」


奈々のぶれないとこは人としての魅力だと思う。

こういう人だから大事にしてくれるんだなと嬉しくなって私は笑いながら言った。


「じゃあ、私が言い寄ってもいい?」


「なんて?私簡単に靡かないよ?」


「えー?厳しくない奈々?」


「厳しくない」


「んー……」


楽しそうに笑う奈々に私はちょっと考えてからキスをする。それから笑って言い寄った。




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